遅れを取る日本、2024年から巻き返しか
──2023年は、一部の先進的な日本企業で生成AI導入が進みました。2024年以降、生成AIの活用は、ビジネスでどのように広がるとお考えですか。
國本 知里 氏(以下、國本): 2023年はまさに「生成AIの元年」ともいえ、また準備期間とも言えたでしょう。どの企業も少ない予算の中で利用価値を模索していく一年でした。
それと同時に、多くの企業が2024年に向けたプランニングと予算の確保を進めており、ボストン コンサルティング グループ(BCG)が1月に発表したレポートでは、日本を含む世界の85%の企業経営層がAIへの投資を増加させる予定(*)というデータもあります。
*出典:ボストン コンサルティング グループ プレスリリース
こうした背景から、2024年は生成AIの「実践導入」が進むでしょう。この動きは、外資系企業のみならず日本の一般企業にも広がってきています。
2023年までは、生産性向上のために「ChatGPT」などの一般的な技術をどう活用していくかが主なトピックでしたが、2024年からは生成AIを外部のシステムとして使うだけではなく、各企業のシステムのなかに組み込むことでビジネスプロセスをさらに変革することに関心が高まっています。
同時に、生成AIを組み込むことで、実際に売上を上げていく、さらには事業そのものを新しく作っていく、そうしたことに関心が高まっています。
ただ、事業変革まで進むためには高いハードルもあるため、まずは生成AI導入を社内の「業務変革」からスタートさせ、それが社内に浸透した後に「事業変革」に繋げていく、業務という「縦串」と事業という「横串」の双方から組織変革を進める、そうした事例が生まれてくるのが2024年かと捉えています。
木内 翔大 氏(以下、木内):GMOリサーチが2023年秋に発表したデータによれば、生成AIの業務利用経験は、日本が約10%、米国では30%弱となっており、3倍の開きがあるとされています。
また、別の2023年末のデータでは、Fortune 500企業の9割がAIを利用しているのに対し、日本の上場企業は10%未満と、9倍以上の利用率の開きがありました。この背景には、リテラシーの問題やセキュリティやリスク懸念、國本さんのおっしゃる予算の制約などが影響しています。
ただ、こうした遅れはあるものの2024年から2025年にかけては、多くの日本企業が、生成AIに取り組む先進的なプレイヤーに急速に追いついていくと考えています。
また、Salesforceの「Einstein」もそうですが、既存のサービスにAIを組み込んでいく方法は予算やリテラシーの面で障壁が少ないので、2024年にはそうした形でAIがシームレスに導入される流れが加速すると予測されます。
そこで私が注目しているのはAPI技術で、Assistants APIなどがさまざまなサービスに浸透していくことでしょう。一方で、スモールビジネスや個人利用向けには、リテラシーの不足を補うGPTsやGPT Storeが生成AI利用率の向上に繋がっていくと考えています。
生成AI導入をリードする企業の有効な進め方
── お二方がいま、注目している国内の生成AI導入事例を教えてください。
木内:GMOインターネットグループは昨年秋時点で、AIによって累計9万6000時間、国内従業員数の10%に相当する600人月の業務時間を創出しています。これは生成AI元年における特筆すべき成果と言えるでしょう。
また、サイバーエージェントが発表していた同社のAIオペレーション室の取り組みでは、6割の業務を2年間で削減し、人員を高付加価値の業務に転換するという目標が示されています。AIの導入で、実際にどれだけ付加価値の高い業務に人員を配置できるか、という点も気にかけています。
それに関連して、企業の採用要件も変化していて、AIの普及に伴い、将来的に大手企業ほど採用が厳しくなる可能性があると考えていますが、その動向が2024年や2025年にどうなるかにも注目しています。
──生成AIの先進的な利活用にはどのような進め方が有効なのでしょうか。
國本:トップダウンで組織をしっかり作り上げている企業は強いと感じています。例えば、パーソルではAIの利活用を「横串での事業変革」、「縦串での業務活用」「会社全体の共通利用」という3領域で行う仕組みで全社的に推進しています。
また、ディップでは、AI導入に対する責任を持ったアンバサダーが組織内に存在していること、それが強みに繋がっています。
もう一つの注目ポイントは、メルカリのようにAIを製品に積極的に組み込み、“WOW”な体験を創出し、ユーザーエクスペリエンスを向上させている企業です。
AIアシストの導入によって、商品の売り方や提案が自動的に行われ、ユーザー企業は自分では考え付かなかったアイディアで、商品が売れる体験を享受できる。
こうしたAIによる体験がサービスに組み込まれていると、顧客の価値観が変わり、新しい販売方法に対する期待が高まります。これによって売上が伸び、お客様と会社の事業の双方ともに、喜ばしい結果が生まれます。
組織づくりと、サービス体験、それぞれへのAIの組み込みが進む中で、新しい価値観やビジネスモデルが生まれてくるでしょう。さらに今後、2023年に仕込んだものが2024年に具体的な成果やROIなどの結果を生み出すことが期待されます。
日本の企業は他社や競合他社の成功事例を見て、それにキャッチアップしようとする傾向が強いため、他社が試みて成功した事例が増えると、同様の動きが広がる可能性が高いです。
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キーファクターは「オペレーションとリテラシー」
── 生成AIを企業に浸透させていくために重要なポイントは何であるとお考えですか。
國本:運用オペレーションやサポートの重要性は非常に高いと感じます。現在、多くの企業がさまざまな生成AIを社内導入している一方で、その利用率がまだ十分ではないという課題もあります。
リテラシーの向上は一つのアプローチですが、それだけではなく、適切な運用体制やプロセスの構築など「オペレーション(Ops)体制」を社内のなかでどう作っていくかが重要です。
木内:私はリテラシーがすべてだと考えています。具体的には、経営層、AIマネージャー層、現場のOps的な作業という3つの層があります。
経営陣のリテラシーは、生成AIが組織や戦略にどれだけ影響を与えるかを高い解像度で理解するために不可欠で、この層のリテラシー向上は、企業の方針や組織の方向性において大きな影響を与えます。
次が、AI推進リーダーやアンバサダーといったAIマネージャー層のリテラシー向上です。これらの人たちが組織をリードし、AIを活用して戦略的な目標を達成するために、リーダーシップ層の育成や教育がカギとなります。
そして最終的には、AIリテラシーを具体的な現場の業務にどう活かすかが重要です。このレイヤーでのリテラシー向上は、現場での効果的なAI活用や運用オペレーションの実現につながります。こうしたそれぞれの層に対する、AIリテラシー向上のためのソリューション提供が、今後ますます重要になってきます。
國本:Opsとリテラシーは繋がるところがありますよね。AIのリテラシーは企業によってもさまざまで、組織内の利用レベルの違いをアセスメントによって実態を認識することは、教育やトレーニングのターゲットを明確にするうえで重要です。
たとえば「生成AIの先進企業」と言われているような企業でも、全員がAIに習熟しているわけではないですし、AIリテラシーのレベルに応じて人材を効果的に配置する組織づくりが必要になってきます。
同時に、ミッションの与え方や報酬の設定など、人事の側面も考慮する必要があります。結局、教育や組織作り、人事の視点などが絡み合い、総合的なアプローチが求められていると感じます。
木内:業務効率化と事業戦略で分ける考え方もありますが、私は基本的に、まず業務効率化を進め、浸透率を上げていくことが重要だと考えています。これには大きなインパクトがあり、生産性が何倍にもなる影響は非常に大きいため、その戦いに重点を置くべきだと思います。
業務効率化を進める際には、まず業務の改善プロセスを回すことが不可欠です。ただ生成AI以前の話として、「業務をメタ的に認知し、組織の課題を整理して業務改善に繋げていく」、そもそもそうしたことができている企業が少ないと感じています。そのため、社内でも外注でもいいので、そうした組織を作ることが避けて通れない大前提になると考えています。
リテラシーの問題を解決するアプローチは2つあって、「リテラシーを上げる」「リテラシーがなくても利用できるツールを提供する」というものです。
1つめはリスキリングです。具体的には、デジタルスキル標準などによるスキルの標準化を行いつつ、そこにAIツールやプロンプトの知識などを組み合わせて、ジョブ型組織の各所に必要なスキルと現状との差分を出していく。
差分を習得する過程でAIの基礎力を上げていくことがリスキリングの軸となります。また現場のメンバーが汎用的に「ChatGPT」や業務ごとに必要なAIツールを使えるようにしていくことも必要です。
2つめがツールの文脈です。エンジニアの業務では「Github Copilot」や「Cursor」といったツールを用いると、エンタープライズ系業務では1.5倍程度、中小規模の開発では3倍から5倍程度、生産性が上がっています。
その効果は保守コストを含めたトータルコストの低減にも寄与しています。今後、各業務領域におけるツールが充足してくるので、それらをいち早く導入することがカギになると思います。
*後編に続きます
(取材・執筆:池上雄太、撮影:小澤健祐、編集:木村剛士)
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