デジタル技術の急速な進化で、製造業界も変革の時代を迎えています。人は「ものづくり」が始まった時から、単に製品を提供するだけでなく、保守や修理などのサービスも提供してきました。ですが、時は流れ、今日のDXの波は、これらのサービスを根本から変える可能性を秘めています。
特にIoTやAI、ビッグデータなどの技術は、製品の保守サービスを予測的かつ効率的に進化させています。さらに、これらの技術は製品そのものの価値に加え、全く新しいサービスの創出をも可能にしています。
変革の中で製造業のサービスはどのように進化していくのでしょうか? 従来の保守サービスはどのように高度化され、製品を基盤とした革新的な新規サービスとはどのようなものでしょうか?
本記事では、製造業のサービスDXを最前線で支援する立場から、これらの疑問に回答。変化の波に乗り遅れることなく、むしろその先頭に立つための洞察と戦略を共有していきます。
製造メーカー向けサービス体験DXガイド
本ガイドは、顧客とビジネスパートナーが製造メーカーと付き合う中で得る「体験」を変革する方法について、製造業界のリーダー向けにご紹介いたします。
目次
サービス主導型ビジネスの定義と重要性とは?
「サービス主導型」という言葉を耳にする機会が増えていますが、これは現代のビジネスモデルにおいて重要な概念です。サービス主導型の定義と、それがどのようにしてビジネスに価値をもたらすのかについて詳説します。まずは、わかりやすい定義として「サービス経済化/サービス価値化」という概念から説明します。(一橋大学 延岡健太郎氏の論文から定義を借用)
サービス主導型ビジネスとは?
サービス主導型ビジネスとは、単に製品を販売するという観点を180度転換し、サービスを通じて顧客に継続的な価値を提供するモデルです。時に自社製品もそのサービスに組み込まれながら、長期的な関係を築くビジネスモデルとも言えます。
このモデルでは、顧客のニーズに応じた柔軟な対応やカスタマイズを行い、サービスを常に改善し続けることが求められます。特に、サブスクリプション型サービスや高度な保守サービスを含むケースが多く、製品そのものの価値をサービスによって高め、顧客満足度とリテンション(継続利用)を向上させることを目指します。
サービス経済化とサービス価値化の違い
サービス経済化とは、企業が製品販売モデルから、製品を利用したサービス提供モデルへとシフトすることを指します。
例えば、日本ではトヨタ自動車が提供する「KINTO」というサービスがあります。これは、従来の車両販売モデルではなく、車をサブスクリプション形式で提供するサービスです。
ユーザーは、車の購入や維持・管理に伴う煩雑な手続きやコストを削減し、月額料金で新車を手軽に利用できる点が特徴です。このように、製品自体を利用したサービスの提供を通じて、企業は顧客との関係を長期的に維持し、安定した収益を得ることができます。
一方、サービス価値化とは、製品そのものが持つ機能や特徴が、顧客にとっての価値を高め、サービスとして感じられるようになることを意味します。
例えば、シャープの「ヘルシオオーブンレンジ」は、単に食品を温めるだけでなく、蒸し調理やノンフライ調理といった多彩な調理機能を提供します。これにより、ユーザーは簡単に健康的な食事を準備でき、その結果として「食生活の質を高める」というサービス価値を感じることができます。
あるいは、タイピングしやすいキーボードを備えたパソコンでは、単純に文字を入力するだけでなく、リズミカルにタイピングができ、より快適にアイデアを形にすることができるため、それが「創造性を刺激する」というサービス価値として感じられます。
サービス主導型ビジネスが必要な背景
サービス主導型ビジネスが注目を集める背景には、いくつかの要因があります。これらの要因は、市場や消費者の変化、技術革新、そして企業の収益モデルに対する変化圧力に由来しています。ここでは3つの主因をご紹介します。
市場と消費者の変化
現代の市場と消費者行動は大きく変化しています。定性的な観点から見ると、消費者はかつてのように単純な製品やサービスを求めるだけではなく、細分化された消費者のニーズに合わせて、よりパーソナライズされた体験や価値を求めています。これは情報技術の発展によって、個々のニーズに応える多様な方法を容易に手に入るようになったことが大きな要因です。
細分化されたニーズに対して対応した一つの事例を紹介します。近年ファッション業界では、消費者は従来の大量生産された製品ではなく、近年の環境問題に敏感になった消費者層がサステナビリティを重視したエシカルファッションを求める流れができつつあります。
サステナブルフットウェアブランドのONは、環境への配慮を重視しつつ、消費者に新たな価値を提供するため、ユニークなサブスクリプションモデルを展開しています。このモデルは「Cyclon(サイクロン)」と呼ばれ、完全にリサイクル可能なランニングシューズをサブスクリプション形式で提供するものです。
このサービスでは、消費者は月額料金を支払い、特別にデザインされたサステナブルなシューズを定期的に受け取ります。
使用後のシューズは回収され、新しいシューズと交換される仕組みで、回収されたシューズは完全にリサイクルされ、新たな製品として生まれ変わります。これにより、顧客は常に最新のシューズを利用できるだけでなく、環境への負荷を最小限に抑えることができます。
このモデルは、消費者が製品を所有するのではなく、サービスとして利用することにより、リサイクルを促進し、持続可能な未来を実現する一環として展開されています。
また、ONは顧客のフィードバックを基にシューズを改良し続けており、サブスクリプションモデルが新たな製品開発のサイクルを支えています。これにより、消費者は環境に優しい選択をしながら、高性能なフットウェアを利用し続けることが可能となっています。
このサステナビリティへの関心の高まりに加え、テクノロジーの進化により、消費者は自身のライフスタイルや価値観に合った商品やサービスを簡単に比較・選択できるようになりました。
私はこれが逆説的に消費者ニーズの多様化が進んでいる要因の一つともみています。結果として企業は意図せずとも、より個別化されたサービスの提供を求められる状況とも言えるのではないでしょうか。
技術革新による参入障壁の低下
技術革新も大きな影響を与えています。AIやIoT、先進的なハードウェアデバイスの普及で、メーカーやベンダーのビジネスの参入障壁が下がりました。これまでなら大規模な設備投資が必要だった業界でも、より少ない資本で新規参入が可能になり、競争が激化しています。
また、こうした技術の進化に伴ってサービタイゼーションに取り組みを始めることへのハードルが下がり、社内起業家やベンチャー企業が少しずつ市場に登場し始めており、新たな市場の形成を後押ししています。
また、製造業におけるオープンイノベーションの取り組みが浸透してきているのも関係性があると言えそうです。
ここでオープンイノベーションを強く推進している企業の村田製作所の「こえか」というサービスを紹介します。電子部品の製造を強みとする企業ですが、これまでになかった新しい「安全ブザー」を開発し、サービスとして提供しています。
「こえか」が従来の安全ブザーとは異なる点は、特定の危険地点で子どもに自動で音声による注意喚起を行う次世代型の交通安全ブザーであるということです。保護者がアプリで危険箇所を登録し、子どもがその地点に近づくと、ブザーから「左右を確認してから渡ってね」といった声かけが流れ、交通事故を防ぐサポートをします。
従来品に比べ、ユーザである子供が自発的に警告音を出すのではなく、ユーザに対して具体的なアクションを促す点が従来の製品と全く異なっています。
製造業における生成AIの活用と課題
世の中を席巻している生成AI。製造業ではどのような使われ方が期待されているのでしょうか。現場への意識調査を行い、そのリアルな期待と課題をまとめました。
企業の収益モデルへの変化圧力
最後に、企業は収益モデルの変化に対する圧力を強く感じています。従来のビジネスモデルでは、製品の販売から得られる一度限りの収益が中心でしたが、競争の激化と市場の成熟化により、持続的な成長が困難になっています。
そのため、企業はサブスクリプションや継続的なサービス提供といった、新たな収益モデルの構築を迫られています。
特にサブスクリプションモデルは、顧客との長期的な関係を築くための強力な手段となっています。
このモデルでは、定期的に収入を得られるだけでなく、顧客のニーズを継続的に把握し、サービスを進化させることが重要な成功要因となるため、顧客との関係性の向上させ、サービスの価値を向上させるという組織文化を自社に(半ば強制的に)植え付けることができる点も優れています。
例えば、音楽ストリーミングサービスやAIを活用したオンライン教育プラットフォームは、顧客のフィードバックをもとにサービス内容を改善し、新しい機能を追加しています。
サブスクリプションモデルは、ビジネスの持続可能な成長を支える重要な基盤となっているだけでなく、サービスを継続的に進化させ、顧客満足度を高める役割も同時に担っているといえます。
今回はサービス主導型のビジネスとは何か、および何故それが必要になっているのかについてご紹介しました。次回ではその際組織は何が課題になるのかについてご紹介して参ります(中編に続く)。