近年の外部環境や市場が劇的に変化する中で、組織形成や営業現場においてさまざまな課題を抱える企業の経営層の方々は多いのではないでしょうか。変化にしなやかに対応してお客様の成功に貢献する人材を育て、組織力を高めるためにー。今回は、長年にわたり「カスタマーサクセス」を大切にしながら営業組織を牽引してきたセールスフォース・ジャパン(以下、Salesforce)取締役 副社長 古森 茂幹に、同社Sales Development Senior Directorの鈴木 淳一が、組織づくりや人材育成のノウハウについて聞きました。
強い営業組織には、部門を超えた協調の仕組みがある
―現在の役割と、Salesforce社内の営業組織について教えてください
Salesforceに入社して、2022年で8年目となります。当初は中小企業をを担当するチームのリーダーとして入社し、3年後にエンタープライズのビジネスを担当することになりました。営業チームのマネジメントをしながら、取締役 副社長としてグローバルとの調整などの役割も担っています。
私は会社の経営チームの一員としての全体感の調整や問題解決をする役割も担っていますが、主なミッションはお客様の役に立つための営業組織の総責任者です。ですから、大半の時間はお客様のところに出向き、会話をすることに使っています。最近はリモート会議もありますが、いつもお客様との接点に立っています。
―営業として現場でのご経験もたいへん豊富な古森さんですが、強い営業組織に必要な要素について、どのようにお考えですか
Salesforceは、我々がサービスを提供することによって、お客様が成功に近づくことを使命としています。そのための営業プロセスモデルとして「The Model」という概念があります。マーケティング、インサイドセールス(内勤営業)、外勤営業、カスタマーサクセスのそれぞれのプロセス情報を可視化・数値化し、チームを越えた連携をしています。
BtoB営業の場合、チームで動くことが特に重要です。ラグビーでスクラムを組むのと同じように、全員が同じ方向を向いてお客様の成功のために努力し、連携します。一人一人の力は限られていても、チームなら非常に大きな力を出すことができます。
「The Model」の4つのチームは営業の段階によって役割が違います。お客様の成功のためにそれぞれが次の役割の人へうまくバトンを渡していき、一丸となってお客様をサポートします。
例えば、陸上競技の4×100mリレーで、100mを10秒走れる人が4人いるとします。それぞれ個別に走った合計は40秒ですが、バトンを渡すテイクオーバーゾーンでうまく連携できれば38秒に短縮することも可能です。それと同様に、チームが次の段階のチームをサポートしていくことが非常に重要なのです。
チームの役割が明確でありながらも連携が分断されていると、そこに漏れが生じてしまうことがあります。それぞれのチームが前後の工程に踏み込んで改善していくのがチームワークの秘訣だと思っています。つまりバトンを渡すときのオペレーションが重要なのです。
すぐれたリーダーに必要な「鳥の眼」と「虫の眼」
―強い営業チームにするために経営層やマネジメントがすべきことはありますか
チーム全体を俯瞰的に見る「鳥の眼」に加え、個々の現場の様子も見る「虫の眼」も重要です。どちらか一つの視点から見るだけではわからないこともありますので、両方の視点が重要です。データ・ドリブン経営や、データを中心とした営業活動が必要と言われますが、それは現場の声をとらえるということです。成約率などのデータはあくまでも結果なので、重要なのはなぜそうなっているのかを現場の声に耳を傾けて聞くと言うことです。
リーダーには「虫の眼」を使って現場の声を自らが聞きにいくマインドが非常に大切です。昔は日報や週報などのレポートを部下が提出して上司がチェックしていました。そうなると、レポートを書くこと自体が目的になってしまいます。Salesforceではお客様中心の仕事をするために、そうした社内向けの仕事については時間を極力減らすことが望ましいと考えています。必要な情報を減らすことなく、時間を減らすためにテクノロジーを活用しています。
社内のための仕事を減らして本来の業務に注力するために、日々の変化は営業担当者がSalesforceに入力し、組織全体でお客様に関する情報をリアルタイムで共有しているのです。入力されたデータが集まると、そこから洞察を得られ、変革につながります。Salesforce上でのデータ活用は、お客様に貢献するため、そして変化をキャッチし、データから意思決定をしていくことに他なりません。ただし、積み上げたデータだけですべてを結論づけるのは難しいため、仮説をもとに顧客視点に立ち、現場の声も合わせて深い洞察を得ていく必要があるのです。対面でもメールでもアンケートでも方法は問わず、お客様の状況を知る「虫の眼」が重要なのです。
―「鳥の眼」「虫の眼」で集めた情報に基づき、リーダーはどのように意思決定すればいいのでしょうか
組織において物事を決めるのはリーダーの役割です。決断を長引かせてはいけません。まず方向だけでも早く示す必要があります。ただし、変化に対応するためには修正もすぐに行います。Salesforceは、グローバルでも日本でも、「朝令暮改」でなく、「朝令朝改」くらいのスピード感で経営しています。お客様中心の視点では、お客様の環境が変わればすばやく意思決定も変えるということです。
コロナ禍の緊急事態宣言のなか、ビジネスが苦しくなったお客様もいらっしゃいます。Salesforceは基本的に毎年利用料をいただくビジネスモデルですが、一部のお客様にはお支払いの猶予期間を設けるような対応をしました。お客様が困っているなら既成概念やルールを変えても対応する、といった前向きな意思決定はすぐに決断するべきなのです。一方で、事業を継続していくことも重要ですので、変化への対応と事業の継続性のバランスをみて判断するのもリーダーの役割です。
―コロナ禍でリモートワークが推進され、オフィスに出社しない企業も増えています。そのなかで組織やリーダーのマネジメントのあり方はどのように変わっていると思いますか
コロナ禍前後で働き方は大きく変わっていますね。これも変化への対応の一つだと思います。「会社に来る=仕事」ではないということが明らかになりました。ただし目的はお客様の成功に貢献することに変わりはありません。そのために一番良い方法を選択すればいいのです。弊社ではリモートワークとオフィスワークを取り入れながらも、オフィスはコラボレーションの場所という位置付けに変化しています。
リーダー層も、これまでのように隣に座っているメンバーの顔色を見て、話さずとも状況を理解するといったことは難しくなりました。現在ではオンライン、オフライン問わず、とにかくお互いが声をかけて積極的にコミュニケーションを取ることが多くなりました。従来よりもチームのメンバーと話す機会が増えたマネージャーは多いですね。
―出社をしていれば仕事終わりに食事をしながら関係を育むこともあったかと思いますが、リモート中心になるとそのような機会もつくることが難しいですよね
新型コロナウイルス感染防止対策のため「飲みニケーション」のようなコミュニケーションは極端に少なくなりました。一方、Salesforceでは人と人とが直接会い、イノベーションを生み出せるような、柔軟性のある働き方を実現するため、社員が直接集まって、コラボレーションできる場を新オフィスの最上階に作りました。フォーマルとインフォーマルも混在していていろいろな対話ができる機会を作っているのです。日本だけでなく、グローバルでも「飲みニケーション」のように、偶発的に情報共有できる対話の場は重要だと考えています。個人のタスクはリモートワークで、チームビルディングはオフィスでと、一番いい仕事のやり方に近づいていると思います。
職務経験の提供と日常的なフィードバックが人財を育てる
―Salesforceは、Great Place to Work Institute Japan(GPTWジャパン)が発表した2022年版 日本における「働きがいのある会社」ランキング 大規模部門で1位に選出されています。そのような組織にできた組織づくりの秘訣を聞かれることはありますか
会社は人を作るところだと思っています。お客様の成功に貢献するうえで「人財」は不可欠ですので、私は人財育成の戦略こそが企業成長のカギだと考えています。Salesforceでは社員が成功することで、お客様の成功を支えることができると考えています。そのため、社員の成功や評価は予算と実績の評価よりも重要なのです。その社員の育成の柱となるのが職務経験です。職務経験の場を提供し、それを通じて、常にフィードバックしていくことを日常業務化していくことで社員を成功に導くのです。
営業組織としてはSales Enablementチーム(営業組織を強化・改善するための営業人材育成専門チーム)があって、営業担当者に対するコーチングをしています。一般的にプロのスポーツ選手にはコーチがいますが、会社員にはいません。会社員も仕事のプロフェッショナルであるにもかかわらずです。「営業」という職種にはさまざまなスキルが求められるので、営業にもコーチが必要だと考えます。そのような体制に投資をするかしないかは経営層の意思決定次第ですが、Salesforceでは何よりも人を育てることに投資しているのです。したがって「人材」ではなく「人財」として多くの育成リソースと環境を整備しています。
具体的には、社員がキャリアデザインをしていくうえで、不足しているスキルを日常業務のフィードバックによって強化・改善していきます。それで足りない部分はeラーニングで自己学習できる環境も整っています。そうした育成によって社員一人ひとりが出来ることが増え、お客様のお役に立てるようになることが目的です。つまり成果主義ではなく、成長主義なのです。成果主義は、変えられない過去を評価しますが、成長主義は、変えられる未来をどう作っていくかに焦点をあてます。だからこそ日常の職務経験が重要になるのです。
そのような考えや企業文化があるので、一度他社に転職した元社員が戻ってくることもあります。他社に転職する人がいると会社側としては痛手ですが、あえて私は「頑張れ」と応援します。そして実際に転職した後、何年か他の会社を経験し、成長して戻ってきてくれる人は少なからずいます。他の会社で得た貴重な経験を共有し、またSalesforceで活かしてくれることもまた企業の財産になるのです。
顧客を中心としたセールステックで、攻めと守りのDXをサポート
――最近はSalesforceをはじめ、さまざまなテクノロジーが組織づくりと企業成長を後押ししてくれています
いまでは「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」という言葉が一般的になりました。まさにテクノロジー活用=DXが組織変革を後押ししてくれます。
私はDXには二つの軸があると思っています。
一つは「一気通貫型DX」で、社内のあらゆるデータを連携させて業務や工程のスムーズな流れをつくり効率化を図る考え方です。多くの企業でシステムやアプリ間に分断があり、データ連携に手作業が発生しています。これらの転記の手間やミスをなくすためにAPIを使うアプローチが、いわゆる「守りのIT」です。
もう一つが「一期一会型DX」です。お客様との出会い・接点を大事にし、そのつながりを成長へと発展させていく、Salesforce Customer 360です。未来に向けて役立つシステムで「攻めのIT」と言えます。
一気通貫型DXで求められるAPI連携も、MuleSoftのようなテクノロジーの登場で効率的に実現できるようになりました。一期一会型DXでは、お客様との接点が対面だけでなく、電話、メール、Webサイト、チャットなどあらゆるチャネルに広がるなかで、それぞれのチャネルでのお客様とのやりとりを社内の各部門が把握し、共有化していく仕組みやツールがあります。AIの発展によってデータ収集と分析も高度化し、よりお客様に寄り添うお付き合いが可能になりました。この守り・攻めのITの両輪を組み合わせることで企業の在り方を次のステージに持っていくことができると思います。
社員全員がテクノロジーを活用し、お客様の成功に注力する
――経営層の一員としてツールとしてのSalesforceをどのようにお使いですか。SlackやMuleSoftなど、拡充したポートフォリオについてもあわせてお聞かせください
「次に何が起きるのか」「なぜそれをやるのか」などの議論に時間を使っています。すべての経営状況が可視化されますので、経営チームの議論の前には意識合わせなどはありません。「次のアクションを検討するためのインサイト」などの必要なデータはSalesforceのダッシュボードを見ればいいからです。
SlackやMuleSoftといった異なる分野の事業を取り入れていくM&A戦略はグローバルで行っているものですが、全ステークホルダーとの円滑なコミュニケーションを実現するSlack、アプリケーションを連携するMuleSoft(URL)、データ分析や課題を視覚化するTableauなど、すべてはお客様を中心に据えた「Salesforce Customer 360」というコンセプトのもと、お客様の新しい未来の「成功」のために、足りない機能をM&Aによって補完しているのです。今後さらに顧客中心型の製品ポートフォリオは強化されていきますので、それにあわせて組織と人財を強化していくのが私のミッションになります。
聞き手鈴木の取材後記
Salesforce自身がSalesforceという顧客データ基盤を最大限に活用し、第一線でお客様の声に耳を傾け、顧客の成功を支援し、未来をどう作っていくかに焦点を当てるー。古森へのインタビューを通じて、あらためて当社の人材育成や営業組織のあり方を認識したインタビューでした。
皆様の組織づくりやマネジメントの参考になりましたら幸いです。次回は古森のインタビュー第2弾「営業実践編」です。あわせてご覧ください。
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