民間有識者グループ「人口戦略会議」は、約40%の自治体で2050年までに若年女性(20-30代の女性)が半数以下になるなど、若者層を中心とした地域の人口減少が深刻化すると発表しています。
岩手県でも人口減少対策は急務で、産官学金が手を携え就職にともなう流出抑制などに力を注いでいます。そんな中、地域創成に力を注ぐ Salesforceが中心となって2024年にこの地域で初めて開催した「地域共創ワークショップ in 岩手」では、地域特有の課題を深掘りした上で解決に向けたアイデアを取りまとめました。
その内容と地域社会の未来について、岩手県の企業連携アドバイザー 内本利恵子氏、岩手大学のダイバーシティ推進室特任研究員 佐藤淑恵氏、株式会社 ヘラルボニーの田村渓一郎氏、そして主催したセールスフォース・ジャパンのソリューション統括本部 ビジネス&ソリューションデザイン本部ストラテジック・アドバイザー河邉大輔が集まり座談会を開催。地域創成に必要なことを赤裸々に語り合いました。

公共機関向けSalesforce実践事例集
Salesforceを活用することで、どのように利用者に寄り添ったサービスと業務の生産性向上を両立することができるのか、具体的なユースケースを交えてご紹介します。

目次
「社会減」という長期的課題
──まず岩手県の地域課題について教えてください。
内本 日本各地で地域活性化が至上命題の中、岩手県でも人口減少が喫緊の課題。特に転出数が転入数を上回ることで人口が減少する「社会減」を重く受け止めています。若者や女性が、大学進学や就職を機に仙台や東京に移住することが大きな要因の一つとなっています。
その背景として、県外に出た学生のアンケートにある「閉塞感」という言葉がキーかなと思っています。岩手の人は真面目で我慢強いと言われたりしますが、それが長短両面に出ているのかもしれません。

岩手県 企業連携アドバイザー
──「人口戦略会議」は、2050年までに約40%の自治体で若年女性が半減するという驚くべき予測を示しました。佐藤さんは、岩手大学で女性のキャリア形成支援リカレントプログラムの実務を担う中で、どのような課題意識をお持ちでしょうか。
佐藤 岩手の女性の特徴として、「奥ゆかしい」「控えめ」「真面目」といった言葉が思い浮かびます。都会と比べると、「男性はこうあるべき、女性はこうあるべき」という古い固定観念が根強く残っている部分があり、それに多少の窮屈さを感じている女性も少なくないでしょう。
私が担当するリカレントプログラムは、地域で働く女性を対象に、所属する企業・団体でのキャリアアップに焦点を当てているのですが、まだまだ女性が実績を積み上げて管理職になることは多くありません。自分の力を試せる環境が乏しいことが、県外への流出の大きな原因になっていると感じます。

岩手大学 ダイバーシティ推進室特任研究員
内本 岩手県は、社会減対策の一つに「アンコンシャス・バイアスの解消とともに、若者、女性、高齢者、外国人など性別や年齢、出身地関係なく働く意欲のある人が、自己実現や多様な働き方ができる職場環境の整備」を掲げて取り組みを進めています。
大谷翔平くんやヘラルボニーさんを始めとして世界で活躍する県人が増えている中、県外に出て挑戦することをとめることは現実的てばありません。県としても、無理やり岩手県に押しとどめるではなく、一人ひとりの挑戦を後押しし自由な選択を応援し選んでもらう。
一度は外に出ても岩手のことを心に留めながら、戻ってきてもこなくても、もちろん戻ってきてくれればうれしいですが、岩手が好きな人を増やそう、エンゲージメントを高めようという施策に取り組み始めています。
岩手から世界へ羽ばたくスタートアップの胸の中
──地域社会において意欲的な若者や女性に選ばれるためには、魅力ある企業の誘致や起業の後押しが欠かせないと思います。盛岡市に本社があるヘラルボニーに対する岩手県の人からから寄せられる期待は大きいのではないでしょうか。
田村 ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに、障害のイメージ変容と福祉を起点に新たな文化の創出を目指すクリエイティブカンパニーです。障害のある作家が描く2,000点以上のアート作品をIPライセンスとして管理し、正当なロイヤリティを支払うことで持続可能なビジネスモデルを構築しています。
支援ではなく対等なビジネスパートナーとして、作家の意思を尊重しながらプロジェクトを進行し、正当なロイヤリティを支払う仕組みを構築。ファッションやステーショナリー、アートといったプロダクトを手がける自社ブランド事業と、企業やブランドと共創するコラボレーション事業を行っています。

株式会社ヘラルボニー 岩手事業部
岩手県との縁が深いのは、創業者でもある代表者が県内の金ケ崎町出身であることや、知的障害や精神の障害がある作者が創造した作品を多く展示する花巻市の「るんびにい美術館」を訪れたことが起業のきっかけだったことが関係しています。
近年は東京やパリの拠点を置いてはいますが、新しいことを始めるときにはまず岩手で何をするのかを考え、そして全世界での動きを考えていく。この点を絶対にぶらさないことが、代表者も含めた会社の意思なのです。
例えば弊社旗艦店の出店場所は、東京でもフランスでもなく岩手県を選びました。盛岡市で150年以上続く百貨店のカワトクに出店します。
このようにコラボレーションが事業の柱であり、地元岩手に根ざした活動に重きを置いている当社ですから、今回のワークショップへの協力に迷いは全くありませんでした。
有志の発案で始まった産官学金の連携
──ワークショップが立ち上がった経緯を教えてください。
河邉 内本さんと弊社の役員が、岩手県を盛り上げるため、ひいては地域社会活性化のために何かできないかを話していたのが発端でした。本格的に議論を始めたのは、2024年の5月頃だったと思います。
私は、Salesforceで地域DXのご支援を中心に、全国各地の地域活性化プロジェクトを発案・推進している立場です。私は岩手県出身ではありませんが、都心生まれ、都心育ちではありません。出身地では同じように仕事を求めて出ていく人が多くて人口減少が続き、帰るたびにシャッターが閉まったままの商店街を見てすごく寂しくなるんです。
ビジネスとしてだけでなく、ライフワークとしても地域活性化に対する思いは強い。それもあって、岩手県さんでの取組みも二つ返事で「ぜひこのプロジェクトのリードをやらせてください」とお伝えしました。

株式会社セールスフォース・ジャパン
ソリューション統括本部 ビジネス&ソリューションデザイン本部ストラテジック・アドバイザー
内本 最初は少人数での開催を考えていたのですが、お声がけした人が興味をもってくださり、その方々伝いにどんどん仲間が増えていって。結果的に16の企業・団体から約50人に参加いただきました。
河邉 日程は2日間で、1日目はプレワークショップイベントとして、ヘラルボニーの代表者による講演や、岩手県の人口動向の説明などを行っていただきました。また、地酒を楽しみながら岩手の未来を語らう懇親会も設け、大いに盛り上がりました。
保守的、真面目といったイメージがあって、しかも業種・業界が異なる初対面の人がほとんどだったので、ワークショップが盛り上がるか心配だったんですが、ここで打ち解けその不安は全くの杞憂。みなさんのパワーに圧倒されました(笑)。
2日目はワークショップ。事前に各チームのリーダーのもとで準備を一緒にしっかりできていたので、みなさん前のめりに取り組めたと思います。

ワークショップのコンセプトは「“結”の精神で共創」
──ワークショップはどのような内容だったのでしょうか。
河邉 目的は「産官学金の多様なメンバーがそれぞれの知見や経験、想い、アイディアを持ち寄り議論することにより、『岩手県に残る人も、岩手県にやって来る人も、帰ってくる人 も、幸福になれる方策』を考える」としたうえで、「“結”の精神で共創」をコンセプトにしました。この“結”は3つあります。
- ペルソナ起点 ~ 人の想いと施策を“結ぶ”
特にフォーカスしたいペルソナ(人物像)に想いを馳せ、ペルソナの感情への対応や行動促進に向けた施策を検討 - バックキャスト思考 ~ 将来から現在を”結ぶ“
現状の制約や過去の前提に捉われず、将来のありたい姿から逆算して今何をすべきかを検討 - 産学官金協業 ~ 異業種の知恵を“結ぶ”
自組織だけでやることよりも、産学官金がそれぞれの強みを活かしながら連携することでできることを発想

座談会は、ワークショップを実施した場所と同じ、盛岡市内のイベントスペース「盛岡という星で BASE STATION」で行った
この目的とコンセプトを念頭に、6チームが用意されたペルソナに感じてほしいエンゲージメントを明確化し、悩みや阻害要因を解決する施策、実行計画を作成しました。
内本さんのチームのペルソナは「岩手出身で首都圏に就職したが両親の介護で地元に再就職したい40~50代」、テーマは「新たな職場環境で介護をしながら充実した生活が送れるか?」。
田村さんのチームのペルソナは「岩手で地域おこし協力隊として活動している30代男性」、テーマは「岩手に居続けて地域に貢献するやりがいがある仕事をしながら充実した生活が送れるか?」。
佐藤さんのチームのペルソナは「岩手県内の大学に在籍し岩手を含めた東北地方または首都圏での就職に迷っている20代女性」、テーマは「岩手で就職してスキルアップができキャリアの選択肢を広げられるか?」。先ほどから話に出ている課題のペルソナです。
解決に向けては、『帰っておいで/行っておいで岩手』と胸を張って言える仕組み・風土づくりを目指し、具体的には大人のリスキリング大学を整備し、風土も変える企業を誘致し、これらの近接や往復の実現が有効であるとのアイデアがまとまりました。


継続的な活動で「弱いネットワーク」を広げていきたい
──ワークショップを終えて、内本さんはどのような感想を持ちましたか。
内本 とにかく楽しかったですし、とても有意義でした。知らない者同士が集まって深掘りしていくときの熱量が何とも言えない高揚感があって。解決に向けたアイデアを考えるところで行き詰まるんですが、隣にいらっしゃる河邉さんがファシリテーターとしてちょうどよいタイミングでうまく視座を変えられるように促してくれたことで、今まで思いつかなかった解決策が出せたと思います。

佐藤 特に若い人が積極的に意見を出してくださって。冒頭に話したように、若者、女性の地域離れが大きな問題ですが、優秀で意欲的な若者は地域にも確実に存在する。こういう人たちがリーダーになってくれるなら未来が明るい。そう思える場になりました。
──一方で、実際に地域を変革するのは難しいと思います。普段の職場に持ち帰った後の展望を共有していただけますか。
河邉 継続し、そして横展開することだと思っています。例えば、今回私が得られたナレッジを他の自治体に展開し、そこで得たナレッジをまた岩手県にシェアすることによって、新たな気づきやヒントを与えられる。そんな役割を担い続けることができればと思っています。
内本 企業連携アドバイザーを委嘱された身として、今回いただいたネットワークはすごく大きなものです。企業と自治体や県内と県外の企業をつないでいきたい。特に県外企業の方々に、岩手は面白い、岩手を支援したいと思ってもらえるようにしたいな、と。
私は民間出身ですが県庁職員も経験してみて、これから先の人口減少の未来を考えると自治体だけでできることはどんどん少なくなっていくと思っています。発注者と受託者という枠を超えて企業のみなさんと知見を共有することで連携の種をまき続けていきたいですね。
佐藤 大学で提供するリカレントプログラムでも、自治体や団体が主催する女性活躍推進のセミナーでも、1回で終わってしまうことが多いものです。すると、そのときは満足して高揚して、よし頑張ろうと思う。けれども現実に返ると、変わらない環境の中で「どうせ頑張ったって……」となってしまう。
そうならないようにエンパワーするには、地域を盛り上げようとか、私の立場で言えば女性の活躍する場をもっとつくろうという同じ気持ちをもった人が集まり議論する場づくりを続けるしかないと思います。
こうしたワークショップを通じて得た人脈は、家族や友人、職場の仲間のような「強いネットワーク(人脈)」ではないかもしれません。都心の企業や団体のように幾多のイベントや会合があってすぐに人と人との距離を縮められるような、強いネットワークを構築できる環境でもないかもしれません。
ですが、同じ目線を持った人と2回3回と顔を合わせて話をすれば、決して強くないかもしれませんが、ネットワークは確実に生まれます。すぐに効果は見えないかもしれないけれど、モチベーションの維持や何か相談ごとがあるときの相手、一人でできない時の共創相手としてとても大切な人脈になると思うんです。
都心と違って、地域では無理だからとあきらめてはいけない。「緩やかな」という意味での弱いネットワークでも価値はある。今回のプロジェクトを通じてそう感じました。ですので、地域活性化とともに私は女性活躍という視点で、そのきっかけになるようなリカレントプログラムを継続していきたいと思います。

内本 そうですよね。社会学者のマーク・グラノヴェッターが、弱い関係性でのつながりが創造を生むことを指摘しています。弱いつながりは多彩な立場の情報が伝播しやすくなるという強みがあると思います。
そう思うと、今回の発端となったセールスフォースの役員の方と私の関係もまさに「弱い紐帯」というか長くてゆるいネットワークですね。
田村 ヘラルボニーの岩手のメンバーは、取引先ではなくても何となく顔を知っている人たちが多いんです。まさに弱いネットワークですよね。何かを「できない」と考えそうなとき、そのネットワークの関係性を生かして、「どうすればできるか」を考えていければと思います。
先ほど紹介した旗艦店「ISAI PARK」があるのは盛岡市の一等地ですから、ここに集うことで、新しいことが実を結ぶ確率を上げられるのではないかと期待しています。
また、地域に根ざした小さな商店との連帯も引き続き強めていきたいです。2023年に実施した「#岩手から異彩を」プロジェクトでは、ヘラルボニーの思いを伝えるためのアートポスターを掲示してくださるパートナーを岩手県内で募集したところ、1か月あまりで150以上のご応募をいただきました。
そして長期的なプロジェクトの結果として、おこがましいようですが、「岩手と言えば」と認識されるようなアイコンの一つになりたい。また、市民のみなさんにとってのアイデンティティとなれるような街づくりを図っていきたいと思っています。

河邉 先ほど申し上げたように、私は全国の地域を支援している立場上、情報と経験と人脈を持っており、私のかけがえのない財産です。各地域のみなさまでは気付けないことを、私が全国での支援経験を活かしてヒントをご提供し、それが各地域の活性化における何かしらのお手伝いになると信じています。
Salesforceのソリューションは、ヒトやモノ、情報を可視化してつなげることが強みという自負があります。今回のワークショップでも地域のさまざまなステークホルダーがそれぞれ活性化に向けた施策を行っているけれど、本当に困っている人から見ると実はつながっていなくて歯がゆい思いをしていることが参加者の実体験も踏まえて明らかになりました。

それはもったいないですよね。地域の人々が安心してつながる基盤、そしてそこから新たなアイデアや仕事、幸せが生まれる基盤を少しでも多くの地域で提供し、地域に貢献できることを目指しています。
今回の岩手県のプロジェクトも今回で終わらせずに何かお手伝いしていきたいと思いますし、この経験を各地域に共有できたらと思っています。それが私の使命だと思っています。

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執筆:加藤学宏
撮影:北山取材
編集:木村剛士