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セールス・イネーブルメント第一人者、語る。生き残るための営業戦略のカギ、「アカウントプラン」とは何か

AIが急速に進化すると営業はどう変わるのか。セールス・イネーブルメントの第一人者であるXpotentialの山下貴宏代表取締役社長兼CEOに、営業の付加価値を高める方法を聞きました。

営業人材を戦略的に育成し、会社全体の生産性を向上させるセールス・イネーブルメント。日本でも徐々に定着し、強化する企業も増えてきました。その中でも、重点顧客との関係性を深め、取引額を上げる戦略「アカウントプラン」に注目が集まっています。

かつてSalesforceに籍を置いていたものの、セールス・イネーブルメントの可能性に駆られ、起業を決意。現在は、Xpotential 代表取締役社兼CEOを務める山下貴宏氏に、営業を取り巻く環境の変化や、アカウントプラン作成の具体的方法を伺いました。 

生成AIの普及で「営業の高付加価値化」は待ったなし

──いきなり本題から逸れるのですが、山下さんは以前、Salesforceに籍を置いていましたが、なぜ辞めたんですか(笑)

山下:私がSalesforceに在籍していたのは、2012年から2019年の夏までで、その間の2015年頃にデータを活用して営業のパフォーマンスを上げるセールス・イネーブルメントというマーケットが米国で立ち上がり、「これは面白い。日本にも来る」と直感したんです。 

日本の生産性の低さは、もう何年も前から言われ続けていますよね。全職種の中でその比率が多い営業担当者の生産性を上げることができれば、多くの人がハッピーになるし、日本経済や社会全体に与えるインパクトも大きい。

その当時、日本ではセールス・イネーブルメントの専門家が決して多くはありませんでした。それであれば自分が挑戦したいと思い、起業しようなんて毛頭思っていなかったのですが、その思いに背中を押され、自分の力を試してみようとXpotentialの前身にあたるR-Square & Companyを起業しました(2024年1月に現社名に変更)。 決して、Salesforceが嫌で辞めたわけではありませんよ(笑)。

山下貴宏 Takahiro Yamashita 
株式会社Xpotential 代表取締役社長 兼 CEO 

法政大学卒業。日本ヒューレット・パッカード株式会社、株式会社船井総合研究所、マーサー・ジャパン株式会社、株式会社セールスフォース・ドットコム Sales Enablement本部長を経て、2019年株式会社R-Square & Companyを共同創業、代表取締役CEOに就任。2024年1月、株式会社トキハナツと経営統合し社名を変更後、現職。

──嫌気がさしたわけではないんですね(笑)。この分野に着眼するタイミングが早く、書籍『セールス・イネーブルメント 世界最先端の営業組織の作り方』もヒット。今ではこの分野の第一人者となった山下さんは、近年の営業を取り巻くトレンドや、企業が抱える課題をどのように分析していますか。 

いわずもがな、ビジネス全体に言えますが、2024年は生成AIの普及が大きなトピックでしたよね。その背景には、やはり「労働生産性の低さ」があります。 労働人口の減少という「人的リソースが不足している、不足する」という課題と、AIによる「業務の自動化・効率化」が現実味を帯び始めたことが合致。それが、注目された大きな理由でしょう。

注目されたことによって、「営業の役割とは何か」という本質的な議論も活発になったのも2024年。単純作業が生成AIに取って代わられると人の価値は何か、営業の高付加価値化とは何か。この問いから目を背けるわけにはいかなくなってきたともいえます。

──セールス分野での生成AIの活用は、この1年でどのように進展したのでしょうか。 

企業の規模で見ると、中小企業はヒト・モノ・カネ不足という慢性的課題を解決できず、短期的な商談づくりに手一杯。言葉を選ばずに言えば、「AIを学ぶよりもまずお客様に会いに行け」。AIを含んだテクノロジーの活用まで営業を効率化しようという中期の目線に立てずにいます。

メディアではAIがどんどん企業に浸透している印象を受けますが、中小企業の実態を見るとAIを「全社的に」活用している企業は少なく、使っているとしても個人任せです。 

一方、大企業は中小企業よりも進んでいて、組織的に活用を推進しています。ワーキンググループを立ち上げて活用方法を検討したり、PoC(Proof of Concept:概念実証)を実施したりするケースも増えてきました。

とはいえ、活用範囲は限定的。議事録の作成や顧客企業のリサーチ効率化、資料のアウトライン作成など個人の業務レベルにとどまっています。局所的な使い方が多く、セールス部門の業務プロセスを大幅に改革するようなプロジェクトはまだ少ない印象です。 

──AIは営業にとってどのような存在になっていくのでしょうか。 

今は業務の一部で使う程度だと思いますが、今後は「営業のバーチャルパートナー」となり、業務の大部分をサポートするようになるでしょう。

それこそ、Salesforceが提唱しているAIエージェントAgentforce(エージェントフォース)」のように。 そうなると、営業担当者だけでなく、マネージャーの役割も変化していくはずです。AIは最終的な意思決定ができないため、マネージャーには組織の意思決定や顧客との関係構築などの力がより一層求められるようになると思います。 

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重点アカウントを攻略できる人材が必要な時代に

──AIはホットトピックですが、さまざまな企業に対してセールスのコンサルティングを行っている中で最近はどのような相談が多いですか。 

「売り方をどう変えるか。あるべき売り方をどう浸透させるか」です。 

背景には、企業がAIなどの新しいテクノロジーを取り入れた製品・サービスを開発する中で、営業部門がその価値を十分に提案できていないという課題があります。従来の主力製品に依存した「引き合い対応型の営業スタイル」が主流になっていて、新たなソリューションを大きく仕掛ける売り方が実践できていません。 

幅広い最新ソリューションを組み合わせてプロアクティブに「こういう形で業務を変えていきましょう」「このようにビジネスモデルを変革できます」といった提案をできる人材が不足しているのです。

例えば、ITネットワークサービスを提供している営業は、既存のネットワーク利用料で売上を上げることができます。  ユーザー数が増えれば売り上げも上がります。顧客と良好な関係を作りユーザー追加のオーダーをもらえれば一定の売り上げが上がります。

しかし、競合企業もたくさんいて、顧客は選択肢を多く持っています。価格でリプレイスされる恐れもある。ユーザー数が大きく増えるとも限りません。「引き合いを待っている」スタンスでは売り上げが大きく伸びることはないのです。

営業は、積極的にネットワーク以外の製品・サービスも付加して提案する必要がでてきます。自社にソリューションがなければ、他社から仕入れる必要もあるでしょう。ネットワークに加えて、例えばSaaS製品も合わせて業務改革を提案する。

顧客の社内業務にとどまらず、顧客のその先の顧客に向けたマーケティング提案も仕掛けて、業務コストの削減だけでなく、売り上げアップにつながる提案を営業部門向けに進める。このようにして、一社あたりの取引金額を上げる動きが求められます。

しかし、外部環境の変化に合わせて、企業がすぐに営業の動きを変えることは困難です。トレーニングをしたからといってすぐに成果が出るものではなく、中長期な視点で営業の仕組みをつくり、アカウントプランを策定することが必要です。それを当社ではご支援しており、ご相談も多いです。

iStock/Olena Opishanska

──アカウントプランについて具体的に教えてください。 

アカウントプランは、重点顧客に対して中長期で取引金額をどう上げていくかを定める顧客攻略の戦略です。

アカウントプランは、基本的に既存顧客を対象にしています。なぜなら、中長期的な取引拡大を計画するには、顧客の投資判断の理由や投資金額、誰が推進役を担うのかといった企業内部の情報を把握している必要があるためです。 

新規顧客の場合はこれらの情報が不足しているため、アカウントプランの取り組みを進めても、最終的な活動計画は「顧客にニーズのヒアリングをしましょう」に終始してしまう可能性が高くなります。それは営業として当然のことであり、アカウントプランニングとは言えません。 

──アカウントプランへの関心が高まっている背景には、どのような理由があるのでしょうか。 

既存の売り方で売上を伸ばせるなら、アカウントプランは必要ありませんよね。しかし、ビジネス環境、社会情勢が目まぐるしく変わり、お客様の要望も多岐にわたりそして複雑化しています。

「御用聞き営業」ではどの業種・業界でも限界です。会社として顧客1社当たりの売り上げを上げていきたいのであれば、売り方を変えなければならない。一方で、営業のスキルは属人性が高く、現場では具体的な方法がわからないというジレンマがある。 

そこで、アカウントプランという枠組みを使って、顧客1社当たりの売り上げを増やすための具体的な戦略を立てる必要性が高まっているのです。 

「アカウントプラン」を成功に導く4ステップ 

──アカウントプランを効果的に進めるためのステップを教えてください。 

複雑なことをする必要はありません。大きくわけて「重点顧客の選定」「フレームワークの設定」「提案力の強化」「SFAで管理する体制の構築」の4つのステップがあります。 

ステップ1は、アカウントプランを立てる「重点顧客の選定」、自社にとって重要な顧客を定めること。その数は多すぎると対応できないので、企業規模にもよりますが最初は1〜3社が妥当です。ここでターゲットを間違えると、どれだけ努力しても成果は出ません。 

選定の基準は大きく2つ。1つは事業の成長率が高く、投資意欲があること。もう1つは、顧客企業における自社製品・サービスのシェアです。成長している顧客の中で、取引拡大の余地が大きい企業を選定します。 

選定後は、ステップ2「フレームワークの設定」。アカウントプランの枠組みを共通言語化します。 アカウントプランは1回つくって終わりではなく、PDCAサイクルを回していかなければなりませんので、顧客ごとに異なるフレームワークを用いると整合性がとれず、評価が難しくなります。 

フレームワークをつくるにあたって考えるポイントは3つ。1つ目は「顧客の重点課題をしっかりと整理する」。2つ目は「キーパーソンの把握」。3つ目は「自社の複数あるソリューションを広げていく順番」です。

CRMデータを最大限活用した「アカウントプラン」作成の現場に迫る

CRMに組み込まれた「アカウントプラン」を活用し、精度の高い計画を策定。チームで顧客関係を強化し、収益最大化を目指します。

──先ほどの概要を聞くと、2まででプランの作成は終わり、3と4が具体的な行動と管理体制のお話のように感じます。

おっしゃる通りで、ターゲットを絞って計画を立てた後は、それをしっかりと実務に落とし込むことが大切です。 ステップ3では、アカウントプランで描いた理想の姿を商談に落とし込むための「提案力の強化」を行います。 

大事なのは、どんな提案を持っていくか。そのために必要なのが、「ビジョンセリング」のスキルです。アカウントプランを成功させるためには顧客が中長期でどのような状態を目指すのか、そのイメージを顧客に示す能力が求められます。 これは個別の商談とは異なるスキルセットであり、多くの企業で足りていない部分です。 

最後がステップ4。アカウントプランを「SFAで管理する体制の構築」です。エクセルやパワーポイントで管理してしまうケースがまだまだ多い。これでは履歴の追跡やデータの分析が難しく運用が回りません。エクセルやパワーポイントの利用は最小限に抑え、CRM/SFAにデータを集約して管理するのが最適です。 

Salesforceの取材だからというわけではありませんが(笑)、やはり世界シェアNo.1の実績があり、私も在籍していたのでよくわかりますが、Salesforceのソリューションは非常に有効です。事実、私たちのコンサルティングサービスにも、その価値を評価して、お客様の要望に応じてSalesforceを提案しています。

──アカウントプランを進めるうえで、企業が陥りやすい落とし穴はありますか。 

「細かく管理しすぎない」ことです。アカウントプランの管理項目は細かくしようと思えばいくらでもできてしまいます。短期的な成果を求める戦略ではないだけに、どうしてもうまくいっているかどうかを知るために進捗管理の項目は増えがちです。

海外には多くのフレームワークがありますが、管理項目が細かすぎると運用が困難になります。 極力、重要な指標を絞り込み、シンプルな運用を心がけることが成功のカギを握ります。

「営業企画/営業推進」チームをアップデートすべき

──今後予想されるセールスを取り巻く環境の変化に対し、営業組織はどのような改革をするべきか教えてください。 

アカウントプランは営業が付加価値を生み出すためのファーストステップです。 今後、企業は自社にセールス・イネーブルメントのチームをつくっていく必要性がますます高まっていくと思います。 

既存の営業企画や営業推進チームにセールス・イネーブルメントの機能を追加して強化するかたちでもいいと思います。大事なのは営業チーム全体を能動的にリードし、生産性向上の責任を負う組織へと進化させていくことが必要です。 

営業のスキルアップやトレーニングは個人任せで、それゆえに属人的な面が拭えませんでした。ただ、これからの時代、それでは立ち行かなくなるでしょう。組織として戦略的に重点顧客に対するプランを練り、そして、組織として教育を本格化する。セールス・イネーブルメントに取り組むことで、売上を30%、40%増やすことも可能です。当社としても幅広く顧客企業の「営業の高付加価値化」をサポートし、セールス・イネーブルメントの成功事例を増やしていきたいと考えています。 

営業企画、推進部門を一層強化するためには?

“営業推進部門”は、限られたコストと工数の中で営業の目標達成を後押しする上で重要な役割を担います。
本レポートでは、営業推進部門の活動と今後求められる方向性を紹介します。

執筆:村上佳代、野垣映二(ベリーマン株式会社)
撮影:遥南 碧
取材・編集:木村剛士

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