営業のいない組織の挑戦
~Slackと『THE MODEL』で創る新しい文化~
目次
TOPPANデジタル株式会社の成功事例:組織再編で起きた情報分断をSlackで解消
「組織の壁」によって情報が分断され、部門の垣根を超えたコミュニケーションが進まないという経験をしたビジネスパーソンは多いのではないでしょうか。円滑なコミュニケーションを組織に根付かせるのは、簡単そうに思えてなかなかうまくいかず、リモートワークも定着した今、悩まされることも多いはずです。
TOPPANグループ全体のDX事業戦略策定やDX事業の創出・推進、DXに関わる研究・開発、ITインフラの提供などを行うTOPPANデジタル株式会社は、ビジネスモデルの転換と新たなセールスチームの立ち上げを推進する中、部門や職種の枠を超えたコミュニケーション改革にSlackを活用して乗り出しました。その道のりをICT開発センター 開発戦略部 平野 雄大さんにお伺いしました。
平野 雄大 氏
TOPPANデジタル株式会社
ICT開発センター 開発戦略部
2017年、凸版印刷株式会社(現:TOPPANホールディングス株式会社)入社以来、受託型のシステム開発プロジェクトのPMやAI活用コンサルティングを担当。並行して新規事業創出活動を行い、校正自動化SaaSであるreview-it!をローンチ。 2023年のホールディングス化以降はTOPPANデジタルにて新規事業立ち上げ支援からマーケティング・セールス体制の構築・最適化など、ローンチ後のビジネス拡大・PMF達成・GTM戦略の立案/遂行をテーマに活動中。
ビジネスモデルの転換を機にSlackを導入
──まず、Slack導入のきっかけを教えてください。
当社の前身である旧凸版印刷DXデザイン事業部では、もともとソフトウェアの受託開発も行っていました。受託開発は顧客ごとにシステムを開発して納品し、保守サービスも提供するスタイルなので、古くなった技術を1社でも使っていれば、そのための保守体制を維持し続ける必要があり、コスト構造に課題がありました。
そこで、プロダクト開発部門ではSaaS型プロダクトを中心とするビジネスへの転換も目指すことになり、2019年から校正自動化サービスの「review-it!」シリーズを展開してきました。これには開発フローの変更も伴いました。
従来は仕様を決めてその通りに作る一方通行のフローでしたがSaaS型に変わり、市場に出してからも状況に応じて臨機応変に意思決定をしたり、プロダクトの展開を加速させるために社内関係者が横断でコミュニケーションを密に取る必要があります。そこで採用したのがSlackでした。
はじめの利用は開発部門が中心で、セールスチーム側はあまりSlackを使っていませんでした。ただ、それではプロダクトを成長させるための社内コミュニケーションに支障があると考えて、セールスやマーケティングといった、いわゆるビジネスサイドもSlackを活用するように変えていきました。
──やり方を変えることに対して、ビジネスサイドの抵抗もあったはずです。どのようにして利用を促しましたか。
このような場合、基本的にはユーザーにとって「Win」がなければ使ってもらえません。セールスなどのビジネスサイドが普段よく使用しているメールやチャットツールはアーカイブや添付ファイルを探す場合の利便性が高くないので、その点でのSlackのメリットを伝えていきました。
また、これは半ば強引かもしれませんが、より利用を促すために、開発チームが優先してSlackからの連絡に応じるようにして、Slackを使ってもらうようにしました。
Slackは、仕事のためのインターフェイス
セールス活動の分業で意識している「オーバーラップ」「越境」
――SFUG CUPのプレゼンは、そこから先の取り組みの話で、The Modelによる営業体制の構築のためのSlackの活用について言及していました。改めて当時の状況について教えてください。
私はreview-it! シリーズを立ち上げたメンバーで、企画のほか、セールスの最適化やカスタマーサクセス組織の立ち上げを担当。数年前からThe Modelを参考にしてスプレッドシート上で案件管理を始めていました。当初はインサイドセールスやフィールドセールスといった言葉で切り分けもせず、単純に営業活動を定点観測するために用いていました。
2023年、凸版印刷が持株会社制に移行してTOPPANホールディングスとなったことで、プロダクト開発チームが主体の当社TOPPANデジタルには営業部隊がいなくなり、独自にセールス組織を立ち上げなければならなくなりました。プロダクトチームがいかにしてセールスの体制を構築して市場に出ていけるか。とても大きなチャレンジでした。
そこでセールスのフレームワークとして本格的にThe Modelを取り入れたわけです。
──プレゼンでは成功のポイントとして「データ、運用プロセス、技術、体制」の4つの観点で挙げていました。データ活用では、多面的に取り組みことが必要だと、改めて認識させられる内容でした。
運用プロセスの観点では、セールス活動を分業すると他人任せになりやすいので、自責で取り組めるようにする必要がありました。また、それぞれの役割を担うリソースの確保も難しい。だから、TOPPANデジタルの実情に合わせてカスタムして、完全に分業するのではなく、前後をオーバーラップする「TOPPAN版 The Model」を構築しました。
その結果、隣のチームのKPIを意識して動くので、各領域で全体最適な発言が増えました。「とにかくトスアップすればいいんでしょ?」といったスタンスではなく、全員、全チームで業績を良くしていこう、一緒に頑張ろうという会話が生まれていきました。
また、改善策もみんなで出しあうようにしています。「餅は餅屋」のスタンスでありながら、「越境」によって新しい風を吹かせられることもあるからです。
今振り返ると、特にこのマインドシフトとコラボ文化醸成では苦労しましたが、ここを乗り越えることで軌道に乗った気はしますね。Slackはそのためのコラボレーションツールとして使い倒そうという感覚でした。
オープンコミュニケーション促進のための工夫
──プレゼンを見て聞いてみたかったことの一つが、それまでクローズでやりとりしていた情報をオープンにするための工夫です。心理的安全性をどのように高めたのでしょうか。
貢献度が高かったのは、分報チャンネルである「#times」を作ったことだと思います。
このチャンネルは、日報よりもかなり粒度の細かい報告や相談をするために作ったもので、さりげない会話や二者間の会話などを、みんなが見えるところで気軽にコミュニケーションを図る文化を根付かせました。
テキストだけだと少し堅い印象でも実際に話してみると柔和な人もいます。コロナ禍によって、会ったことがないけれど、テキスト中心のコミュニケーションで一緒に仕事をしている人が多くなっていましたが、少しでも個人の性格などのキャラクターが感じられる場を用意したことで話しかけやすくなりました。
それから、#timesは偶発的な会話が生まれるきっかけにもなりました。オフィスで空間をともにしないと作れないと思っていた文化が、実はオンラインでも作れることがわかりました。
#timesへの投稿や閲覧は義務ではなく、役職も関係ありません。それでも会議前などの時間に利用者同士が盛り上がって、見ていない人も巻き込んでいくコミュニケーションにつながっていますね。
ほかにも2つのチャンネルを用意しました。一つは「なんでも相談チャンネル」。何を聞いてもいいし、誰に聞けばいいかわからないような場合にも雑に投稿できる場です。わからないことが悪ではなくて、聞かないことが悪だよねという価値観で行動を促しました。
もう1つが「なんでも共有チャンネル」。どうしても受注の報告をセールスチャンネルなど閉じたところで共有してくれるメンバーもいますが、その都度「オープンなところで言おうよ!」といった感じでこのチャンネルに誘導しています。
オープンに共有するかどうかは個人によって判断が違ってくるので、この内容だったら大きなところにも上げましょうよ、とみんなで促し合っていますね。
──いいですね。ネガティブな情報の共有についてはどうでしょうか。
失注の共有などはなかなかハードルが高いので、よく「ネガティブな情報をポジティブな雰囲気で共有できるようにしましょう」と話しています。うまくいかなかったというファクトではなくて、それに対する考察があるから、他の人が同じ轍を踏まないで済みます。
受注に至らなかったとしても、他の人を助けるのだから正当化。バッドニュースを発信したほうがいいし、頑張った上でドンマイだったら、みんなで「ドンマイ!」って言えるように、だんだんなっていきました。
──相談と共有、2つのチャンネルに分けているのは最初からですか。
いえ、最初は相談チャンネルだけで共有チャンネルはありませんでした。情報が埋もれてしまうので最近になって分けたんです。
当初思い描いた使い方と違う使い方になってしまうのは、そこに需要があるから。最初からガチっと決めてしまうとコミュニケーションが逆にしづらくなってしまうので、ある程度は流れに任せて適宜変更しています。
チャンネルの設計では、情報量をいかに削減するかも含めて、みんなが知るべきものと、フローさせればいいものに着目して切り分けています。
──Slack上で共有して蓄積したナレッジは、どのように活用しているのでしょうか。
セールスならノウハウ、プロダクトに対しては顧客の声(VOC:Voice of Customer)が集まってきます。
Slack上に無理に全部溜めてしまうと、見るのが義務になったり、情報量が多いので途中から見始めた人がしんどかったりするので、情報のストックとフローでツールを分けました。現状ではNotionにVOCを蓄積しておき、更新されたときにSlackに情報が流れるようにしています。チャンネルを気にかけておけば、見たい人が見たいタイミングで見られる状態を作っています。
ただのコミュニケーションツールとSlackの違いとは?
3名の先駆者たちが本音で Slack の魅力と課題を座談会形式で語ります。
● 元・日本マイクロソフト 澤氏
● 元・オイシックス・ラ・大地 大木氏
● ベルシステム24 川崎氏
Sales Cloudを使わずに「型」を作る理由
──今回のSFUG CUP決勝大会に進出した企業では唯一、 Salesforceの製品はSlackのみの導入事例でした。The Modelを取り入れた一方で、なぜSales Cloudを導入していないのでしょうか。
review-it!シリーズの場合、プロダクトチーム主導で広げていけるので、セールス軸ではなくプロダクト軸の数字を管理するにはスプレッドシートのほうが適していると考えました。
早く動き始めたかったので、まずは導入に手間をかけずに成功体験を作ることを優先したという事情もあります。TOPPANグループはSales Cloudを導入しているので、今後はそこに相乗りすることも検討したいと思います。
──Sales Cloudの利点の1つは、トップセールスのアクションを参考にして組織全体の能力を高められるところ。再現性に関してSlackが貢献していることはありますか。
細かいノウハウはSlackで共有していています。私はセールス・イネーブルメント(セールス人材の育成・改善に向けた取り組み)を推進する立場でもあるので、提案レビュー時にSlackのハドルミーティングでクイックにコミュニケーションを取ったりはしていますね。
それから、「型」をMagic Moment社の「Playbook」で管理しているのですが、型通りやってうまくいかないこともあれば、トップセールスのやり方に必ずしも再現性があるわけでもない。そこでグッドアクションの共有などを見ながら「型」を更新するのですが、更新するまでの型がない状態での試行錯誤は、ほぼSlackでログを残しながら行っています。
Playbook更新の前に別の得意先やメンバーで型が通用するのか、あるいはPlaybookの通りにやってみてどうだったのかという情報のやりとりも、全部Slack。変更や試行錯誤のように共有する価値が高く、しかも流動性が高い場合、スピーディーかつ非同期でコミュニケーションが取れるSlackが真価を発揮しますね。
まずは愚直にベストプラクティスを使ってみる
──今後はAIの活用を進めたいとのことでした。
そうですね。Slackでコミュニケーションをとるプロダクトが増えてきていて、メンバーも増えてきました。欲しい情報を適切に、しかもサクッと入手するためにSlack AIに期待しています。
──この6月に追加されたSlackの新機能「リスト」は活用を検討していますか。
便利ですよね。タスクをまとめて管理する場合に使いやすそうだなと思っていますが、自主性を重視していることもあり、今はまだリストは活用してはいません。
例えば、マーケティング活動で展示会に出展する場合、一時的な横串チームが立ち上がることになりますが、既存のマーケティングのチャンネルを使うと見づらくなるし、安直に一時的なチャンネルを作ってしまうと、直接関係ない人は分断されてしまう。チャンネル数を増やさずに情報を切り分けるためにリストが活用できそうです。
── ぜひ活用された際には教えてくださいね!最後に、平野さんと同じように推進する立場の方にメッセージをお願いします。
SaaS製品やThe Modelのようなフレームワークは、世の中で認められているベストプラクティスであり、まずは使ってみることが大切だと思います。既に一定のメリットがあるからこそ、世の中に広まっているわけですから。
特に日系のエンタープライズと呼ばれるような規模感の企業では、最初からカスタマイズすることが求められるケースも多いでしょうが、最初から完璧な青写真を描いて臨むのは難易度が高いですし、途中で会社の方向性が変わることもあると思います。
1度はやってみて、それから微修正していくアジャイルな取り組みだと、課題解決の最短距離を進める可能性があります。
そのためには上流の課題から目を背けず、言語化して社内に提案することが大切で、徐々に賛同者を増やしていくことに繋がります。また、会社の上層部には、試験的な取り組みであることを認知してもらうこともおすすめします。試験的な取り組みの位置づけで、新しい取り組みに対する投資でプラスに働くことがあったりしますし、メンバーも先行的な取り組みだから1回やってみようという前向きな気持ちになれると思っています。
愚直にやるところと、クレバーに立ち位置を取りに行くところ、うまく両立できると取り組みが進みやすくなるように感じました。
──今日はThe Modelの工夫とSlackを介したコミュニケーションで、ワンチームの組織を構築していることがよくわかりました。ありがとうございました。