消費動向の急激な変化に直面する中、多くの小売・消費財企業が持続的な成長に向け、DXに取り組んでいます。目指すのはお客様や取引先、店舗とより深く、素早くつながる世界。先進企業はどのように連携を進め、多様化するお客様のニーズに応え、新たな価値を生み出しているのでしょうか。
日本初となる「SALESFORCE Industries Summit」は、「顧客とつながる業界の新しいカタチ 〜デジタルで創る変革と企業価値〜」と題して2022年7月12日から15日の間に開催されました。
本稿ではDAY 3 小売/消費財業界向けのプログラムで共有された、セブン-イレブン・ジャパン、コカ・コーラ ボトラーズジャパン、イオンリテール、花王、ライオンの取り組みをレポートします。
小売・消費財DX- 顧客、店舗、取引先のバリューチェーンをつなぐ
基調講演の冒頭では、セールスフォース・ジャパン 専務執行役員 エンタープライズ営業第一統括本部 統括本部長 笹 俊文が登壇し、 Salesforceが小売/消費財事業者向けに提供するソリューションの説明をしました。
先進国では少子高齢化が大きな社会課題になっており、さらにそのなかで顧客のニーズは多様化しています。加えて原材料の高騰、オンラインでのプライバシー規制などさまざまな状況の変化があり、小売・消費財メーカーをはじめ、多くの企業が非常に厳しい状況にあるといえます。
Salesforceは小売業界向けに、顧客360度ビューを用いた1 to 1の顧客体験と、店舗360度ビューを用いた店舗運営の支援を行なっています。顧客360度ビューでは、CRMやロイヤリティプログラムの運用、店舗やEコマースでの購買履歴、Webページの利用、問い合わせなどからパーソナライズされた顧客体験の提供、向上を支援。
店舗360度ビューでは、店舗の業績、従業員情報、本部とのコミュニケーション、設備の情報などを可視化、分析し、店舗運営を効率化かつオペレーションしやすい情報基盤を提供しています。
消費財業界においては、卸売から小売を通じて生活者までのバリューチェーン全体の把握・管理が求められます。そのなかで、取扱商品の商談や店舗展開の交渉といった、B to Bビジネスの側面。また、エンドユーザーである生活者向けに商品専用のWebサイトを展開したり、ロイヤリティプログラムを提供するなど、B to C向けビジネスの側面の両輪を企業、組織が一丸となって取り組むことが商品価値向上につながります。笹は「B to B、B to Cの両面で、かつ横断したご支援をさせていただきます」と述べました。
ソリューションの説明のあと笹は、株式会社セブン-イレブン・ジャパン 執行役員 システム本部長 西村 出 氏をお招きした対談をお届けしました。セブン-イレブン・ジャパンでは、創業以来、変化に対応していく企業風土を持っています。西村氏のミッションは、変化の激しい状況のなか、デジタル技術を使った変化への対応を推進していくことにあります。Salesforce活用においては店舗のあらゆる情報を可視化する「店舗カルテ360View(以下、店舗カルテ)」を構築し、効率的な運営に役立てています。
店舗カルテにはさまざまな情報が蓄積されています。今後はさらに社内に点在したデータや人が持つノウハウをデジタル化し、DXを推進していくといいます。西村氏は、一番大切なのは顧客の声であるとし、「お客様の期待に応えることが大切ですので、Salesforceのプラットフォームに蓄積しているお客様の声や、最近ではSNSからもさまざまな声を見られるようになっていますので、リアルタイムで吸収しながら、お客様に応えていけるシステム作りをしていきたいです」とコメントしました。
続いて笹は、多くの有名な消費財ブランドを展開するコカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社のセールスエグゼキューション統括本部 上席ディレクター 西日本営業本部 営業本部長 濱田 洋介氏をお招きし、対談を行いました。コカ・コーラ ボトラーズジャパンでは、 SalesforceをベースにしたSFAを使うことで、これまで経験則や異なる価値観で展開していた営業活動の水準をそろえ、価値の向上に役立てています。
KPIの確認や訪問計画、顧客ごとの商談ツールなどによって、営業担当者は速やかに業務を遂行できるようになっています。画像認識で店舗での自社商品の陳列状況を把握し、訪問後の報告書は音声入力を使うなど、スマートデバイスと各種テクノロジーをうまく業務に活用しています。
濱田氏は、SFA利用の背景について「約3000人の営業担当者がいて、従来のようなアナログなアプローチでは時間も労力もかかり、データの分析や事務作業のために、本来の営業担当者の役割である『お得意様に提案をする時間』が少なくなってしまうという問題がありました。営業担当者が同じ価値基準を持って活動し、同じ成果指標をリアルタイムで把握できることを目指して導入しました」と説明しました。
濱田氏はSFA導入によって「営業活動全体が劇的に変化した」といいます。コカ・コーラ ボトラーズジャパンは地域ごとに別々にあったボトリングカンパニーが統合して誕生した企業です。統合した当初は、サービスレベルの一貫性や規律、透明性が充分ではない状況にありましたが、Salesforceを導入することでこの課題を解消したのです。
飲料などの商品を通じて小売事業者とともに顧客にワクワクやハッピーを届けていきたいとするコカ・コーラ ボトラーズジャパン。今後の展望について濱田氏は最後に「データドリブンで質の高い営業を実現し、一歩先の情緒的な価値に踏み込んだ提案をリードしたいと思っています」とコメントしました。
イオンリテールが実現した、社内外組織横断コラボレーション
イオンリテールにおいて、店舗開発やテナントゾーンの管理運営等を行うディベロッパー事業では、組織間コミュニケーションの問題解決を目指し2021年3月よりSlackを導入、現在はメンバー550名が社内外とつながり、新店出店や店舗活性化の実務にあたって関係各部署や取引先、グループ他企業とのリアルタイムのコミュニケーションに活用しています。Slackを導入し、浸透させるために実施した取り組みについて、イオンリテール株式会社 ディベロッパー経営企画部 部長 中本 太郎氏よりご説明いただきました。
ディベロッパー事業は、新たに店舗を展開する土地の地権者と、土地の貸借もしくは購入の契約をする開発本部、ゼネコンと建物のプランニングを行う建設統括部、テナントを募集・SCの運営を実施するSC本部、店舗ができあがったあとに、地権者とのコミュニケーションや資産の管理を行う不動産統括部で構成されています。中本氏のディベロッパー経営企画部では、縦割りになりがちな各部門に横串を刺し、足並みをそろえるための役割を担っています。
Slack導入前の課題は大きく2つありました。1つはコミュニケーション不足です。対面以外のコミュニケーションのツールはメールのみで、重要なメールを見落としたり、制限によって容量の大きい図面データが送信できなかったり、タイムラグが起きたりするような問題がありました。もう1つは縦割り組織による分断です。また、コロナ禍によってコミュニケーションツールを導入したのですが、ビデオ会議として使われるのみで、コミュニケーションの課題は解決しませんでした。
中本氏は「(コミュニケーションツールが)なぜ浸透しなかったのだろうか、どうやってSlackを導入していこうかと部内でもいろいろ議論をしました」と振り返ります。
異なるブランドの異なる顧客接点を統合し、デジタル店頭接客を実現
花王株式会社は、2021年10月より、化粧品事業において、美容部員を派遣している百貨店やGMSを中心に、Salesforce Lightning Platformを使った店頭顧客システム「FACE」(フェイス)を導入。その背景やチャレンジについて、アクセンチュア株式会社の間浦 真次 氏をモデレーターとし、花王株式会社 情報システム部門の尾松 大樹氏と、導入を支援したアクセンチュア株式会社 松尾 悠香氏がセッションを展開しました。
スマートフォンの普及によって、場所を問わずにサービスや情報を得ることが当たり前になっている現代、花王は、顧客接点横断のプラットフォームとなるカスタマーエンゲージメント基盤の整備を進めていました。ブランドサイト、CRM、ECサイトに加え、店頭顧客システムを再構築したのです。
従来は、各顧客接点が分断され、コミュニケーションが閉じていました。FACE導入の目的について尾松氏は「各チャネルでのお客様の購買活動情報をもとに、お客様の状況に合わせた適切なタイミングでブランドの世界観や価値をお伝えし、1人1人に寄り添い、パーソナライズされた提案を行うことを目指しております」と話しました。
FACEは、店頭活動をサポートするツールとしての基本的な機能に加えて、肌解析サービスやブランドごとに展開するカウンセリングツール、LINEアプリ、その他の基盤との連携機能を搭載しています。顧客は店頭での肌解析結果をスマートフォンで確認できるほか、オンラインでのカウンセリングやバーチャルメイクなど、店舗以外の場所でブランドの体験ができるのです。
従来のシステムは、店頭のみの活動を目的としており、ブランドや地域によって異なるシステムが展開されていました。FACEの開発によってシステムが統一され、ほかのサービス基盤とも連携できるようになっています。現在では、9つの異なる化粧品ブランド向けに、およそ7500名のユーザーが活用するシステムとなりました。ブランドによって取り扱う商品は異なり、接客方法も違います。決められた期間での構築は大きなチャレンジでしたが、現場のニーズを徹底的にヒアリングして実現していったのです。
サステナブルなDXで社会を動かす
Salesforceは「ビジネスは社会を変える最良のプラットフォーム」であるという考え方のもと、お客様のデジタル変革だけでなく、その先の社会課題の解決に向けて共に歩んでいきたいと考えています。Day 3のクロージングセッションは、セールスフォース・ジャパン サステナビリティ&コーポレートリレーションの細谷 優希をモデレーターに、ライオン株式会社 サステナビリティ推進部 部長 小和田 みどり 氏と一橋大学ビジネススクール 客員教授 京都先端科学大学教授 名和 高司 氏をお招きし、サステナブルなDXによる、企業をとりまく投資家・顧客・社員との関係性の未来についての意見交換を行いました。
名和氏は、Sustainability、Digital、Globalsというキーワードから「新SDGs」を唱えました。これには、2050年を見据えて新しい未来を作っていくという想いが込めたもので、SDGsの17のゴールに加え、企業独自の18番目のゴールを設定することをサステナビリティ(S)とし、そのためにデジタル(D)をつかったイノベーションを、グローバル(Gs)に広げていく必要があり、これらの交点には「志(パーパス経営)」があるとしています。
「パーパスを掲げて実践している企業はファンが増えます。ライオンさんもそうだと思います。顧客が『いいね』と言ってくれることにより売上があがります。これでマーケティングコストが下がります。そして、従業員がパーパスを自分ごと化すると人材コストも半分、3分の1に下がる。従業員が本当に誇りに思えば間違ったことをしなくなり、これは究極のコンプライアンス、ガバナンスのあり方だと思います」(名和氏)
ライオンでは、パーパスに「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」掲げ、サステナビリティ最重要課題である「健康な生活習慣づくり」により、社会課題の解決と同時に事業の拡大につなげています。1891年創業のライオンは、子供のむし歯をなくしたいという思いから、これまで長にわたりオーラルケアの商品の提供とともに啓発活動をおこなってきました。
小和田氏は、「歯みがきを1日2回以上する人が50年間で約4倍になりました。同時に小学生のむし歯比率も4分の1に減っています。社会課題の解決だけでなく、実は歯みがき市場というものの規模も約4倍に拡大しております」と説明しました。そして、このような長期にわたる取り組みが評価され、消費者庁主催の令和2年度 消費者志向経営優良事例表彰の内閣府特命担当大臣表彰を受賞しました。
このほか、歯みがきの原料となるミントを生産する農家や、貧困に苦しむ子供のオーラルケア支援、資源循環に向けた歯ブラシのリサイクルなども実施しています。そして、リサイクルの輪を広げる活動として、競合である花王様をはじめ、さまざまな関連事業者と使用済みつめかえパックの回収と再生に取り組んでいます。この取り組みも、令和3年度 消費者志向経営優良事例表彰において、選考委員長表彰を受賞しています。
名和氏は、ライオンが歯磨きの促進などで行ってきたような、生活者を正しい未来に誘うことを、小売や消費財に関わる企業に取り組んでほしいとし、「株主の利益を最優先にした従来型の株主資本主義から、あらゆるステークホルダーの利益を考えるステークホルダー資本主義という考え方が今後のビジネス戦略において、非常に重要になります」と述べました。
本セッションでは、視聴者からの質問も受け付けました。細谷は、「サステナブルに関して、社員の認識に格差がある場合、どのようにすれば全体として認識が上がるのでしょうか」と提示しました。
これに対し、社内にサステナビリティの重要性を浸透させた小和田氏は「みんなが同じレベルで認識する必要はなく、自分たちの部所で実施できるサステナビリティとは何かを考えることが行動のきっかけになります。原料調達の人は、よりサステナブルな原料に変えてみるとか、そんなことを考えるだけでも素晴らしいことだと思います」と答えました。
名和氏の唱える「新SDGs」にはデジタルを活用したイノベーションも要素としてありました。これについて名和氏は、イノベーションは社会実装してスケールすることだとし、それは1社では難しいので、同業他社で共創したほうがよく、そのためにはパーパス、志を共有することが重要だとしました。
ライオンと花王のリサイクルの取り組みに、P&Gやユニリーバといった競合に加え、自治体なども参加していることについて名和氏は「志がアラインできたからだと思います。綺麗事だけでは前進しません。スケールするためにデジタルの力をぜひ活用いただきたい」と最後にコメントしました。
私たちの生活に密接に関わる小売・消費財企業だからこそ、ユーザー(顧客)中心の概念でDXを推進していかなければならないとあらためて考えさせられました。DAY 3 小売/消費財業界向けのプログラムは本稿で紹介した他にも多くのセッションを配信中ですのでぜひオンデマンドをご覧ください!
そして、Day1 製造業、Day2 金融サービス業の開催レポートもお見逃しなく!