産業別のさまざまなDX事例が披露されたSalesforceイベント「SALESFORCE Industries Summit 顧客とつながる業界の新しいカタチ 〜デジタルで創る変革と企業価値〜」。7月12日のDay1では、製造業にフォーカスしたセッションが行われました。本稿ではプログラム後半の開催レポートとして、ヤマハ発動機、日立ハイテクグループ、タキゲン製造の事例と、クロージングセッションの様子をお届けします。
お客様との距離を近づけるためにーヤマハの顧客ロイヤルティプログラム
ヤマハ発動機の事例セッションでは、同社と日本アイ・ビー・エムによる、Salesforceを活用したコネクテッドバイク向けの顧客ロイヤルティプログラムの共創活動が紹介されました。
ヤマハ発動機のモーターサイクル事業は、最大市場であるアジアを中心に海外売上が90%以上を占めるグローバルビジネスを展開しています。同社のDXの取り組みは、経営システム基盤を改革するY-DX1、既存事業を強化するY-DX2、新しいビジネスを作る未来のためのY-DX3の3つに大別されています。今回の取り組みは、Y-DX2に該当しており、担当者のヤマハ発動機株式会社 ランドモビリティ事業本部 MC事業部の村松 蒼介氏は「モーターサイクルにおけるコネクティビティを推進し、トップラインを伸ばし、ボトムラインを改善する。また、ブランド価値を高め、生涯を通じたヤマハのファンを創造していくことを目指しています」と目的を示しました。
Y-DX2によって顧客との関わりを強化するアプローチのひとつが、車両とつながるIoTです。モバイルアプリを通じて、車両のメーターだけでは表示できない情報やオイルやバッテリー等の交換目安などの情報を提供します。もうひとつが、顧客とつながる分野で、製品保証、販売店での修理、点検実績、購買情報などを扱います。
1台のモーターサイクルは、一般的に購入から5年程度使用される耐久消費財です。デジタル技術を活用し、お客様のエンゲージメントを高めるような新しい仕組みを導入しようと考えました。モーターサイクルの販売は、各国の生産拠点から販売店を通じて顧客に届く商流となっており、ヤマハ発動機本社では顧客との距離が遠く、得られる情報も少なく、情報自体の質も良いものではないという課題がありました。村松氏は「デジタルによって課題となっていたお客様との距離をぐっと近づけることができるようになりました」と述べました。
顧客にもメリットがあるロイヤルティの可視化をするべく検討をすすめているのがロイヤルティプログラムです。航空会社やホテルチェーンなどで提供されている会員制度のように、モーターサイクルによる走行距離、販売店のアフターサービスの利用、各種部品・用品の購買、そして友人紹介などでポイントを獲得・還元できる仕組みを構築中です。そのためのデータ基盤として、Salesforce Loyalty Managementを採用しました。
10年先を見据えた綿密なDXプロジェクトとバリューチェーン
分析装置・電子顕微鏡・医用機器や半導体製造装置などさまざまな事業をグローバルに展開する日立ハイテクグループ。2005年に米国法人でSalesforceを導入以来、製品購入からアフターサービスまですべてのバリューチェーンをつなぎ、顧客を中心としたビジネスの成長に取り組んでいます。DXプロジェクトでは、次の10年の成長戦略を実現する業務プロセスの創造をおこなっています。
株式会社 日立ハイテク デジタル推進本部 ビジネスDX部 部長 吉田 直晃氏は「従来型の業務改革ではなく、デザイン思考を取り入れ、私達はどうあるべきか。からスタートし、バックキャスティングする手法を採用して、事業全体の改革を目指しています」と説明しました。あるべき姿とは、製造・販売・サービスがひとつのプラットフォーム(Salesforce)でつながり、顧客へ最高の体験を提供することです。そのために複数のSalesforce環境を統合し、DX活動を通じて、営業サービス領域へのプロセスを標準化しました。
Salesforce環境の整理によって、顧客接点の改革が行われています。サービス・品質保証・設計における製品不具合管理プロセスにおいて、情報やプロセスが複数あり、部署単位で管理していたため、類似情報や顧客関連情報の共有ができていない、また扱う情報の形式が違うなど、サイロ化の課題がありました。これを解消するべくSalesforceのイノベーションプログラムIgniteを活用し、デザイン志向によってアフターセールスプロセスの見直しを行いました。各部門のリーダーが集まり、顧客の信頼、満足度向上のための議論を展開したのです。
この取り組みの結果、2019年5月に国内6拠点、海外7拠点利用登録ユーザー約3000名の不具合情報を一元管理し、分散した情報プロセスを集約した新プラットフォームを同時展開することができました。吉田氏は「各部門がお互いどのようなことを感じながら業務を行っているのか、忌憚なくシェアすることで、これまで気づかなかったデータ活用型の業務に向けたマインドと行動の変革、分断された顧客関連情報など多くのインサイトを得られました」と述べました。
地域ごとに分断していたサービスフロントもプラットフォームをSalesforceに統一して改革が進んでいます。ビジネスユニット、地域を横断した顧客情報の共有、サービス接点データをもとにした営業機会の増大、老朽化製品リプレース、グローバルのサービス傾向、顧客の声を生かした製品設計や予測型の予防サービスの実現が直近の目標です。
さらに、既存機能強化として、DXプロジェクトと連携したセールスサービスフロントの展開、コールセンター機能など、サービス領域を中心とした機能拡充を実行して行く予定です。未着手の領域としてデジタルマーケティング、顧客ポータル、アンケートなどを関連部門と協力して推進していきます。AI(Einstein)やBI(Tableau)といったデータ分析機能、API(MuleSoft)を活用したシステム連携基盤の強化も検討していると熱く語りました。
紙・ExcelからSalesforceへー社内の情報共有や注文プロセス、展示会の情報管理を効率化
産業用金物の開発、設計、販売を行うタキゲン製造。創業は1910年と歴史ある企業で、そのDNAには「ないモノは創ればいい」の精神が宿っています。国内外併せて20の拠点を展開する同社ではPCや基幹システムの導入は早かったものの、そこにたまった膨大なデータを営業に生かすことができていませんでした。加えて、ISO導入やPL法や環境負荷物質への対応、働き方改革やSDGsへの取り組み、直近ではコロナ禍によるロックダウンなど、環境の変化に対応するべく、Salesforceを導入しました。
タキゲン製造株式会社 仙台支店 支店長 水門 公成氏は「これまでのビジネスモデルであるカタログによる直接販売と工場を持たないファブレス経営に加え、強固なデジタルプラットフォームを構築し、情報の見える化、共有化で『ないモノは創ればいい』の精神をアップデートし、新たな100年を築いていきたい」と切り出しました。
日々の業務で日報を使う文化を持つタキゲン製造では、その管理が紙やグループウェアなど統一されていませんでした。営業活動の報告会も月に1度と、スピード感に欠けていました。アイデア提案も紙の提案書をスキャンして保管するのみで、適切な共有や評価もできないままでした。
Salesforceの導入によって、500名の社員の日報や営業担当者の活動がオープンとなり、必要な情報を速やかに利用できるようになりました。社員が努力した様子がダッシュボードに表示されるため、評価される側のモチベーションが上がり、小さな情報でも積極的に報告されるようになったのです。水門氏は「半年が経過した現在、日報入力率が99%と、ほぼ全員が入力の習慣を身につけています」と、成果を示しました。
紙によるFAX注文の入力も大きな負担となっていましたが、FAXをデジタルデータで扱うことができるようになり、ペーパレスが推進され、テレワーク環境も整えました。業務の効率化だけでなく、2050年に売上300億円という目標達成に向けて、ビジネスの変革にもSalesforceを役立てています。顧客接点や営業担当の集めた情報、社員の発信した情報からニーズをさぐり、新しい商品開発につなげようとしています。
マーケティング活動のデジタル化にも取り組んでおり、展示会での顧客の要望をフォローするために従来Excelでおこなっていた情報管理をSalesforceに変更しています。展示会で取得する名刺データの入力も ScanToSalesforceを活用することで入力項目の統一を図るとともに、入力コストの削減も実現しています。
日本製造業がイノベーションを興すために必要なこと
Day1製造のクロージングセッションでは、Salesforce Igniteプログラムの責任者であるセールスフォース・ジャパン ジャパン イノベーション リード 田島 佳奈をホストに、製造業出身で、現在は世界最高峰のデザインファームでイノベーションの最前線に立つIDEO Tokyoの共同代表 野々村 健一氏を迎え、セールスフォース・ジャパンで製造業をサポートしている鹿内 健太郎とともに、製造業の未来とイノベーションへの向き合い方について議論を展開しました。
まず鹿内が世界最大の産業見本市であるハノーバーメッセに参加した経験から、製造業DXのグローバルトレンドについて説明しました。そのキーワードは、KPIとAIによって高度化した営業活動、工場や商社とリアルタイム連携した生産の最適化、CO2削減、カスタマーサクセス、コロナ禍で促進されたデジタルマーケティング、自動化で効率化するWeb受注、顧客の声を反映した研究開発活動、顧客中心のありたい姿を策定するチェンジマネジメントなど多岐にわたります。
「営業部間で連携をする、各部門が得た情報を営業側にフィードバックしていくなど、部門をまたぐ動き方がとても大事になります。東芝とシーメンスが『部門間で連携するデータを共有していくよう文化を変えることが一番大事だった』といった言葉が印象的でした」(鹿内)
次の話題は経営者の視点へ。野々村氏は、多くの経営者は新しいものを創り出す力を強化するために会社やその文化の変化を求めているものの、その先の在りたい姿を思い描くところや、どのようにして社員の心を動かしていくかという部分で苦労していると語りました。そのうえで、現在のDXという流れは、自社の存在意義や実現しようとしている世界を必然的に問われる側面もあり、「自分たちを『こういう物差しで見てほしい』と外に対してどう伝えたいかということを考えることにも有用です」と述べました。
続いての話題はカルチャーの変革。田島は、顧客中心の購買体験への変革に取り組む企業をサポートする立場から、失敗を恐れるため、企業文化を変えていくことが困難な企業が多く見られるとしました。そして、ハーバードビジネススクールが実施した経営者への調査では、文化を変えていくには5年以上かかるという結果も示し「文化を変え、成果を出すイノベーションには、いかに継続的にやれるかが大事だと思います」と語りました。
野々村氏は、イノベーションを起こすには、メンバーがいろいろなものにチャレンジできるための余白のようなものが必要だといいます。このためにはマネジメントが一定の振れ幅というものを許容することにコミットしなければなかなか実現しませんが、数十年前の日本の製造業では行われており、さまざまなプロダクトが生み出されてきたといいます。
実際のアクションについて野々村氏は「本当に小さなことから始めることをおすすめしています。ちょっと違ったアイデアをシェアしてインスピレーションをみんなと共有する場を定常的に設定していく、実験的に何かを作りだしてみる、まずは小さくても良いのでアクションを繰り返すことができるリチュアルづくりが大事です。IDEOに入社した際に学んだ好きな言葉で『許可をもらうのではなく許しを請え』というものがあります。最初に許可だけ求めるとダメと言われるものも、やったあとに『すみません』というのはけっこう許される、もちろん一定のルールは守らなければいけませんが、このような許可感の醸成をするにはどうすればいいかと考えてみるのは良い試みだと思います。」と、能動的に動きたい人が増えるよう、心理的安全性を与える大切さを語りました。
以上、Day1製造業向け・後半の注目セッションレポートでした。
産業別の国内生産高では製造業は言わずもがなTOPで日本を代表する産業です。今回紹介された改革事例をぜひ参考に「何か」を始めていただけたら幸いです。
前半をレポートした別記事では、Salesforceの製造業向けプロダクトの説明と、京セラ、ヒロセ電機、旭化成の事例セッションを紹介しています。
そして、Day2 金融サービス業、Day3 小売・消費財業の開催レポートもお見逃しなく。