(1)ビッグデータ活用とビジネスの変化 -コマツで起こったこと-
前回は城崎温泉の事例から、ビッグデータ活用の本質を明らかにし、さらにこの活用を進めるには目的の明確化、マネジメントが参画した意思決定と活用効果の検証が重要であるという話をしました。
では、ビッグデータ活用でビジネスはどのように変わるのでしょう。これに関しても素晴らしい事例があります。建設機械大手のコマツです。同社の建設 機械には、車両の状態や稼働状況をチェックするセンサーやGPS装置が取り付けられ、各車両のデータを図1のように、通信衛星回線や携帯電話回線を通じて コマツのサーバーに自動的に送信し、集積しています。コマツ機械稼働管理システム「KOMTRAX(コムトラックス=Komatsu Machine Tracking System)」と呼ばれるシステムです。このシステムでは、建設機械という「モノ」をインターネットに接続し、情報交換や制御を行っているので、国際的 には「モノのインターネット(Internet of Things)」と言われています。
収集しているのは車両の位置、オーバーヒートやエンジンオイルの油圧低下といった各種警報の有無、稼働状況、燃料の状況などです。コマツは、世界各 地で稼働する自社製の建設機械をいながらにして集中管理し、データを集める仕組みを作ったのです。KOMTRAXの累計導入台数は、2013年3月に30 万台を突破しています。この遠隔収集した建設機械に関するデータを「見える化」し、その所有者である利用者に無償提供するとともに、コマツの販売代理店に も提供しています。「モノのインターネット」の先にいる利用者や販売代理店の利益を考え、これを活用したのです。
KOMTRAX導入のメリットは次のとおりです。
- (1)→ 建設機械の故障原因推定の容易化、修理の迅速化
- (2)→建設機械の盗難防止(持ち主が意図しない場所に建設機械が移動していることが分かれば、遠隔操作でエンジンを停止する)
- (3)→ 顧客側へのコスト削減提案(収集・集積したデータを分析し、適切な点検時期や部品の交換時期の提案、効率的な配車計画や作業計画の作成支援、燃費改善方法の提案など、顧客側のコスト削減につながる価値を創出する)
- (4)→ 製品の需要動向予測(建設機械の稼働状況を国や地域ごとに分析し、市場動向を予測。稼働状況が高い地域や企業に対しては、販売増を狙い営業強化。一方、稼働状況が低くなったら、早めに生産を絞り在庫調整を行う)
これ以外に、コマツの建設機械は、契約に反して機械のローンが返済されなくなった時に、度重なる警告を経て遠隔操作でエンジンを停止させて返済を促 すことができます。また、使用状況が分かり、保守・点検が的確になされていることが把握できるので、中古機械の価格も他社製より高く、その点も顧客から評 価されているのだそうです。
KOMTRAXを標準装備としたのは2001年。コマツが赤字決算に沈んだ年度です。機器を装着することで、建設機械の製造原価は上ったそうです が、当時はこの情報の価値が理解される環境ではなかったため、価格に転化することはできなかったそうです。しかし当時の坂根正弘社長は「この情報はお客さ まだけではなくコマツにとっても絶対に大きな価値になる」と判断し、費用は自社負担として標準装備を断行しました。コマツの売上高と営業利益、売上高営業 利益率の推移は図2のとおりですが、標準装備としたことで、売上の拡大とともにKOMTRAXの導入台数は増加し、地域別や機種別の需要動向予測を可能に しました。これにより精度の高い販売・生産計画を作成することが出来、高い売上高営業利益率を実現する原動力になっています。
(2)大切なのは「個別化」と「全体最適」
マーケティングの世界的権威である米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院教授のフィリップ・コトラー博士は、現代マーケティングのトレンド変 化として次のことを述べています*1。「製品をより効果的に販売すること」から「顧客のニーズをよりよく理解する」へ。「マス・マーケティング」から「個 別マーケティング」へ。「マーケターの独白」から「顧客との対話」へ。売ることが重要なのではなく、顧客ニーズを良く理解し、個々の顧客に対して個別に マーケティングを行うことが重要になっているのです。特にロイヤルカスタマーを形成するには、対話は必要不可欠です。
コマツがKOMTRAXを活用して行っているのは、まさにコトラー博士が述べた通りのことです。顧客一人ひとりのニーズや使用状態に合わせた建設機 械の個別のフォローアップは、まさにその顧客固有のニーズを理解し、個別にマーケティングを行うことなのです。ITの進歩やビッグデータの活用で、個々の 顧客対応が、昔とは比べものにならないくらい容易に、低コストでできるようになっています。製造業の生き残りに不可欠と言われている「サービス業化」を実 現する具体的な方法の一つが、製品の保守・運用なのです。
コマツのすごいところがもう一つあります。それは、集積したデータを保守・運用以外でも活用したことです。集積したデータを地域ごとに集計・分析 し、世界の市場動向の読み取りに使ったのです。稼働状況が高い地域や企業では新規需要が発生する可能性が高いので、営業を強化することにより販売増を狙え ます。一方、政府の金融引き締めや公共投資の削減などで稼働状況が低くなったら、早めに生産を絞り、在庫調整に入ることが可能です。
ビッグデータ活用を部門ごとに行っていると、部門ごとにデータが分断され、また、活用範囲も部門ごとの関心にとどまる可能性が高くなり、全体を見通 した活用ができません。しかし、データは組織の壁を越えて流すこと、利用することができます。これがデータの本質です。ですから、ビッグデータの活用に当 たっては、経営戦略という全社的な観点からこれを俯瞰し、全体最適を見据えた活用を行う必要があります。クラウドはこの実現に有用な選択肢なのです。
(3)知見を蓄積し、ひと味違うビッグデータ活用を
コマツがすごいのは、ビッグデータという言葉が生まれる前にこの活用を始めたという先進性もさることながら、この活用によりダントツのサービスを実 現していることです。なぜコマツはこれを実現できたのでしょうか。その鍵は、データから顧客が気付かない問題点を読みとり、この過程でさまざまな知見を蓄 積し、それを顧客サービスに活用していることです。
ビッグデータでは膨大なデータから相関関係を導き出し、これまで私たちが気づかなかった関係性を示すことにより、新たな価値を引き出すことが一般的 です。これ自体も大きな価値なのですが、何が原因でそうなるのかという因果関係や時間的な状態変化などの知見を見出し、それを蓄積しビジネスに生かすこと で、この価値をさらに高めることができるのです。
コマツが先鞭をつけた「モノのインターネット」の活用は、現在では、さまざまな分野で行われています。例えば、プラントの運用・保守では、さまざま なイベント(=システムからの処理要求)に対し対応操作を行っていますが、運用現場ではそれが当たり前のこととして捉えられ、その意味を十分理解していな い場合があります。逆に、運用現場でさまざまな工夫や改善を行い、操作をより高度なものに変えていることもあります。
データに基づきプラントを自動操作するには、このような運用実態を明らかにし、それを誰もが理解できる形式知に変える作業が必要です。この作業には 対象分野の専門知識が必要で、しかも時間と労力を必要とします。しかし、この作業は重要です。作業の中で改善点を発見することも多く、他社に先駆けて形式 知を蓄積すると競争上優位となる可能性があるからです。この面倒な作業の効率化も可能になりつつあります。機械学習技術の進展により、異常検知や構造変化 把握などの分野ではある程度自動的に形式知に変えることができるようになったからです*2、*3、*4。
図3に「モノのインターネット」の活用モデルを示しますが、肝心なのは顧客や社会の抱えている課題の解決を見据え、その解決に必要なデータをセン サーで収集し、これをデータ処理・分析し、活用することです。このようなデータの集積、処理、分析はプラットフォーム上で行いますが、これを効率的に行う には、クラウド活用が有力な選択肢となります。
(4)起点発見や背景理解による価値創造
さまざまな起点(=行為が始まった場所)発見やその背景理解などによっても、ひと味違うビッグデータ活用を実現することができます。起点に関して は、行動・感情・認識・理解・判断などの起点、故障やクレームなどトラブルの起点、状態変化の起点など、さまざまな起点が考えられます。この起点を知るこ とが背景を理解することにつながり、単に相関から関係性を理解する以上の価値につながるのです。
ネット通販では商品の検察履歴など、利用者のサイト内での行動追跡により購買までの動線を分析し、何が購買を後押ししたのか、あるいは何が原因で購 買につながらなかったのか、その起点や背景を推測し、ビジネスの改善につなげています。実店舗においてもモニターカメラの映像やICタグのデータなどから 顧客の行動データを収集し、POSなどの売上データと掛け合わせることにより、特定の商品を選んだ、あるいは選ばなかった背景を推測し、ビジネスの改善に つなげています。これ以外にも商品に興味を持ったきっかけ(起点)が何であったのかとか、商品の使用後に「いいね」とか「そうでない」などの感想が生まれ る起点や背景が何であったのかなどさまざまな推測を行っています。これらを知ることで価値が生まれる場所を特定でき、その改善が価値の増大につながるから です。
行動の起点や背景を知るには、他社とのデータ連携を含めさまざまな工夫が必要となります。手間も知恵も必要ですが、それに見合う価値はあると感じます。これらを知ることにより、商品の改善、広告や販売促進活動の効果を高めることが可能になるからです。
ビッグデータ活用の価値を高める取り組みの一つである起点発見や背景理解は、今後次第に広がると考えられます。この取り組みには、いろいろな手法の 適用が考えられます。例えば、人々の実際の行動を詳細に観察し、得られたデータから現象の構造や消費者の行動理由を理解するための「エスノグラフィー」と いう調査手法が有効な場合があります。より深く消費者の本音やこだわりに迫ることができるため、この調査で得られるデータは、価値密度の高いスモールデー タの場合が多いと感じます。このようなデータから得られる知見をビッグデータ分析に活用したり、スモールデータとビッグデータの掛け合わせなどにより、 ビッグデータ活用の価値が高まることがあります。このようなデータの掛け合わせにおいては、社内外のさまざまなデータを手軽に利用でき、かつ、各種処理・ 分析ツールを自在に利用できる環境が必要です。これを効率的に実現するには、クラウド活用が基本となります。
このような「価値」に着目したさまざまな分析や知見の積み重ねは、一見地味ではありますが、企業のビジネスモデルをより精緻で効率的なものに作り替え、競争力の向上という形で結実するのです。
Vol.4につづく。つづきはこちら
(参考文献)
- *1 フィリップ・コトラー著,恩蔵直人監訳,大川修二訳,”コトラーのマーケティング・コンセプト”,東洋経済新報社,2003年.
- *2 伊藤晃徳,”ビッグデータを価値に変えるNECのITインフラ”,NEC技報Vol.65 No2,pp.10-13,2012年.
- *3 加藤清志・矢吹謙太郎,”WebSAMの分析技術と応用例~インバリアント分析の特長と適用領域~”,NEC技報Vol.65 No2,pp.57-60,2012年.
- *4 山西健司,”ビッグデータの深層を斬りだす~学習理論がえぐる「ディープ・ナレッジ」”,IBM ProVISION No.78/Summer,pp.10-15,2013年.