前編では、サービス主導型ビジネスの重要性と、その背景にある市場や消費者の変化を解説しました。製造業が「サービタイゼーション」によって新たな価値を提供し、競争優位を維持するためには、顧客との長期的な関係構築が必要不可欠です。
そのためには、常にサービスの改善と進化が求められます。
中編では、サービス主導型企業になるため、組織が直面する課題と対策、サービタイゼーションで成功し続けるために必要な3つの要素、「設計」「実行」「収益化」に焦点を当て、その具体的な実践方法を解説します。
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製造メーカー向けサービス体験DXガイド
本ガイドは、顧客とビジネスパートナーが製造メーカーと付き合う中で得る「体験」を変革する方法について、製造業界のリーダー向けにご紹介いたします。
目次
ビジネスモデル変革で直面する3つ課題と対策
企業が従来の製品販売のビジネスモデルから、サービス主導型ビジネスへ移行する際、さまざまな課題に直面します。企業は本当の意味で「サービス志向型組織」に移行する必要があるのです。それでは、そのサービス志向型組織とは一体何か?まずはそこから解説します。
サービス志向型組織とは?
サービス志向型組織とは、製品の販売に重点を置く従来の組織とは異なり、顧客に対する継続的な価値を提供することを主眼に設計した組織のことです。具体的には、顧客のニーズを迅速かつ柔軟に把握し、それに基づいてサービスを開発・改善していくことで顧客に価値を提供し続けられる企業を指します。
このような組織では、製品を売って終わりではなく、顧客との長期的な関係を築くことが重視されます。サービス志向型組織は、カスタマーサクセスやサポート、データ分析、プロダクト開発などの機能が密接に連携し、顧客体験を向上させるために動きます。これにより、顧客がサービスを利用するたびにそのフィードバックを生かし新たな価値を感じられるようになるのです。
たとえば、SaaS(Software as a Service)企業では、単にソフトウェアを提供するだけでなく、顧客がそのソフトウェアを最大限に活用できるよう支援するカスタマーサポートチームや、継続的に製品を改善・更新する開発チームが一体となって顧客の成功を支える仕組みが整っています。
また、サービス志向型組織では、部門横断的な取り組みが必要不可欠ですから、迅速かつ効果的なコミュニケーションが成功のカギとなります。特に、リモートワークや複数のチームが協力してサービスを提供する場合、円滑な情報共有が不可欠です。ここで、Slackのようなコラボレーションツールは非常に有効に機能します。
ただのコミュニケーションツールとSlackの違いとは?
3名の先駆者たちが本音で Slack の魅力と課題を座談会形式で語ります。
● 元・日本マイクロソフト 澤氏
● 元・オイシックス・ラ・大地 大木氏
● ベルシステム24 川崎氏
課題1:“ものづくり組織”の壁
では、次に課題をみていきましょう。
従来の製造業は、バリューチェーンに基づいた組織設計が一般的です。製品の設計、製造、販売というプロセスが明確に分かれ、それぞれの部門が特化した役割を担っています。
しかし、サービス志向型の組織では、顧客との関係を継続的に維持し、付加価値を提供することが重要です。そのため、部門間の壁を取り払い、より柔軟で顧客中心の組織設計が求められます。
製品中心の伝統的なバリューチェーン型組織では、顧客接点があまりに狭く(大抵は営業のみ)、何がお客様の価値になり得るのかを従業員全員が共通して持つことは困難です。サービス志向型組織ではまず根本からその考え方を変えていく必要があります。
対策: サービス提供のプロセス全体を理解し、それを軸にしたクロスファンクショナルチームを形成することが有効です。従来の組織から離れ、専門チームを作ることが適しているでしょう。外部からの採用やオープンイノベーションによるチーム組成も有効です。
また、文化が異なるチームが組織内に存在することになるので、オフィスを物理的に距離を離したり、場合によっては会社自体を分けるという方法も有効です。
課題2:異なるビジネス構造の理解
製品販売のビジネスモデルとサービス主導型ビジネスモデルでは、収益構造やコストの考え方が大きく異なります。
製品ビジネスでは、一度の販売で収益が得られるのに対し、サービス主導型ビジネスモデルでは継続的な収益が重要となります。これにより、会計処理や財務計画で新たな対応が必要になります。
対策: サービス主導型ビジネスモデルでは、一時的には製品販売の売上に比べ、売上という観点では目減りしてしまうことがあり、組織的な抵抗感は大きいです。これを克服するためには、サービスビジネス特有の収益認識方法を導入し、長期的なキャッシュフローの管理を強化することが求められます。
また、コスト構造の再評価も行い、サービス提供にかかる変動費と固定費のバランスを適切に管理する必要があります。チームの評価もこちらの会計指標に合わせて調整する必要があります。
課題3:既存ビジネスとのカニバリゼーション回避と共存
新しいビジネスモデルを導入する際、既存ビジネスとの間でカニバリゼーション(市場の食い合い)のリスクが生じます。新しいサービスを開発した際に、作為/不作為に関わらずカニバリゼーションが起こり、従来の製品販売が新たなサービスモデルによって減少する可能性があるのです。
対策: 新たなビジネスモデルと既存製品ビジネスを明確に区別し、ターゲット市場や顧客層を差別化、もしくは棲み分けることが重要です。
さらに、既存製品と新サービスの間で相乗効果を生み出す戦略を設計し、両者が共存できる環境を整えることが求められます。具体的には新サービスの顧客が最終的には既存製品の購買客に変わる、サービスとして提供した製品は利用後に中古品として新しい市場に流通し、複数回収益計上の可能性がある、などです。
なお、筆者が関わってきたサービタイゼーション戦略企業は、「他者に市場を取られるくらいなら、自分からカニバリを起こしてでも市場を獲得する」という考え方の経営者も見てきました。自社で取り組むことで、新市場/技術に関するナレッジも組織に蓄積しますので、既存市場側としては「どのようにシェアを守るか」という対策が立てやすいという利点もあります。
進化し続けるサービス戦略のため3つのカギ
1. 設計 : 顧客を引き込み、寄り添う
これまで課題と対策について言及してきましたが、ここからは成功のための3つの要素を解説していきます。
サービス主導型ビジネスが成功するための第一歩は、サービス設計段階でどのような顧客に対して価値を提供し、その価値をどう実現するかを明確にすることです。
すべての顧客に一律のサービスを提供するのではなく、自社サービスはどの顧客に最も大きな価値を提供できるのか。それを慎重に選定することが重要です。
製品ビジネスとの大きな違いとして、サービスビジネスはその提供の場において、顧客との「共同作業」によって初めて本来のサービス価値が実現されます。そのために、顧客側がなすべきタスクを滞りなく実施できるよう、訓練を施すことが大切です。
例えば、SaaS企業では、オンボーディングプロセスで顧客に対してツールの使用方法を丁寧に教え、効果的に利用できるようにサポートします。こうしたプロセスを通じて、顧客はサービスの価値をより深く理解し、自分自身のビジネスでその価値を引き出せるようになります。
さらに、顧客が参画しづらいと感じてしまうような難しい顧客体験を避け、無理なく、できれば顧客がそれを楽しめるプロセスを設計することが重要です。
顧客にとって、サービス利用が複雑で煩わしいものであれば、いくら価値があってもその魅力は半減します。逆に、シンプルで直感的なユーザー体験を提供し、参加すること自体が楽しくなるような設計を目指すことが理想です。
たとえば、ゲーミフィケーションやインタラクティブなインターフェースを活用して、顧客が能動的にサービスに関わりたくなる仕組みを作り出すことが、顧客とのエンゲージメントを高める要因となります。
以上のように、サービス設計段階では、顧客を選別し、しっかりとした訓練を行い、体験そのものを楽しくすることで、顧客との信頼関係を築き、長期的な価値提供を実現することが可能です。
カスタマーサービス最新事情
カスタマーサービスは変革期にあり、高いサービスレベルと効率性を両立するためにAIや自動化が重要です。全世界の5,500人以上のカスタマーサービスプロフェッショナルから得られたトレンドを基に、次の成長に向けたアクションを紹介します。
2. 実行 : 期待値のマネジメント
サービス提供の現場では、顧客の期待値をマネジメントすることが成功を左右します。
顧客ごとに異なる要望や特別な対応を求められることが多くあります。特に、長期的な取引がある顧客や、サービスを受ける部門ごとに事情が異なる場合、個別対応を行うことでより大きな利益を得られることもあります。
そのため、期待値のマネジメントと個別対応のバランスを取ることが、サービス主導型ビジネスの実行フェーズにおいて特に重要です。
では、どのように顧客の期待値をマネジメントすればよいでしょうか。まずは顧客が何を求めているかを正確に把握し、それに対して現実的な範囲内で応えることが基本となります。
サービス提供前の段階で明確なコミュニケーション(できれば書面が望ましい)を行い、顧客の期待と実際の提供内容をすり合わせることが、トラブルを防ぐためのポイントです。
特に、初期段階で過剰な期待を抱かせないようにすることが重要です(期待してもらえないとサービスの購買まで至らないというトレードオフもありますが)。
その一方で、顧客が求める追加の要望やカスタマイズにどの程度対応できるかについても、柔軟な姿勢が求められる場面が多いのが実際ではないでしょうか。
例えば、大口取引をしている顧客や、重要な部門でサービスを受けている顧客に対しては、個別対応を行うことで短期的な利益だけでなく、長期的な関係強化につながるケースがあります。
ただ、こうした個別対応の要望は、サービス実行現場において頻繁に発生するため、現場がその都度対応を判断しなければならない場面が増え、業務的・心理的負担が増えてしまいます。
企業としてこのとき重要になる点は、現場での即時の判断をサポートする仕組みを整えることです。現場任せで対応してしまうと、結果的に企業全体では一貫性のないサービス提供になり、顧客体験の質がばらついてしまうリスクを孕みます。
そのため、企業としてどのような条件下で個別対応を行うのか、またどの程度の柔軟性を許容するのかを予めガイドラインとして設定することが不可欠です。例えば、顧客ごとの取引状況や重要度に応じて、個別対応の可否を判断する仕組みをデジタルツールで管理し、現場の従業員に対して指示できる形に変更するなどです。
ただ、組織的な事情で過去の事情がわかる従業員が現場にいない可能性もあります。各部門や担当者が共通の情報に基づいて判断を下せるように、適切な情報共有とコミュニケーションを円滑にする体制を整えることが重要になります。
3. 収益化 : 改善の仕組みとエコシステム
サービス主導型ビジネスにおける収益化は、サービスを正しく実行することだけではなく、改善と成長のサイクルを構築することによって初めて成功します。すなわち、現場に落ちている収益化・改善の「種」を拾い上げ、それを次の成長機会に変えるための仕組み化が非常に重要になるのです。
まず、サービスの現場では、しばしば「サービスを忠実に実行する」ことだけに意識が向かいがちです。しかし、実際の現場で重要なのは、顧客の声を拾い上げる仕組みを業務に組み込むことです。
顧客が直接、サービスに対してフィードバックを提供したり、潜在的なニーズを垣間見ることができる場面は、収益を生む大きなチャンスです。これを逃さないためにも、現場のスタッフやカスタマーサポートチームが「声を拾う」ことが業務の一環であると認識し、実行できる体制を整える必要があります。
特にサービスの現場は、営業の現場とは異なる部門から有益な情報を得られる重要なチャネルです。
たとえば、日常的にコンタクトのない顧客のIT部門や製造部門から、製品やサービスに対する新しいニーズや課題が見つかることもあります。これらの情報には、サービスの改善や新製品開発の種が多く含まれているため、これらを体系的に収集・分析し、サービス向上や新しい収益機会に結びつける仕組みを導入することが必要です。
次に、収益化にはサービスそのものの改善だけでなく、サービス提供に含まれる製品の改善や、さらには新規製品の開発・市場投入も含まれます。
顧客との対話を通じて、サービス提供の過程で発見された製品の改善点や新しいニーズは、新規製品開発や付加価値を高めるチャンスに直結します。
たとえば、ある製品の保守サービスを提供する中で、顧客から「こういった機能があれば便利」といったフィードバックがあったり、IoTなどの技術を用いて定量的なデータを分析することで新しい製品や機能の開発のヒントになります。
また、自社製品の改善や新規開発に加え、パートナーとのエコシステムも顧客に対する価値提供の幅を広げ、収益化を拡大する強力な手段となりえます。自社のサービスを顧客にとってより価値あるものにするためには、パートナー企業とのシームレスな連携が重要です。
たとえば、あるサービスが他社の製品やサービスと連携して利用できる場合、顧客はより豊富な選択肢と統合された体験を享受でき、より高い満足度を得ることができます。このように、エコシステムを構築することで、自社サービス単体では提供できない新しい価値を顧客に提供し、パートナーと共存共栄する仕組みを作り上げることが可能になります。
この例として、手前味噌になりますが、Salesforceのプラットフォーム「AppExchange」を紹介します。AppExchangeは数多くのサードパーティアプリケーションと統合され、企業が必要とするあらゆる業務を1つのシステムで管理できる仕組みを提供しています。
これにより、顧客は他のシステムやツールを追加で導入する必要がなく、スムーズなビジネス運営を実現しています。このようなエコシステム化は、自社のサービスを中心に新しい価値を提供し続けるために不可欠です。
いかに顧客の声を拾い上げ、改善に繋げていくか。場合によっては他社やパートナーと力を合わせることで、自社だけでは到底実現できなかったような顧客価値を実現させる可能性を開くことができるのです。
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