Skip to Content

生成AIと日本経済の新たな成長

日本のAI研究の第一人者・松尾豊教授は、政府や財界の最前線でAIの導入を牽引し、AI人材の育成においても積極的な活動を推進しています。生成AI(ジェネレーティブAI)の急速な普及がもたらすインパクトと、日本のビジネスパーソンがそうした新たなAI技術を活用するためのメソッドについて、松尾教授の見解を、経済キャスター瀧口友里奈氏によるインタビューでお届けします。

日本のAI研究の第一人者・松尾豊教授は、政府や財界の最前線でAIの導入を牽引し、AI人材の育成においても積極的な活動を推進しています。生成AI (ジェネレーティブAI)の急速な普及がもたらすインパクトと、日本のビジネスパーソンがそうした新たなAI技術を活用するためのメソッドについて、松尾教授の見解を、経済キャスター瀧口友里奈氏によるインタビューでお届けします。

生成AIにより新たなフェーズに突入した世界

瀧口友里奈氏(以下、瀧口):
先日、政府のAI戦略会議の座長に就任されたとのことですが、どういった経緯だったのですか?

松尾豊氏(以下、松尾):
今、ジェネレーティブAI(生成AI)が盛り上がってきていて、日本においてAI戦略は、2015年、16年くらいから議論されていました。ディープラーニングが注目されて、日本でもAI戦略を作ろうと取り組んでいましたが、ジェネレーティブAIが出てきて、また新たな時代に入ってきた意味合いもあり、国としてしっかり戦略を作っていこう、そういった趣旨です。

瀧口:今、ChatGPTのことを多くの人が知るようになってきています。松尾先生は長らくAIやディープラーニングを世の中に広めてきていらっしゃいましたが、どういうフェーズに入ったと考えていますか?

松尾:「第4次AIブーム」という表現をすることもありますが、フェーズが変わっています。一般的には、2010年代というのは、 AIの歴史の中で第3次AIブームで、それが現在も続いているという解釈をされることも多いのですが、もう昨年末から第4次AIブームに入っています。冬の時代を経ずに、第3次から第4次にフェーズが変わっている、ステージが変わっている。

世界中のスピード感が非常に速いですし、今までのディープラーニングは画像が中心で、顔認証や画像診断、そういったものが出てきて、これもこれでインパクトは大きかったのですけれども、今回のジェネレーティブAI、特に大規模言語モデルは、相当大きなインパクトをもたらすだろうということが、今の技術水準でもほぼ確定していると。この先、さらに技術が進み、どこまで影響が大きくなるのか想像もつかないほど大きなインパクトが予想されている中で、今も世界中が「よーいドン」で、すごいスピードで走っている状況です。

瀧口:その中で、松尾先生が政府の戦略会議の座長に就任されたというのは、大きなニュースだと思いますが、ご自身ではどう捉えていらっしゃいますか?

松尾:本当に名誉なことだと思っています。ずっとAIの研究をしてきましたし、人材育成、スタートアップの創出、こういったことも頑張ってきました。ディープラーニングという非常に大きな技術の波があり、またさらに大きなジェネレーティブAIという波がある中で、日本全体のAIの戦略を取りまとめる立場に置いていただいたのは本当に嬉しいですし、こうした戦略を考えることは私自身、本当に好きなことです。忙しくて寝ずに考えているような状況で大変ですが、本当にありがたいです。

日本に残されたチャンス

瀧口:各国が「よーいドン」で取り組む中で、日本の立ち位置についてどう見ていらっしゃいますか?

松尾:まずデジタル、ソフトウェアの技術全般において、かなりビハインドです。この状況は、この20年、30年ずっと起こってきたことで、AI、ディープラーニングに関しても、先頭を走っているとは決して言えない状況です。GAFAMをはじめ、アカデミアも各国ともレベルが高く、中国も同様にレベルが高い。技術開発が急速に進んでいる中で、日本はそれを後ろの方から追いかけている状況だと思います。

普通に考えると、ここから追いついたり逆転したりということはなかなか難しいわけですが、ある意味、技術の変換点には、誰にも平等にチャンスがあって、もう1回「ガラガラポン」で勝者が決まるような段階なので、ジェネレーティブAIのプラットフォーマー、グローバルな強いプレイヤーは、これから出てくるでしょう。

今、OpenAIがすごい勢いで走っていてGoogleが追いかけて、という風になっていますけれども、もしかしたらまったく今、名前もないような、生まれていないようなスタートアップがプラットフォームを獲るかもしれないですよね。そうダイナミックに動いていくような瞬間だと思うので、私は決して悲観することはないと思っています。状況は楽なものでは決してないけれども、こういう変化の時点では積極的にやっていく。その中から、いろいろなチャンスが生まれてくるということではないかと思います。

瀧口:その中で日本にチャンスがあるとすれば、どういったAIの活用の仕方なのでしょうか?

松尾:「とにかくやりましょう」ということですね。

瀧口:まず始めることだと。

松尾:勝てる戦いなどないのです。とにかくおもしろいと思ってやってみて、試行錯誤して、いいものを見つけて、それを発展させて、という取り組みの中から、「もしかしたらこれでいけるのではないか」という道筋が見えてくる。最初からじっと座って「勝てる戦略は?」などと言っていても仕方ない。ぜひ生成AIを使って欲しいと思いますし、スタートアップや企業の方は、これを使った新しいビジネスを模索していって欲しいと思います。その中で、何か光明が見えてくることがあるのではないか。そのように思っています。

瀧口:以前、取材させていただいた時に、日本ではAIとハードウェアのかけ合わせ、ここがかなり重要な部分になってくるのではないかというお話を伺いました。第4次AIブームにおいても、それは変わりませんか?

松尾:まず生成AIでスタートが切られたと認識することが重要です。これは何かというと「Scaling Law(スケール則)」で、大きなパラメーターのモデルを作ると性能は上がる、資本を投入すると強くなる、勝てるという風なゲームのルールに、今のところはなっている。だからこそ非常に巨額のお金でビッグテックが戦っているわけですし、それによって非常にいいものが急速に出てきている状況です。だからこそ、このわかりやすいストーリーの中で先に行かなければならない、そういうことを皆が急いでいる。これはこれで、日本は追いかけていかなければならない。

ハードウェアの話は、今はわからないけれども、いずれブレイクスルーがあるだろう、そういう話ですね。それはそれでしっかり研究開発をやっていくことが大事ですし、いずれチャンスがきた時に一気にアクセルを踏むことが大事ではあります。ただ、いま起こっていることは、大規模言語モデルや生成AIの進化によって、世の中が大きく変わる、そのやり方と道が見えてしまって、そこを皆がすごい勢いで走っているため、それはそれとしてしっかり取り組む必要がある。ハードウェアが重要という意見は変わっていませんが、世の中のフェーズが変わったため、採るべき戦略が変わっている、そういうことかなと思います。

生成AIでスピーディーなプロトタイピングを実現する

瀧口:やはり「まず始めることが大事」とのことで、現時点でのChatGPTやBardといった生成AIは、人間が信頼して活用できるレベルに達しているのか、将来、そのレベルに達するのかもしれませんが、今の時点ではどう見ていますか?

松尾:例えばインターネットの初期には、「インターネットのような信頼性のないネットワークは使えない」と言われていたんですよね。「パケットが流れて、それが届くかどうか保証されないようなネットワークなんて誰も使わない」と当時は言われていながら、その中で新しいことが起こっていった。

テクノロジーというものは、100%の状態で最初から出てくるわけではなく、車も半導体も電気も全部一緒ですが、現状の技術の範囲でできることがまず探索され、使っているうちに技術のレベルが上がって、もっと領域が広がって、というように、時系列の変化で発展していくものだと思います。現状で100%の状態ではないというのはそれはそうですが、だからといって「使えない」ということではないと思います。

瀧口:使っていくことによって、AIもブラッシュアップされていく。

松尾:現在の精度、信頼性でも、「使える」活用方法はたくさんあります。ドラフトや下書きのように最後に人間がチェックすることを前提とした使い方は、まずはやりやすい。だんだん精度が上がり、人間によるチェックが不要になると、失敗してもいいような軽い処理でも使えるようになりますし、さらに信頼性が上がれば、より重要な処理でも使えるようになってくる。

瀧口:直近では、アシスタントのような、助けてもらう使い方がいいということですか?

松尾:そうですね。一番使いやすいのは、文書を生成するタイプの使い方です。文書を作成する仕事の人がそのドラフトづくりに使う、アイデアを出す、そうした作業は最後に人間がチェックするので、非常に活用しやすいですね。

瀧口:マーケティング、セールスや、ビジネス開発に従事している方の場合、ジェネレーティブAIは、どのようにこの分野に応用できるのでしょうか。松尾先生はコンサルティングファームなどとも連携して、日本経済のビッグプレイヤーに向けてAI活用の推進を積極的に提言されていますが、どうお考えですか?

松尾:ChatGPTやBardといった生成AIを使って、どういうことができるのかを考えるワークショップを、東京大学松尾研究室ではよく開催しています。企業や自治体の方など、いろいろな方に2時間ほど参加していただいています。今の生成AIでできることを紹介した後に、それぞれ現場の方、参加していただいている方から、こういうことができるのではないかということを言ってもらう。松尾研の学生やスタッフが「それはできると思う」「この辺が難しい」とディスカッションし、そこで「いいね」となったアイデアはプロトタイプを作るんです。これが1週間ほどでできます。現在の生成AIは使いやすくて、あっという間にプロトタイプができます。あっという間に新しいサービスが誕生します。

今、私の研究室で困っていることが「サービスが作りやすすぎる」ということで。

瀧口:それは困ることなのですか?

松尾:困るんですよ。あっという間にチャットボットができたり、とても良い問い合わせのシステムができたりするのですけれど、作りやすすぎて、競争力がどこにあるのかよくわからない。要するに、真似する人があっという間に真似できてしまうのです。「良いものができたのだけれど、これでいいのか?」そういう悩みです。

ただ今後は、そういうことがどんどん増えていくと僕は思っていて。「それでもいいからサービス立ち上げて会社立ち上げて、やったらいい。そういう風に変わってくる。今まで大きなコストをかけてサービスをつくってきた時代から、本当にあっという間につくることができる時代に変わってくる。そういうものだと思って取り組んだ方がいい」そう研究室では話しています。

瀧口:競争力のポイントは、どこに変わっていくのでしょうか?

松尾:結局、サービスが作りやすくなっても、顧客接点、お客様のデータ、過去の履歴、その価値は今までと変わらないので、「サービスを作って顧客接点を増やしていく」というものをちゃんとやっていくと、競争力になっていく。

その意味では、一見、新しいサービスが次々と立ち上がるように見えても、実際に顧客接点をお持ちの会社というのは、ちゃんと技術を使えば強いはずなんです。それもいろいろやってみないとわからないので、まずは試していただくといいのではないかと思います。

瀧口:だからこそ、これまでの顧客接点やデータの蓄積がある企業は、今やるべきだと。

松尾:やるべきだと思います。

今までのDXやAIの文脈は、作る人と使う人がかなり離れていました。これまで、エンジニアはビジネスのニーズを組み取ってサービスを作っていましたが、完成すると実はそれほど欲しいものではなかった、PoC(Proof of Concept、概念実証)だけで終わることがありました。

しかし、現在の生成AIは本当に使いやすいので、現場の人自身で試すことができる。研究室でのワークショップも、まさにそこに主眼を置いています。今、現場で仕事をしている人が、この技術を見てどう思うか。その場で聞いて、いいアイデアだったら作ってしまう。1週間後に持ってくる。そうすると作る人と使う人の距離が非常に縮まり、いいものができると思います。そういう意味でも、第3次AIブームの時のAIとは、かなりインパクトが違ってくるのではないかと思います。

瀧口:具体的に、いろいろな企業の事例を見聞きされ、プロトタイプも作られたとのことですが、「これはいいのでは」と可能性を感じる活用例はありますか?

松尾:変わった事例になると思いますが、イチ押しに「ゴミ出しGPT」というものがあります。

瀧口:どのような事例ですか?

松尾:「○○GPT」という名前をつけてはダメらしいのですが、この「ゴミ出しGPT」は、自治体のホームページを検索して、プロンプトに入れ、LangChainなどを使って実行します。ユーザーが「このゴミを出していいの?」と聞くと、ゴミ出しGPTは「これは燃やすゴミで出してください」「この方法で出してください」「何曜日に出してください」と答えてくれます。

ゴミ出しGPTは学生が作ったものですが、とてもいい。自治体の方にも好評です。ゴミとして出していいのか、迷うものがありますよね。今、分類が非常に細かくなっており、さらにそれは自治体や地域で違っており大変です。ゴミ出しGPTはPDFを読み込むだけなのですが、読み込んだ上でユーザーの問い合わせにしっかりと答えてくれる。これは全国の市町村を対象に一気に横展開できるのではないかと思っています。

瀧口:ゴミの出し方に関するコミュニケーションにかけている人員がすごく多いだろうことを考えると、有用ですよね。

松尾:また自治体が掲示している情報に対して答えるAIなので「○○届けを出すにはどうしたらいいか」「こういう補助をもらうにはどうしたらいいか」といった方向にも広げることができます。

瀧口:企業の例はありますか?

松尾:今のところは、ライティング業務に使われているところが多いと思います。明らかに業務効率が上がるので。お客様への対応に関するレポートを書かなければならない、記事を書かなければならないなど、そうしたところで使われようとしています。逆にメディアで使用が禁止になっているところもありますよね。確かに、あると「使ってしまう」から。

瀧口:虚偽情報が混ざっているという部分は、かなり意識しておかないとですね。ChatGPTとやりとりしていると、その表情が見えないですよね。たとえば人間の場合は、表情や声のトーンや言葉遣いなどから、五分五分の可能性で話しているのだろうなとわかるようなところも、ChatGPTの場合は自信満々で回答するので、疑う余地がないように感じてしまうところも怖いです。

松尾:「間違ってますよね」と言うと、「すみません」と謝って、また間違えるんですよね(笑)。

瀧口:謝ってほしいわけではないんですけれどね(笑) 。

今後のビジネスパーソンに求められるAIスキルとケイパビリティ

瀧口:ディープラーニング協会(JDLA)で松尾先生がやってこられたAI人材育成を含めて、今後のビジネスパーソンにどんなAIスキルやケイパビリティが求められるか、激変する時代の中でどのようにキャリアを積んでいけばよいのでしょうか。

松尾:これも、生成AIのBefore/Afterでだいぶ変わっていると思っています。Beforeではある程度プログラミングができてAIの理論的背景などをしっかりとわかってデータを扱えて、という人材が活躍していた。

Afterになると、いったんリセットされるに近い状況になります。APIが使いやすすぎるんですね。「これをどう使うか」ということが主になり、その下にどういう理論が隠れているか、どういう処理をやっているのかということを全く気にせずにプログラムできるようになっている。

しかも、プロンプトエンジニアリングでは、プログラミングなのか日本語や英語などの語学なのかがよくわからないような言葉のチューニングといったことがたくさん発生していて、新しいもの、今までになかったものが生まれています。そういう意味では新規参入しやすく、今からでも誰でも入っていけるし、理系的なバックグラウンドがない人でも「こういうものを作りたい」というニーズやセンスをお持ちの方であれば、どんどんチャレンジできる時代になってきている。

瀧口:理系ではない方は、何から学べばいいというおすすめはありますか?

松尾:「ChatGPTを使い、APIを叩いてみてください」それだけです。APIを叩くと「こう送れば、こういう風に返ってくる」といったことがわかります。10行ほどのプログラムでできるのです。

僕は25年ほど研究をしてきましたが、僕が見た中でいちばん簡単な技術、一番簡単に一番おもしろいことができる技術だと思います。この大規模言語モデル、ChatGPTやBardなどは。だからこそ、ぜひ使ってほしいし、APIの叩き方がわかれば、その後の「これをアプリにしよう、サービスにしよう」というところはこれまでの技術と一緒なので、いろいろな工夫をしてもらえればいいと思います。

瀧口:今まで、AIは取っ付きにくい、入りづらいと思っていた方々も、今は松尾先生史上、最も取り組み初めやすいタイミングなんですね。

松尾:そうです。本当に作りやすすぎて困るという状況なので(笑)、今までちょっと少し難しいと思っていた人もぜひ挑戦してほしいですし、本当にアイデア勝負ですよね。

瀧口:経営者の方、マネジメント層の方は、今、このAIをどういうものだと捉えておくべきでしょうか。

松尾:今までの技術にないことが起こっています。ChatGPTは最新のテクノロジーですが、20代の若者よりも50代、60代のおじさんの方が使っているのです。

瀧口:確かにそうかもしれないですね。身の回りの方だと、そういう印象があります。

松尾:要するに、めちゃくちゃ使いやすいのです。言葉を入力するだけですし。言語能力は人間がずっと死ぬまで上がっていく数少ない能力の一つで、リーダーは言葉の使い方がうまいですし、言葉の重要性もわかっています。そういう方に刺さりやすい。

最先端テクノロジーの話でいうと、例えば僕がスタンフォードにいた2005~2007年頃にスマートフォン・iPhoneが登場して、日本で流行ったのはそれから7年後か8年後くらいで、なんと遅いのだろうと思っていたのですが、ChatGPTは昨年11月30日に公開されて、あっという間に日本でも評判になりました。メディアでも多く取り上げられ、今、企業の経営層のほとんどの方がその存在を認識しており、どうしたらいいかを考えてます。このスピード感は、今までなかったことです。素晴らしいと思います。

瀧口:ここまで来るのにすごいスピード感でしたよね。

松尾:その状況で、国の会議ができるのもすごいですし、企業の中でどう使っていこうかという議論がここまで進んでいるのは、本当に良いことで、素晴らしいですね。

瀧口:以前OpenAIのCEO、サム・アルトマン氏が日本に来たことにも驚きましたが、この動きをどう捉えていらっしゃいますか?

松尾:絶妙だと思います。岸田総理が会ったこと、アルトマンさんが「日本語を強化する、日本に拠点をつくる」と言ってくださっていて、この動きは今までになかったものです。

アメリカの企業がある一方で、現在、ヨーロッパがいろいろな意味でAIに関するルールをしっかり作ろうという動きがあり、日本はバランスを取りながらやっていく必要があるのですが、そういう中でアルトマンさんが来られて「ぜひ使っていこう」というメッセージが出たことは、とてもいいことだと思います。

AIはパートナー?私たちはもっと速く、クリエイティブになれるのか

生成AIの活用によって、どれだけ生産性が向上し、どれだけ創造性が向上するのか。実際のプロジェクトにおいてAIをパートナーとして活用した、3つのユースケースをご紹介します。生成AIの業務活用を検討している方、必見です!

生成AIと大規模言語モデルへのルールメイキング

瀧口:イタリアをはじめ、ヨーロッパ各国の規制を強めようとする動きを、松尾先生はどう見ていらっしゃいますか?

松尾:以前からのGDPRやデータ活用も含めて、しっかりルールを作っていこうというのが、ここ数年のヨーロッパの流れです。生成AI、大規模言語モデルに対しても、少し慎重な姿勢をとっていると思います。今、議論が活発に行われていて、どのようになっていくかはわかりませんが、国によって多少スタンスは違っていますね。

瀧口:GAFAに対してヨーロッパはかなり規制をかけていますが、AIに対する姿勢もその延長線上にあるという見方もできます。

松尾:例えば学習データに関しての問題は非常に難しいところがあり、各国でルールも違いますし、人々の考え方も違う。そうした中で、いいところを探っていかなければならない。きちんと議論しながら探っていかなければいけません。

いちばん極端なものには、学習する際に、その権利者、そのデータを作った人の許可が必要というルールのつくり方もあり、例えばパブリックなデータ、インターネット上のデータに対して全部許可を取るのですか、ということになると、ほぼそれは学習には使えない、ということになってくる。そうするとAIが活用できないということになるわけで、そのバランスをどこで取るのが良いのか、というのは重要な論点ですね。

瀧口:実際にAI戦略会議でも、論点として、知的財産権を脅かしていないか、というところがありました。日本ではパブリックなデータを学習データとして使用しても、訴えられることがないというルールメイキングがされてきたのですか?

松尾:著作権という観点からは、比較的学習には使いやすいような法律にはなっています。

瀧口:すでに下地が敷かれているということですね。

松尾:ただ、もちろん使っていく上で、いろいろな方の利益を考えてやっていかなければならないので、何でもやっていいということではないですね。

瀧口:使いやすい環境というのは、整えられてきているのですか?

松尾:そうですね。各国それぞれに特徴があり、AIが活用しやすいところ、活用しにくいところはありますが、そうした中で日本もいいところは活かしながら、全体としてしっかり議論しながら進めていくことが必要です。

生成AIの企業での活用をリードするポジションとは?

瀧口:企業の話に戻ります。企業の中で生成AIを活用していくときに、どの役職、どの部門の人がリードしていくのが一番スムーズだと思われますか。

松尾:リードしていくという意味では、CDO(Chief Digital Officer)やデジタルのチームの方はいいと思います。ただ一番心配しているのはセキュリティまわりの方のはずで、社内の情報を外に出してしまっていいのか、使い方によって、著作権などいろいろな権利を侵していないかなど、そういうところは気になるはずですね。

瀧口:JDLAとして、ChatGPTの利用ガイドラインを公開されていますよね。

松尾:5月1日に公開しました。企業の方が社内で生成AI、特に言語系の生成AIを使う際に、こういったところに気を付けて社内のルールを作ってくださいね、というのを、JDLAとして出しました。

瀧口:5月の時点というのは、かなり早い動きになりますか?

松尾:そうですね。例えば東京大学でも、このChatGPTなどの生成AIをどのように使っていくのかという点について議論していこうという声明が理事から出されていますし、文部科学省もきちんと議論していくべきだという考えを4月中に出されています。そういう意味では、議論していかなければいけないということについてはだいぶ皆さんコンセンサスが取れています。その中で、JDLAが出したChatGPTの利用ガイドラインは少し踏み込んだ内容になっていますね。

瀧口:学生が課題を、AIを使って解いてしまうのではないかという話も出ています。大学教授の立場からは、どう考えていますか?

松尾:大学によっては、それを禁止しているところもあると思いますし、短期的な対処法としては、そのようなこともあるでしょう。ただ中長期的には評価の仕方を変えないといけないということだと思います。もっと教育にChatGPTのような生成AIを積極的に利用していくこともできるはずです。そういうところについても探っていくべきではないかと思います。

瀧口:ただ単に禁止してしまうのは、もったいないということでしょうか。

松尾:短期的な対応としてはわかります。レポートを出したときに、明らかに生成AIを使っているとわかるレポートが提出されたときにどう対応するか、現場の先生としてはかなり切実な話だと思います。

瀧口:ただ、生成AIを使ってうまく書けるのであれば、新しい技術を使いこなせているということであり、そういった意味ではすごいことだなと思いますよね。

松尾:そうですよね。新しい時代のスキルであることは間違いないと思うのですけれどね。

瀧口:先ほどの話に戻りますが、セキュリティ部門の方が生成AIの社内利用に対して心配し、社内で推進したい人たちとの間に摩擦が起きるのではないかと思います。効果的な理解醸成の方法はありますか?

松尾:Chat GPTは、利用規約によってデータの扱いが定められているので、そこをしっかり読んだほうがいいですね。特に社内の重要な情報であれば、APIを使ったり別途契約するなどで、学習に使われない、機密が保持される契約になっている、など、そういったところを確認しながら進めた方がいいです。このあたりも徐々にサービスが良くなって使いやすくなってくるとは思いますけれども、そういったあたりの確認は必要です。

また、JDLAでガイドラインを作った意図でもありますが、リスクがあることにはリスクがあると、それぞれの方が理解して使うことが大事だと思います。いろいろな入力ができてしまうし、AIの解答もいろいろな使い方ができてしまいますが、どういうところに注意すべきか、それぞれがしっかり理解して使う。責任者は、社員がそういった点を理解していることを、きちんと担保するような周知方法を行なっていく必要があると思います。

瀧口:社会とAIの関わり方についてですが、今までJDLAが出したガイドラインも、ビジネスや法律に関わる観点で作られていると思いますが、倫理的な観点でのガイドラインも、「バイアスのないAI」というところも含めて必要になってくると思います。今後そういった倫理的な観点からのガイドラインを、JDLAとして公開する予定はありますか?

松尾:そういった議論も重要ですし、JDLAにはその領域を専門とする理事もいますので、必要に応じて、そうしたものを出していくこともあると思います。

ただ、AIに関する倫理、社会的影響などについての議論は、何年も前からずっと継続して日本の中でも国際的にも行われています。では、生成AI特有なところは何なのか、という観点で、そこを新たに作り直す必要があるのであれば作り直すということだと思います。ゼロベースで議論するというよりは、今までの議論の上で行うことが必要だと思います。

瀧口:生成AI特有のものにはどのいった論点が考えられますか?

松尾:例えばコンテンツの作り方が非常に簡単になったので、たくさん量産できてしまったり、まことしやかにうそをつくことができたり、良くない方向に人を導いてしまう、といった点です。そのような問題は現実味を帯びてきたところはあると思います。

瀧口:そのあたりのガイドライン、生成AIに特化したものが必要だということですね。

AIの普及と、人間の働き方、社会

瀧口:AIと社会の豊かさ、社会全体を豊かにするためのAIの使い方について、お伺いします。OpenAIのサム・アルトマンCEOはインタビューで、AIとユニバーサル・ベーシックインカムを組み合わせると、社会全体が豊かになるという趣旨の発言をされています。松尾先生は、ジェネレーティブAIが社会においてどのようなもの、システムと組み合わせるといいと考えていますか?

松尾:サム・アルトマンさんはすごいですよね。ある意味で、本気で仕事がなくなると思っているわけですよね。

瀧口:だからこそ、ベーシックインカムの話をされていますね。

松尾:すごいですよね。今後、そうなるかもしれないけれども、我々が考えると、そんな急に行かないのではないか、そうはいっても人間がやる仕事はいろいろあると思うわけですけれど、アルトマンさんは割と極端にAIで何でもできると思っておられるのかもしれません。そうした時に、ベーシックインカムというのは確かにひとつの有用な社会制度だと思いますね。

瀧口:雇用環境や経済水準をより豊かにしていくという意味では、ベーシックインカムと組み合わせるかどうかは別として、AIをどう活用していくと効果的だと思いますか?

松尾:僕はアルトマンさんとは少し意見が違っているのかもしれませんが、人間性のようなものは、太古の昔から変わらないと思っています。おいしいものを食べたいし、仲間と仲良くしたいし、チームで団結して敵と戦うことは楽しいし、かわいそうな人がいれば助けてあげたくなるし、そういうこと自体は、あまり変わらない。ただ、テクノロジーによってその実現のされ方が変わってくるということだと思うのですね。今まで人があまりやりたくない仕事でも、技術がなかったから人がやらないといけなかった。これが例えば肉体労働では、機械がなかった時代は人が畑を耕していたわけだけれども、多くの人にとって、それほど楽しいものではなかった。それを機械がやってくれるようになり、人はそこから解放された。そうした時に、人間の仕事は知的労働の方にだいぶ寄ったわけですけれども、知的労働とはいえ、あまり人間がやりたくないような仕事もまだまだいっぱいある。そうした仕事は、AIが自動でやってくれるようになる。では、人間は何をしたらいいのか、遊んで暮らすのか、というと、僕はそうではないと思っていて。人にとって意味のあるものを作ろうとしたり、周りの人よりも自分が少し上手いことを見つけて褒めてもらいたくなったり、チームを作って、他の会社よりも自分の会社が上に行きたいと思ったり。こうしたことが、「意味の消費」「高次の記号」、そういうレイヤーで起こってくるということではないかと思っていて。「生産」という観点からはどんどん自動化されてくると思いますが、人間の働き方や社会は、人間性に依拠している部分が多いので、そこは僕はあまり変わらないと思っています。

瀧口:「意味の消費」は、重要なキーワードだと思いました。

松尾:消費は、「実体」よりも、「意味」の消費になってきていますよね。スターバックスのコーヒーを飲むときに、コーヒーはおいしいけれども、「自分がスターバックスにいる」という、ある種の記号を消費しているわけで。それは昔から言われていることなのだけれど、その「意味」のレイヤーがどんどん高次になっている。抽象的なものだったり、概念的なものだったり、意味自体を作り上げていくようなことが起こったりします。そういうことですよね。マーケティングの一般論に近いかもしれませんが。

瀧口:コミュニケーションの摩擦が、あらゆる問題の源になっているのではないかと思うのですが、こういった摩擦もAIを使うことでかなり解消されるのではないかと思います。

松尾:解消される部分は大きいと思います。人は人を気にしているし、意図せず人を傷つけたくないし、傷つけられたくない。今は、ネット上のコミュニケーションで言葉をそのままぶつけてしまえる。そういう時にAIが仲介してくれて「ちょっと待ってよ。そのままでいいの?」と言ったり、場を盛り上げてくれたり、そういうことを、AIがもっと上手に行ってくれる、コミュニケーションを円滑にしてくれることもあると思います。そうすると、例えば国と国の戦いや宗教の戦いも、個人レベルでは仲良くなれるにも関わらず、集団になったときにいろいろな問題が発生するということも、もしかしたらAIによって少し解決に近づけるのかもしれません。

瀧口:合意形成の部分なども、アシストしてくれるような存在になると。

松尾:政治家の方も、町内会や夏祭りで地域住民の方一人一人と握手をしますが、本当に相手がどう思っているのかがわかるまでのコミュニケーションはできていないですし、また政治家の思いもそれぞれの方に届いていない。なんとなくの知名度から、この人は頑張っていそうだと感じていますが。そこに生成AIを使って、その人の思いを一人一人に別の形で、わかりやすい形で届けてあげることができるのかもしれません。逆もそうですよね。すると、政治ももっと良くなるかもしれないですし、教育もそうですし、メディアもそうです。いろいろなコミュニケーションの形が、これから変わる可能性があるのではないかと思います。

瀧口:今日はお話をお聞かせいただきありがとうございました。

SalesforceのAIソリューション
AI+データ+CRMで、 ビジネスの未来へ

SalesforceのAIソリューションは、信頼できるプラットフォーム上で顧客満足度の向上を支援します。
お客様のビジネスと顧客について深く理解するAIを活用して、成果を上げましょう。

プロフィール

松尾 豊

東京大学 大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授
2002年東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。2019年より東京大学教授。専門分野は人工知能、深層学習、ウェブマイニング。2017年より日本ディープラーニング協会理事長、2019年よりソフトバンクグループ社外取締役。また、2021年より新しい資本主義実現会議 有識者構成員。

瀧口 友里奈

経済キャスター
現在、経済番組のキャスターほか、東京大学工学部アドバイザリーボードメンバー、また、SBI新生銀行 社外取締役、株式会社テラスカイ社外取締役を務める。
幼少期に米国に滞在。東京大学卒。在学中にセント•フォースに所属し、以来アナウンサーとして活動。「100分de名著」(NHK)、「モーニングサテライト」 (テレビ東京)、「CNNサタデーナイト」(BS朝日)、経済専門チャンネル「日経CNBC」の番組メインキャスターを複数担当するなど、多数の番組でMC•キャ スターを務め、ForbesJAPANエディターとして取材•記事執筆も行う。 経済分野、特にイノベーション・スタートアップ・テクノロジー領域を中心に、多くの経営者やトップランナーを取材。東京大学 公共政策大学院 修士課程に在学中。「個のエンパワーメント」「D&I」「社会のイノベーションの加速」を目指し株式会社グローブエイトを設立。

シリーズ:生成AI 記事一覧

世界中で注目を集める​「生成AI(ジェネレーティブAI)。
私たちの暮らしや働き方、社会を​どう変えていくのか。
各界のトップランナーたちのAI活用の最前線に迫ります。​

ビジネスに役立つコンテンツを定期的にお届けします