災害リスクからIT環境をどう守るか
災害時における業務継続を考える際、重要なウェイトを占める要素の1つにIT環境の保護が挙げられます。ITを利用することを前提に多くの業務が組 み立てられている現在、地震や火災などによってシステムが利用不可能になる、あるいはデータが消失する事態に至れば、業務継続の大きな障壁となってしまい ます。
この災害対策の一環として、多くの企業が取り組んでいるのがシステムを運用する場所の見直しと専門家への運用依頼です。これまで多くの企業は、自社 内に構築したサーバールームなどでシステムを運用してきました。しかし東日本大震災の経験から、自社内での運用に不安を覚え始めたのです。
自然災害でサーバーの物理的な破損がもし起これば、新しいサーバー調達、データの復元まで時間がかかります。そもそも地理的に現場に行くことが早急 にできるのかなどの問題もあります。また復旧作業の間はシステムを利用することができず、業務の遂行に大きな影響を及ぼします。
停電も東日本大震災で改めて認識されたリスクでしょう。長時間の停電を想定する場合、自家発電装置などで対応することになりますが、それには膨大な投資が必要であり自社で設備を整えるのは現実的ではありません。
災害対策として多くの企業が注目するクラウド
こうした災害リスクを回避できる対策として、注目を集めているのがデータセンターおよびクラウドサービスの活用です。
データセンターに使われる建物は、地震や水害、火災などさまざまなリスクを想定して建てられているほか、停電に備えて大型の UPS(Uninterruptible Power Supply:無停電電源装置)や自家発電装置を備えています。このため、オフィス内のサーバールームで運用するよりもはるかに安全にシステムを運用する ことが可能です。実際、東日本大震災が発生した際、震源地に近い仙台市では震度6~7の揺れがありましたが、その近辺にあるデータセンターでサーバーの破 損などは生じなかったと言われています。
堅牢なデータセンターで運営されている、多くのクラウドサービスも災害対策として有効です。サーバーなどを資産として持つ必要がなく、使いたいとき に使いたいだけ利用できるクラウドサービスであれば、コスト削減につながるメリットも見逃せないでしょう。多くの企業においてITコストの削減は長年の命 題となっていますが、一方でIT環境の災害対策には相応の支出が伴います。しかしクラウドを利用すれば、コストを抑えつつ災害対策も実現することが可能で す。
IDC Japanが2013年に発表した調査結果を見れば、多くの企業が災害対策の一環としてクラウドサービスに注目していることが分かります。この調査はパブ リッククラウドの利用検討状況について尋ねたもので、東日本大震災の発生直後である2011年5月の調査で「興味があり、情報収集中」と回答した企業が 28.9%と高い値を示します。そして翌2012年には、クラウドを「利用中」だと回答した企業の割合が、前年から5ポイント以上も増加しました。情報収 集によってクラウドのメリットを理解し、導入に至った企業が多いことが見て取れます。
なお、2012年度の調査では「検討したが利用しないことに決定」と回答した企業の割合も大きく増加しています。IDC Japanはその背景について、「技術的/管理的な課題によって短期間ではクラウドの利用/導入ができないと判断する企業が多かった」と分析します。た だ、翌年の2013年には「興味があり、情報収集中」と回答した企業の割合が大幅に伸びました。これは、IT環境の今後を検討する上で、やはりクラウドの メリットは無視できないと判断した企業が多かったと読み取れます。
災害対策の強化を目指してクラウド化を推進する愛知県
災害対策として有効なクラウドには、自治体も注目しています。たとえば総務省では、地方自治体の情報システムをクラウド化する「自治体クラウド」を 推進しています。その中で「東日本大震災の経験も踏まえ、堅牢なデータセンターを活用することで、行政情報を保全し、災害・事故等発生時の業務継続を確保 する観点からも、自治体クラウドの推進が求められています」と説明し、災害対策としてクラウドは有用であるとの判断を示します。
この自治体クラウドの活用を推進し、災害対策の強化を目指しているのが愛知県です。同県が策定した「あいちICTアクションプラン2015」では、 重点的に展開する施策として「クラウドをベースとした業務システムへの進化」を掲げており、それによって「クラウドコンピューティングにより効率的で災害 に強い業務システムに転換」することを目標としています。
特に地方自治体では、住民基本台帳をはじめ、私たち市民の生活にかかわる重要なデータを多数扱っています。それが災害によって消失することになれば 大きな影響が生じます。またシステムの停止によって業務が止まり、住民サービスの提供が困難になれば、その影響は広範に及ぶことになります。このようなリ スクを鑑み、多くの地方自治体が重要なデータや業務を守るために災害に強いクラウドを積極的に活用しはじめているのです。
静岡県は防災情報共有システムにクラウドを活用
愛知県と同様に、災害対策を目的にクラウドを積極的に活用しているのが静岡県です。同県では災害時の被害状況を集約する防災情報システム「ふじのくに防災情報共有システム(FUJISAN)」において、Salesforceを導入しました。
クラウド化の背景について、「情報を県庁の中に集める仕組みだと、通信回線が途絶えたり、サーバーに何らかのトラブルが生じた時に、被害情報を共有できなくなる、それを避けるため」と担当者が述べています。
モバイル端末を積極的に活用していることも、ふじのくに防災情報共有システムの特徴です。クラウドなので、インターネットにつながる環境であればさまざまなデバイスからのアクセス可能であり、スマートフォンやタブレット端末からでも情報を入手できます。
導入事例:静岡県 ›
業務継続のための重要ポイントとして
「さまざまなデバイスで、好きな場所からアクセスできる」クラウドのメリットは、一般の企業における災害対策でも有効です。東日本大震災では多くの 公共交通機関の運行に支障が生じ、従業員の出社が困難になるケースが多々ありました。またインフルエンザの大流行により、会社が従業員に対して出社を禁止 するといったケースも起こりえます。このような際、インターネットに接続されたクラウド上にシステムを構築しておけば、自宅からシステムにアクセスして業 務を遂行することが可能になります。
システム管理を委託できることもクラウドサービスの強みです。オンプレミスですべてのシステムを運用している場合、複数台のサーバーで、冗長性の確 保など管理も複雑化します。すると、災害時におけるシステム運用の負担も増大する可能性があります。しかしPaaSやSaaSを活用することで、クラウド プラットフォーム上に構築すれば、運用管理もまとめられるため、災害時の負担を軽減することができます。
IT環境における災害対策は業務継続を考える上で重要なポイントで、早急に検討すべき課題であると言えます。改めて自社の災害対策および事業継続性について見直してみてはいかがでしょうか。
参考:
- 無防備すぎるサーバーの社内運用(IT Pro/中田敦)
- 自治体クラウドポータルサイト(総務省)
- あいちICTアクションプラン 2015~「世界と戦える愛知」を支える~(愛知県)