人生100年時代、STEAM教育、アップスキリングやリスキリングなど、さまざまな言葉で生涯学習について語られる機会が増えてきました。
文部科学省は生涯学習振興の重要性に着目し、経済産業省はリスキリングによるDX人材育成に注力し、経団連も新しい時代に対応した大学教育改革の推進を謳っています。つまり、官民はどちらも「高等教育機関」が社会の中で新たな役割を持つことに期待しているのです。高等教育機関は、大学院大学や大学だけでなく、専門学校、専修学校なども含みます。
今後、専門性の高い教育によって学習者を生涯に渡ってサポートするために、高等教育機関にどのような変革が望まれるのでしょうか。
「順応」もまた学習の成果である
社会が変化するスピードは、近年激しさを増していると言われています。感じ方は人それぞれかもしれませんが、新型コロナウイルスの影響による社会変容により、これまでに経験したことのないような大きな変化を経験したことは確かでしょう。しかし、人間は案外順応するもの。感染リスクを減らすためにテレワークや自宅勤務を行ったり、自宅で過ごす時間を充実させたりするなど、新しい生活様式にもいまではすっかり慣れました。
実は、この順応という現象は、変化に対応するために、私たちが学習し、行動した結果です。学習は、何らかの事象を知覚したり、変化に対処したりするためだけに行うものではありません。変化に順応することも、変化を作り出して新しい社会の形を築くことも、どちらも学習という行動が基礎になっているのです。
人生100年時代と言われ、かつて後期高齢者と呼ばれた世代も元気に日々を過ごしています。すべての人とモノが繋がり、あらゆる知識・情報を共有することで社会課題の解決を目指す「Society 5.0」の考え方も広まってきました。その中で、政府は生涯学習を重視しています(令和3年度『文部科学白書』第3章 生涯学習社会の実現)。
今後も起こりうる予測不可能な状況に対し、学習の成果を駆使して実践に移すプロセスは、生涯にわたって続きます。生涯学習は、もはや教育のみならず社会全体に広がるテーマなのです。高等教育機関はこのテーマに真摯に向き合うために、いまからどんなことを考え、どのようなことに取り組むべきなのでしょう。
「学んだからどんな成果を得られたか」を重視
高等教育機関を取り巻く環境において、最もネガティブな要素になるのは、加速度的に進む少子高齢化です。「大学全入時代に突入」という報道も増えてきました。実際に、定員割れの高等教育機関は少なからず存在します。高等教育機関の経営という視点からも、これまでのように「若い人に入学してもらって卒業まで面倒を見る」という役割を果たすだけでは、先行きが心許ないのは事実です。
一方、近年存在感を高めている高等教育機関もあります。たとえば、教育機関としてのブランド力をうまく強化した学校、あるいは産学連携や地方自治体との共創を推進し、優れた人材を社会に供給できる仕組みを作り上げたところです。読者の皆様も、「自分が学生時代にはいまいちぱっとしなかった学校なのに、いまでは人気ランキング上位に顔を出している」ところをいくつか思い起こせるのではないでしょうか。
元々ブランド力の高い教育機関なら、これまでどおりに「大学は学問をするところだ。実学はやらない」と構えていても良いかもしれません。しかし、何もしなくても学生が集まってくるようなところは多くありません。すでに、学習者と高等教育機関のパワーバランスは学習者優位になっていて、「何を学んだか」でなく、「学びからどんな成果を得られたか」が重視されています。
そして、実はすでに存在感を高めている高等教育機関こそ、将来に向けて大きな改革に取り組んでいるのです。産学連携では、ベンチャーへの出資や研究受託に加え、産業界とより緊密に連携して共同プロジェクトを展開しています。
学習者個人を軸とした360度ビューを提供
では、ブランド力が十分でない高等教育機関は、どのようなことに取り組めば、すでに先を行っている強力なライバルと渡り合っていけるのでしょう。リソース面は、先進機関と遜色ありません。改革のカギは、生涯学習にあります。たとえば、学習者を中心に置いてその学びを永続的にサポートできるような改革に取り組むことは、その1つの手段になりうるでしょう。
生涯学習という言葉そのものは、それほど新しいものではありません。2006年の教育基本法改正時に、「生涯学習の理念」が記載されており、それ以前からのトピックです。幼少時の家庭教育から、学校教育、社会に出てからの教育とさまざまな教育があり、私たちは常に学んでいます。学びの場は数多く、その分野は多彩です。そして、学習は一生続くものです。上記の「生涯学習の理念」では、「高等教育機関がどのような教育を提供すべきか」という示唆はあります。ただ、学習者がどう取り組むのか、そしてそれが生涯学習にどうつながるか、というところまでは踏み込んでいません。つまり、やり方は高等教育機関のアイデア次第なのです。
一例として、生涯学習における達成度を高等教育機関として把握しておき、学習者としても振り返りができる状況を作ることを検討してみましょう。学習者個人を軸とした360度ビューを提供するイメージです。
この仕組みは、入学前からつながりを作るために使用し、学生時代から本格的に使い始めます。職員や指導教員がチューターのような役割を果たし、学習履歴と達成度を参照し、より深く学生の進みたい方向性について相談に乗ることができます。履修状況もコマ単位で把握できるため、退学予備軍に対処する仕組みとしても有効に機能しそうです。
さらに、これを卒業後にも使用し続けます。これこそが、生涯学習を見据えたプラットフォームになり、学生時代の記録に、学習内容を追加していくことができます。大学院への進学や、社会に出てからの公開講座への参加など、高等教育機関の提供した学習機会はすべて記録できます。学習者の自由記述や他の教育機関との情報連携を促進することで、企業内教育の内容などを追加することも可能です。これは、学習者が学びを振り返り、たとえば転職する際の職務経歴書作りなどにも、大いに役立つでしょう。
経済産業省が本腰を入れているDX人材育成のためのリスキリングでは、継続的にスキルアップできる学習環境の整備と能力評価の見える化が謳われています。生涯学習を支えるプラットフォームがあれば、能力評価の見える化が達成され、正確なエビデンスに基づいて自身のキャリアとスキルセットをアピールできるようになることが期待できます。
この例は、生涯にわたる、すべての「学習体験」を、学習者を主体として管理する仕組みです。現在、多くの高等教育機関は正反対のアプローチを採っています。講座を主体として個々の学習者をひも付け、成績管理をする仕組みです。このやり方は「管理」するためには効率的かもしれませんが、情報の中心を学習者に置き換えるだけで、システムの作り方やデータモデル、そしてその世界観は大きく変わってきます。
収益性という面でも、この仕組みは有用です。日本では一部の大学のみに見られる傾向ですが、米国の高等教育機関は卒業生から寄付金を集める活動に積極的です。在学時から優れた学習体験を提供し、卒業後もつながり続けることで、寄付収益にも期待できると考えているからです。
社会課題に対応できるスキルを教育として提供
高等教育機関には研究機関としての顔があり、それは今後も大切です。ただ、学習者の視点から見た高等教育機関に求める役割は、次々と生み出される技術やサービスに対し、最新の情報や知見を得られる教育を提供してもらうこと。そして、自己研鑽のための学習機会を提供してくれることでしょう。
そのためにも、学習者を中心に置き、生涯学習を支えていくプラットフォームは優れた改革手段になるはずです。高等教育機関は、国内だけでなく、グローバルな競争にさらされています。これからは、学習者中心の教育・研究環境を整え、学習者が社会の発展に寄与する人材へと成長すべく切磋琢磨する環境を提供しなければなりません。そして、学習者を中心に置く世界観を体得した教育機関は、社会課題に対応できるスキルを教育として提供するという目的を果たそうとします。優れたプラットフォームにより、すべての学習者が生涯学習のサイクルを自然な形で生活に取り入れることで、社会がより良いものになることを期待しています。
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