生成AIが徐々に利用されるようになりましたが、使い方に悩んでいたり、思ったような成果が出ずに苦戦していたり、試行錯誤の渦中にいる企業も少なくないでしょう。生成AIと相性が良いコンタクトセンターも例外ではないでしょうか。
Salesforceでは、生成AI活用を支援するべく、コンタクトセンターを運営する企業を対象とした「生成AIコンタクトセンター活用研究会」を発足。
生成AIの導入に向けて本格的な検証を実施するイーデザイン損害保険の竹内隆氏や早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授を招いた講演や、参加者全員でワークショップなどを行ったイベントを開催しました。本記事ではその内容を紹介します。
目次
Chapter 1 Salesforce Session
見えてきたAIの課題とEinsteinの価値
Chapter 2 User Session
イーデザイン損保におけるAI活用術
Chapter 3 Expert Session
早稲田大学 入山教授が説く「両利きの経営」とAIの融合
【3分で学ぶ】生成AIで変わるコンタクトセンター
カスタマーサービス向けAIを短い動画で学びましょう。
Chapter 1 Salesforce Session
見えてきたAIの課題とEinsteinの価値
SalesforceのAIがコンタクトセンターを変革できる理由
イベントではまず、株式会社セールスフォース・ジャパンからSalesforceの生成AI「Einstein(アインシュタイン)」がコンタクトセンター業務に提供できる価値について講演しました。
現在、コンタクトセンターではAIの活用が徐々に始まっていますが、一般的には次のような問題が顕在化しています。
こうした問題を乗り越えられるのがSalesforceです。カスタマイズなしですぐに利用できる「Einstein for Service」は、チャット返信文案の生成、対応内容の要約の生成、メール返信文案の生成、対応中のやり取り要約(SV:スーパーバイザー向け)などをEinsteinが自動で実行することができます。
一方で、「プロンプトビルダー」を利用すれば、企業の信頼できるデータに基づいた正確かつ適切なプロンプトを作成できるので、業務の流れの中で「信頼性の高い生成AIを活用したい」という願いをかなえます。
Einsteinがコンタクトセンターの問題に対応できる理由は、大きく3つあります。
①回答の精度を上げる(= 自社業務に適応した回答を得る)には、「背景情報を添えて具体的に指示する」、「生成AIに自社の業務をよく理解してもらう」ことが必要。Salesforceは回答の精度向上に不可欠なCRMデータを持っています。
②通常の業務プロセスにEinsteinが組み込まれていること。AIを使うための画面を立ち上げる必要はなく、CRM上でEinsteinを操作でき、ユーザーはAIを意識せず、ボタンクリックだけで自然にEinsteinを活用できます。
③生成AIを利用するためのセキュリティテクノロジー「Einstein Trust Layer」を搭載しており、データを安全に扱えます。Einsteinは日本国内の拠点で処理を完結するデータレジデンシーにも対応しています。
Service Cloudなら、コンタクトセンターから現場派遣まで、あらゆる種類のサービスの価値を引き上げます
Chapter 2 User Session
イーデザイン損保におけるAI活用術
東京海上グループのデジタルR&D組織
続いてのセッションでは、イーデザイン損害保険株式会社の竹内隆お客さまサポート部長をお招きし、コンタクトセンター(お客さまサポートセンター)での生成AI活用事例を紹介していただきました。
同社は東京海上グループの一員として個人向けの自動車保険をネットで販売することに特化した保険会社であり、同時にグループ内のデジタルR&D拠点としての役割を担っています。
自動車保険「&e(アンディー)」では、センサーを活用。事故時には衝撃を自動で検知してワンタップで事故連絡でき、日々の運転では運転結果をスコア化するなど安全運転を促すことで事故のない世界をお客さまと共創しているのが特徴的です。
この従来とは一線を画したビジネスモデルの実現に向けて構築したシステムでは、「Data Cloud」と「Tableau」、「Marketing Cloud」、「Financial Services Cloud」を採用しています。
現在、同社では人とデジタルの融合によるカスタマーサクセスを目指した取り組みを推進。Webサイトの充実でお客さまによる自己解決を促進する一方で、かねてから人で対応しているヒューマンタッチ領域は対応方法を2つに分けて業務効率を最適化。
「比較的簡単なものはチャットやメールで対応し、じっくりとお客さまに寄り添うべきケースはコール(電話)で対応しています。当初はコール以外の手段を重視していたものの、保険という商材の特性のためかコールで問い合わせたいという声が多いため充実を図っています」(竹内氏)
最新テクノロジーの活用的なイーデザイン損保は、AI活用には積極的でした。代表的なプロジェクトは下記の3つです。
- 「私のタントウシャ」
事故が起きた際、お客さまと相性のいい事故担当者をマッチング。約40秒のアンケートに回答すると、ソーシャルスタイル理論に基づいてコミュニケーションスタイルを推定し、事故内容や同社が蓄積してきた事故解決データなどからAIが担当者を選任します。 - 自動車保険の不正請求検知
過去の不正データを学習した専用AIが、保険金請求の内容をスクリーニング。さらに、不正検知根拠となるデータの可視化することで、不正が疑われる請求を技術と人が共同で調べる仕組みを構築しています。 - バーチャルコンシェルジュ
カスタマーセンターへの問い合わせが多い、自動車保険の車両入替の対応業務に生成AIを搭載した「バーチャルコンシェルジュ(アバター)」の活用に向けた実証実験。
着実にAIを業務に根付かせているイーデザイン損保ですが、今年に入ってさらにAI活用にドライブをかけ、コンタクトセンターのオペレーターの日々の業務に、SalesforceのAI「Einstein(アインシュタイン」を活用した検証を開始しました。
Einsteinで手がける2つのトライアル
Salesforceが提供するService AIアダプションプログラムに参加し、米国プロダクトチームからのサポートも受けながら、有人チャット対応について2つのトライアル(PoC:実証実験)を実施中です。
トライアル①
「Service Replies(サービス返信)」を活用し、ナレッジから最適な返信案を生成。1コールあたりの平均処理時間であるAHT(Average Handing Time)」の削減を図る。
検証結果について、竹内部長は「トライアルを実施中で結論には至っていませんが、現時点の評価としては、表示スピードは五秒程度で許容できる水準です。
正確性は質問と用意したナレッジが一致しないと正しい答えが返ってこないので正確な回答が出しやすい形で、ナレッジを登録することが必要。特徴は短文の質問には正しい返答が出ないや、複数の質問をした場合、最初の質問しか回答しないなどいくつかのポイントが見えてきました。いずれも改善すれば精度が上がる感触は得ています」と竹内氏は話しています。
トライアル②
「Conversation Summaries(会話サマリー)」を活用し、会話内容の要約を生成。コールを終えてから応対内容をシステムに登録する平均後処理時間であるACW(After Call Work)」の削減を図る。
竹内部長は、「この機能では要約の精度、オペレータ業務の考慮点、特徴の把握がポイント。精度は本番で十分利用できる水準で、ACWが50%削減できたケースもありました。オペレーターの業務への考慮点や特徴としてはチャットに残らない情報はオペレーターが追記する必要があることなど、いくつかの気づきや課題を得られた。実用化に向けてさらにブラッシュアップしていきたい」としていいます。
今後についてはロードマップに沿って順次ステップアップしていく構想です。今回紹介した有人チャットはStep1の「デジタル接点高度化」の一環。竹内氏は「コール履歴の自動テキスト化や要約自動生成に早く着手したいですし、さらに顧客向けの生成AIの展開にもつなげていきたいです」と締めくくりました。
竹内氏の講演後は、テーブルディスカッションの時間を約60分設け、参加者同士でコンタクトセンターの課題、生成AIの活用状況や活用案について共有し意見を交換。生成AI活用の実践的なヒントを持ち帰っていただきました。
その返信、AIの Einstein (アインシュタイン)がやっておきます。
この記事ではカスタマーサービス向けAI、Service Cloudを紹介しています。
Chapter 3 Expert Session
早稲田大学 入山教授が説く「両利きの経営」とAIの融合
生成AIができる3つのこと
最後は、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授が登壇。AI関連の企業やキーパーソンとの交流が多く、生成AIについて講演する機会も非常に多いという入山氏はAIを「自然言語&インテリジェンスの大革命」と表現し、「世界の経営学からみる生成AI時代への視座」と題して講演しました。その内容をご本人の弁でご紹介します。
入山:インターネットが登場した時、今の速度や使い方を誰が想像できたでしょうか。家で映画を簡単に観られたり、世界中の人とつながってオンラインで働いたりするなんて誰も想像もしなかったはずです。ネットは、わずか20年ほどで急激に進化し、私たちの暮らしや仕事を変えてきた。
生成AIはネットと同じくらいインパクトを与えるテクノロジーでしょう。10年後、20年後にはものすごい変革が起きていて、もっと私たちに浸透しているはず。生かさない手はありません。
では、具体的に生成AIで何ができるのでしょうか。AIスタートアップのPKSA Technology創業者である上野山勝也氏が示した3つの整理軸をご紹介しましょう。
- 知識軸
ネットにつながり世界中のありとあらゆる知識を得られることは検索サービスと同様ですが、生成AIは自然言語で質問でき、圧倒的により広く高い精度で回答を出してくれます。 - 抽象軸
今までの検索は知識が出てくるだけで終わりでしたが、生成AIは「ポイントは3つ」などと、ものすごく我々にわかりやすい形で整理してくれるわけです。表やグラフにまとめるのも一瞬です。 - 表現軸
1つの表現を、いくらでも別の表現に変えてくれます。英語だったものを日本語、スワヒリ語、アラブ語でも一瞬に変えてくれるわけです。さらに最近では、言葉をもとに絵や動画などマルチモーダルの表現も可能になりました。
急激に変化するAI。ベンダー争いも熾烈
生成AIのもう一つ重要なポイントとして「人とのインターフェイスが可能な限り自然に」なり、人に近づいてきていることも見逃せません。
以前のAIはプログラミングができなければ扱えなかったため広まりませんでしたが、今日の生成AIは誰にでも使えます。今後もっと人に寄り添ってくることを想像すると、「誰もが使う必要がある」存在になるでしょう。この流れはスマートフォンと同じです。
一方、生成AIにまつわる変化はあまりにも急激です。現在のAIブームのきっかけの一つとなった囲碁プログラム「AlphaGo」を開発したDeepMindの共同創業者であるムスタファ・スレイマン氏は昨年、生成AIのスタートアップ企業Inflection AIの共同創業者として再び脚光を浴びました。
いきなり資金調達で8000億円を集めました。シリコンバレーの頂点にいる一人ということもあるでしょうが、それだけ生成AIが期待されているのだと言えます。昨年末に対談して今後を語ってもらいましたが、それから半年も経たないうちにB to Cモデルだった事業が頓挫。BtoBに思い切った方向転換をしました。
つまりこのクラスの大物でもすぐ失敗する可能性があるし、世界では新しい生成AIスタートアップが次々に生まれては、すぐになくなっている。それぐらい競争が激しいのです。当面はこの業界で何が起きているのかを、常に意識して追いかけておくべきです。
カスタマーサービス最新事情
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AIが「両利きの経営」にもたらすインパクト
話題を変えてそもそもの話をしますが、生成AIはビジネスシーンで何のためにあるのか。それはやはり「イノベーションのため」です。ここでのイノベーションとは技術的なものではなく、少しでも企業が変化して世の中に新しい価値を出していくことを指しています。
コロナ前も後も、経営の本質は変わっていません。ただ、不確実性が圧倒的に高まり、変化を余儀なくされています。
資源高と円安、人手不足、そこにAIを含めた新しいデジタル技術がやってきた。のんびりと「うちの業界は大丈夫だろう」と思っていると、業界ごとなくなりかねません。変化、イノベーションが勝負を分ける。コンタクトセンターも顧客満足度を高めて他社のお客さまを自社に引きつけるために、イノベーションと変化が必要でしょう。
イノベーションはゼロからではなく、世の中にある「既存の知」の新しい組み合わせから生まれます。これはシュンペーターが90年前に「ニューコンビネーション(新結合)」と呼んで解説し、いまだに非常に重要な経営学の基本中の基本となっています。
なるべく自分から離れた遠くの知を幅広くたくさん見て、それを持ち帰ってきて自分たちの知と新しく組み合わせることが重要。ところが人間は、目の前にあるものだけを組み合わせる傾向があります。イノベーションに悩んでいる会社の多くは歴史が長い。しかも新卒一括採用で終身雇用なので、同じような人とずっと一緒に過ごすことになり、新しい知と既存の知の組み合わせができていないのです。
イノベーションは「Exploration(知の探索)」から始まります。一方で経営では、標準化や効率化を追求することで儲けを出すことも重要で、これを「Exploitation(知の深化)」と言います。
この両軸を高いレベルでバランスよく実践できている「Ambidexterity(両利きの経営)」の企業がイノベーションを起こせる確率が高いことは、世界の経営学者のコンセンサスになっています。
ただ、知の探索は実際には大変なこと。人も時間も資金必要で、しかもチャレンジなので失敗が多いため、効率性を重視する組織ではムダに見えてしまうので、どうしても会社組織は深化に偏りがちです。
効率性を求めて短期的に儲かったとしても、知の探索をおざなりにすれば、中長期的にみてイノベーションが枯渇してしまいます。この現象は「Competency Trap(競争力の罠)」と名付けられており、日本中でイノベーションが足りないと言われている理由の一つでもあるのです。
カレー店チェーンの店舗数を短期間で国内第2位に成長させた宮森宏和氏(ゴーゴーカレー創業者)の座右の銘は「発想力は、移動距離に比例する」。手っ取り早く視野を広げるには物理的に移動することが有効であり、優れたリーダーたちは移動が多い。ただ、日本のビジネスパーソンは忙しいため、あえて移動する余裕がありません。
そこで生成AIの出番です。
AIは定型業務を的確に制限なくこなすのは得意ですよね。コンタクトセンターでいえば、顧客との対応記録の作成はこれにあたると思います。こうした作業を生成AIに任せて、時間を捻出し知の探索に当てることができるでしょう。
知の探索はムダに見えるし失敗も多い。いつ成果が出るかもわからない。ある意味、不合理性があります。そのため、何を探索し、いつまでチャレンジを続けるかなどの意志決定は人間にしかできません。データを学習して失敗を減らし、正解に近いものを出す仕組みであるAIにはできない。知の深化をAIに任せて、人は知の探索に振り向けるべきです。
人類の歴史を振り返ると、肉体労働は自動車やロボットに取って代わられましたが、頭脳労働の時代になりました。それも今後は生成AIが代替するでしょうから、我々に残る仕事は感情労働です。コンタクトセンターは信頼を得るための顧客接点を担うばかりでなく、感情という人間の価値が求められる場所となり、重要性が増すことでしょう。
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