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【後編】博報堂DYグループ初のChief AI Officer。「AI×ビジネス」のプロが描く青写真

【後編】博報堂DYグループ初のChief AI Officer。「AI×ビジネス」のプロが描く青写真

博報堂DY ホールディングスが新設した「Chief AI Officer(CAIO)」に、コンサルティングファームやネット企業で20年以上にわたりAIを活用したビジネス戦略の立案に携わってきた森正弥さんが就任しました。その経緯やAI戦略についてインタビューしました。

日本のAI領域のトップコンサルタントとして活躍してきた森正弥さん(前職はデロイトトーマツグループ パートナー)が、博報堂DYホールディングスが設置した新ポスト「Chief AI Officer(CAIO)」に就任しました。

20年以上にわたり、AIやデータ活用、DXの領域で第一線にいる森さんが、クリエイティブやメディアという「人間の感性」が重視される領域で、どのようなAIトラスフォーメーションをてがけていくのか。 移籍の理由やAI戦略を前編と後編にわけて掘り下げます。

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博報堂DYグループで取り組むAIトランスフォーメーション

──AIが日進月歩で進化していく中で、どのようなに博報堂 DYグループを変えていこうとお考えなのか、教えてください。

森:主に3つあると思っています。

1つ目は、内部におけるAI活用の推進による業務変革。

BPR(Business Process Re-engineering)の観点で、働いている人がAIによって最も働きやすい形に業務プロセスを作り変えることができればと思っています。この動きは現在進行形ですので、この1、2年で着実に成果を出していきたいと思います。

2つ目は、「対お客様」のAI活用。お客様やお客様の先にいるお客様に新しい価値を提供するためのAI活用を進めていきます。

私たちのビジネスでは、デジタルマーケティングにおけるAI活用は進んでいますし、クリエイターやデザイナーが作るクリエイティブにAIを使ってどれだけリッチにしていけるかといった使い方がありますね。

ここは、新しい生成AIの技術領域ですから、これから出てくる技術とその応用については議論が進み洗練されていくと思いますので、今年の後半から来年、再来年あたりが主戦場になってくるのかな、と。

森正弥
博報堂DYホールディングス執行役員 Chief AI Officer、Human-Centered AI Institute代表
森正弥
博報堂DYホールディングス執行役員 Chief AI Officer、Human-Centered AI Institute代表

1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、デロイト トーマツ グループに移籍。パートナーとしてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。

3つ目は、ナレッジやノウハウの蓄積と人材育成です。前述した2つのポイントのベースとなる取り組みで、全社横断的な知識の共有を進め、社員のスキルアップを図るためのプログラムを充実させ進化させていく。

また、社内だけなく、外部のパートナーとの協業も必要だと思っています。ビッグテックやAIスタートアップと連携して、自社のAIケイパビリティとAIパートナーとなってくれる企業の力を掛け合わせて、新しい取り組みをしていったり、新しいビジネスの展開にチャレンジし、そのナレッジとノウハウを得ていくことも必要だと思っています。

そうしたアライアンスを通して最先端のトピックにも挑んでいければと思っています。協業アライアンス先としては、すでに今も数社と話をしてます。

信頼できる生成AIを実現するために準備すべき6つの戦略

「イマジネーションとメイクセンスのブレンド」を実現する

──技術的にはどのような領域にフォーカスしていくのでしょうか。

いま注目しているテクノロジーの中に、これまでロボティクスの領域で扱われていた「世界モデル(外から得られる観測情報に基づき構造を学習することによって将来を予測するモデル)」の技術があります。昨今、LLM(Large language Models、大規模言語モデル)が普及したことで、この世界モデルの概念や考え方にだいぶ広がりが出てきました。

私自身は、博報堂DYグループのクリエイターやデザイナーのノウハウを生かした世界モデルを作ることで、デザイナーやクリエイターにとって本当に役に立つ、画像生成AIや動画生成AI、あるいは、その他のコンテンツ系AIを作っていけるのではないかと感じ、さまざまなプロジェクトを走らせる予定です。

──世界モデルを組み込んだクリエイティブ生成がAIでできるようになると、単なる効率化以外のベネフィットが生まれるということでしょうか。

博報堂DY グループでは「デジタルマーケティングでのクリエイティブ」と「ブランディングのクリエイティブ」、これらの2つがそれぞれあって、その中でもブランディングが占める要素は非常に大きいです。

ただ、そのブランディングのためには、現在の画像生成AIなどは、実は最初のアイディア出しにも効果が出ていない実情があります。つまり生成AIが、クリエイターやデザイナーのアイデアのプラス要因にもなってない。

その原因は、AIの技術的な限界があるためで、ではその限界とは何か。 クリエイターがトップブランドのなかで行うクリエイティブは、「ある部分では創造性が働いて欲しい」「別の部分には合理的であって欲しい」そうしたところのせめぎ合いから生まれてくる。

ここには統合されたロジックはなく、どちらかというと人でいう「空気を読む」みたいなプロセスがある。別の言い方をすると、「この部分にはイマジネーション」「ここの部分には合理性でメイクセンスさせる」というブレンドが必要になってくるのです。

これらは現在の生成AIのファウンデーションモデルに組み込みようのない機能。ただ今いくつかアカデミック分野では提案は出てきていて、まさに現在のホットな研究トピックです。

ここが前進すると、生成AIを少なくともトップブランド向けのクリエイティブに向けたブレストやアイデア出しに使えるようになってくる。すると、今までクリエイターやデザイナーが基本的なところを考えるために使われていた時間が、さらに自由にアイデアを広げていける世界に入っていくことができる。

現在の画像生成AIや動画生成AIには、こうしたブレイクスルーが必要なわけですが、そこでは世界モデルの枠組みが使えるだろうと、私は考えています。

新しいメディアとしての生成AI

──博報堂DY グループのメディアエージェンシー事業でのAI活用では、どのようなことに取り組んでいきますか。

博報堂DY グループでは、広告メディアビジネスの次世代モデルとして「AaaS(Advertising as a Service)」を推進しています。

そこにはAIやデータサイエンス領域でもかなり尖ったケイパビリティが元々あり、また私の部署(Human-Centered AI Institute)の隣にある「(博報堂DYホールディングス)マーケティング・テクノロジー・センター」には多くの開発者や研究者がいます。

そうしたメンバーによるグループのメディア事業戦略とは別の話として、私が考えていることは2点あります。

1つ目は「メタバース」「デジタルツイン」「シミュレーション」、これらの技術群とAIの組み合わせです。

メタバースやシミュレーションそのものをAIが作っていくような話もあれば、そのメタバースの中で行われるコミュニケーションを通してAIがよりよく生活者を理解していくという話もあるし、さらにもっと複雑な絡み方もある。

この「メタバースAI」は、コミュニケーションの場としてもメディアとしても、あとAI技術の発展としても、非常に重要なテーマだと思うので、早い段階で取り組んでいきたいです。

2つ目は、生成AIそのものがメディアになるのではないかという論点です。メディア論を踏まえつつ、実際のアプリケーションはどう考えていくべきか。社内で議論を進めていて、「新しいメディアとしての生成AI」のようなもののビジョンを提示しつつ、実際に作っていくことにも取り組んでいきます。

AIドリブンな企業グループへの変革

──森さんは博報堂DYグループで「Human-Centered AI Institute」の代表も兼務されていますが、こちらはどんな組織ですか。

基本的にはAIの先端的な研究開発やその活用をリードしていく組織で、ここが事務局としての機能を少し持ちながら、「Human-Centered AI Initiative(イニシアティブ)」という全社横断のAIプロジェクトを動かしています。メンバーとしては3分の2ぐらいがR&D、3分の1がプロデューサーやプランナーです。

──そうしたAIドリブンな組織へとグループ全体を変革させていこうとしているなか、先に話が出た協業相手は、どのような基準で選定するのですか。

内部で使うAIのプラットフォームやツールの選定は、まずユーザーエクスペリエンスが大事で、ここで言うユーザーとは従業員ですので「従業員エクスペリエンス」であることは間違いですね。

ただ、我々のグループにはさまざまな業態があり、スキルレベルも多様。 単に閲覧するのみでBI的に使うようなユーザーから、自分のモデルやアルゴリズムを入れていったり、エクスポートして自分の方でシステムを組んで連携させたりするようなエンジニアやデータサイエンティストまでいる。

そうしたマルチステークホルダーの中で効果が出るユーザーエクスペリエンスを気にかけています。そのため、ある職種に特化することにすると、そのツールの使える範囲が一気に狭くなりますので、必ずしも高度なエンジニアやデータサイエンティスト向けのUXは提供できてなくても、場合によってはいいかなと思っています。

AIの今後。眠っている技術が表舞台に上がる日も

──最後に、20年以上AIに取り組んできた森さんから見て、今後のAIはどういった進化をしていくとお考えですか。

例えばディープラーニングは、1950年代から回帰型ニューラルネットワーク(Recurrent Neural Network)に関する論文はあって、それが80年代から90年代の頃でも、コンピューターの処理能力が弱いので使い物にならない、何の意味もないみたい、と扱われていました。

その後、コンピューターの処理能力が上がり、インターネットの時代が来て、クラウドが普及した。そして、コンピューティングパワーと同時に色々なデータが共有されるようになった結果、ディープラーニングのとんでもない性能が発揮され、その1つの終着点がLLM。

一方で、LLM、ディープラーニングにビッグデータというアプローチで世界中が取り組んできたけれど、このまま突き進める世界にもある限界が見えてきて、AIは色々なことを全部やってくれる便利な道具といった期待に対し、思ったように色々なことを自動化してくれない、エンドツーエンドでやってくれない、そんないわば、幻滅期にもすこし入っていますよね。

つまり、今現在のビッグデータやディープラーニングでは超えられない壁が見えてきた。先ほどの「イマジネーションとメイクセンスのブレンド」の命題もその1つです。

また「データの裏にある、その本当の世の中のモデルは何なのか?」というような観点では、ディープラーニングのモデルが、そもそも最初からそれを無視しているという議論もあったりする。

そうした壁を乗り越える上で、いま影響力を高めている技術、頭角を表しているものに「確率的プログラミング」というものがあります。詳しくは私のnote をご覧いただきたいのですが、従前は、このアプローチも、コンピューターの処理能力が弱いため使い物にならないと言われていた。それが、ここにきて徐々に「使えるよね」というムードになってきているのです。

おそらく今後、数年から10年のようなスパンでは、「確率的プログラミングの実用プラン」あるいは「現在のLLM/ファウンデーションモデルと確率的プログラミングとの組み合わせ」というような領域で、さらなるブレイクスルーがやってくる未来が、少しずつ見えてきています。

これらを通じて私が申し上げたいのは、過去には使い物にならなかった技術が、コンピューティングパワーの発展だったり、データ量が増えたことによって使えるようになり、発掘されてブレイクするという流れが常にあるということです。

AIとは、いつも新しいものが発見されているようですが、実は今までの歴史を全部ひっくるめて俯瞰して見ていくことが必要かなと。そういう意味では、過去に眠っている技術をもう1度きちんと見直してみると、当時は普及しなかったけれど、いま掘り起こしたらブレイクするものというのが眠っているかもしれないですね。

取材・執筆:池上雄太 小澤健祐、撮影:小澤健祐、編集:木村剛士

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