「再生医療のセントラルキッチン」として、バイオ・メディカル・ヘルスケア領域で急成長を続けるプライム上場企業セルソースが、今年1月、新CEOに澤田貴司氏を迎えたニュースは、日本のテクノロジー・スタートアップ業界で大きな話題を呼びました。
澤田氏は、かつてファーストリテイリング柳井氏の右腕としてユニクロのフリースブームによる急成長を牽引し、ファミリーマートの社長としてはコンビニグループの再編や「コンビニエンスウェア」「ファミペイ」など今に至る変革を指揮したプロ経営者。
セルソースを、再生医療とヘルスケア企業として日本を代表する存在へと押し上げていく澤田氏のビジョンと戦略について、ファミマ改革を澤田氏の右腕として支えたDX JAPAN代表の植野大輔氏に切り込んでいただきました。
目次
ヘルスケア&ライフサイエンス業界のインサイト
世界の業界リーダー400人が
生産性アップ、AIを活用した
効率向上、データの有効活用
の実現に向けて語ります。
移籍の舞台裏
植野大輔氏 (以下、植野):「澤田さん、そろそろ次を仕掛ける頃かな」と思っていましたが、セルソースのCEOを引き受けたのには驚きました。どんな経緯だったのでしょうか。
澤田貴司氏 (以下、澤田):友人のひとりに、すごく優秀な経営者を定期的に紹介してくれる人がいて。2003年頃にスタートトゥデイの前澤(友作)さんに会わせてくれたりしたその人が、2016年くらいに「素晴らしい青年がいますのでぜひ会ってください」と紹介してくれたのが、裙本さん(裙本 理人 / つまもとまさと氏、セルソース創業者・代表取締役CXO)でした。
彼は最初に会った時から「澤田さん、いろいろご指導ください」と言ってくれて、ただ当時はファミリーマートの社長になろうとしている時でしたから兼業が一切できなくて、年に1、2回お会いする間柄だった。
その後、ファミマで副会長も外れて顧問になるときに、裙本さんはすぐに会いに来て「セルソースの社外取締役になってください」と。素晴らしい人だと思っていたので、お引き受けしたのが2022年。
そこから2年弱、昨年末にセルソースがプライム上場企業になった。その時に裙本さんが僕のところに来て「会社を作り直したい。社長をやって欲しい」と。でも、僕は「自分で会社を作ってプライムまで持っていって、立派に経営しているんだから、自分でやりなさい。これからも応援するので」と2回、断りました。
植野:ロッテベンチャーズの会長をやっている時ですね。
澤田:そう。それでも、彼は本気で言い続けてきてくれたので、3回目でお受けしました。
植野:引き受けた決め手は、何だったのですか。
澤田:ありがたいことに色々なオファーをいただくことがあるけれど、譲れないものがある。会社が経営者個人に与えられるものには「ポスト」「権限」「パッケージ(株式や福利厚生等を含めた報酬関連の一式)」があって、この3つの全ての条件に納得できないと、僕はオファーを絶対に受けない。裙本さんとは、その全ての条件で合意できたんです。
植野:他社からのオファーに3つ揃ったものはなかったのでしょうか。
澤田:ないですね。パッケージとポストはまだしも、全面的に権限を渡すことは、そうそうあるものじゃない。かつてファミリーマートを僕が受けたのも、権限を渡してくれたからです。当時の伊藤忠のナンバーワンとナンバーツーから経営を頼まれて、それでパッケージとポストを交渉して、あとは「澤田の経営方針に一切口を出さない」という権限の部分を了承してくれた。
そうでないと、例えば僕が「植野を役員にしよう」と決めたとして、そこで親会社のトップに反対されたりしたら、僕の立場はないでしょう。「彼が頑張っているから出世させたいんだ」という僕の想いで決めたいわけで。特に人事は重要だし、そこでお上の顔色を伺っていたら、誰も僕に付いてこない。経営するということは、責任を取ることで、権限がないとその責任が取れないですから。
植野:さらに裙本さんは、自らが降格するような形で澤田さんに経営を任せた。これは滅多にないことですよね。
澤田:本当にその通りで、日本でも初めてじゃないかな。創業者であり株主として会社の全てを作ってきてプライムまで持ってきた彼の立場で考えてみたら、とんでもない覚悟と勇気が必要なことです。
僕自身、自分が創業したリヴァンプの社長を次に譲って会長になったあと、実はすごく引きずった。けれども、裙本さんは引きずってない。もちろん、そこにはお互いの信頼関係があって、僕だから彼も任せてくれています。そういう意味では、ものすごい意義と責任を感じるし、絶対に結果を出さなければと身が引き締まる思いです。
メディカル・ヘルスケア領域での新たな挑戦
植野:1万7000店舗(当時)で20万人以上が働くファミリーマートのような巨大組織と比べると、セルソースは企業サイズとしては小さな規模の会社ですよね。
澤田:そこは関係ないかな。むしろ今この規模の会社を世界に冠たる存在にできたら、めちゃくちゃ楽しいよね。
植野:ジャンルも、澤田さんが得意な小売ではなく異分野のメディカル・ヘルスケアのテック領域ですが、何とも思わなかったんですか。
澤田:何とも思わないというと嘘になるけど、そもそも会社って人で成り立っている。僕が完璧になんでもわかるというより、周りに事業をわかっている人を構成して、チームを作って、みんなの得手不得手を理解して、組織を活性化させるのが一番大事でしょう。色々な人たちと組んでいいチームを作れば、会社は成長していくよね。
植野:澤田さんが過去一緒に仕事していた仲間をブレーンとして投入していくのでしょうか。
澤田:いや。まずプロパーを軸にして、あと然るべき機能をよくよく整理した後に、それをちゃんと果たせる人を外から採っていくのが僕のやり方。ファミリーマートの時も、外から採用したのは、植野と、足立(足立光氏。現ファミリーマートCMO/CCRO )とあと何人かくらいでしょう。
植野:そうでしたね。改革推進の部門も僕以外はプロパーのメンバーでした。
澤田:今のセルソースでも同じで、必要な部分とは何かを見極めている最中。
植野:ファミマ時代は、現場を回りまくっていましたよね。店長までやっていたりして。今だと病院を回っているのですか。
澤田:回っているね、クリニックを。今日も整形外科に行ってきたけれど、非常に勉強になることが多いです。まず、患者さんが山のようにいて、その方々がお医者さんを本当に信頼している。
別のクリニックで、院長さんから頼まれて僕が半日くらい白衣を着て、先生の横で施術を見させていただいたこともあります。すると患者さんの中には「膝が痛くなくなりました、先生ありがとうございます」とおっしゃって、隣りの畑で採れたカボチャを持ってきてくださる方もいる。
こうしたお医者さんへの患者さんの信頼の強さは、僕がやってきたこれまでのビジネスでは見たことがない。コンビニなら、競合がセールをやるとお客は流れていってしまうよね。でも信頼されているお医者さんからは、患者さんは離れない。
ただ、そうしたお医者さんたちも、特に開業医だとご自身が院長のケースが多く経営もやっていて、大変なハードワーク、ロングワークで休みがないのが現実です。
こうした状況を目の当たりにして、セルソースとしてはお医者さんに真摯に向き合って、お医者さんをどうやって楽にするか、どうしたらいい仕事をしていただけるのか、さらには夢を持っていただけるのかを真剣に突き詰めていきたいと考えています。
健康であるために大切なのは、人と人とのつながり
医療、ライフサイエンス業界向け Salesforce(セールスフォース)
セルソースと再生医療マーケットの可能性
植野:現場をじっくり回られている一方で、セルソースを取り巻く再生医療やバイオ・ヘルスケアのマーケットをマクロ的にどのように見ていますか。
澤田:再生医療のマーケットは強烈に大きいし、世界ではものすごく大規模なマネーが動いている。セルソースが今やっていることは、その中ではまだまだとても小さい。けれども、巨大ブルーオーシャン市場であることは間違いない。
植野:プライム上場もして、日本ではセルソースはトップで競合もいないように見えます。
澤田:確かに、膝関節の領域では、これまでの8万人という施術の数はどこよりも多いし、PFC-FD(血液からPRP/多血小板血漿を作製し、フリーズドライ加工したもの)のサービスでは、国内で先頭を走る、圧倒的な第一人者です。
ただ、マクロでは、日本の人口は1.2億人のうち、痛みを感じている人が3000万人とされていて、その中で800万人くらいが病院に通う。そこから保険医療で膝関節の手術をする人はおそらく10万人くらいしかいない。
さらにその中の一部が、自由診療での再生医療を受けているのが現状。ということは、手術や再生医療に至らない、何千万という巨大な人たちが、何らかの痛みを抱えながら生きています。
でも、そこで実際に何が起きているかを示すデータも何もなくて、いわば、分断されているんですよ。セルソースは、そんな分断された状況を改革して、患者さんに最初から最後まで寄り添って面倒を見られるようなプラットフォームを作ろうと考えている最中です。
植野:啓蒙的な活動もやっていくのですか。
澤田:そうしたことも考えていて、構想としては、日本人の健康年齢を伸ばすことをお医者さんたちと組んで実現していくことになりますね。詳しいことは、中期経営計画で発表することになるけれど、僕たちがやっていくことで、日本の社会保障の支出も強烈に減っていくので、国にとってもすごく大事なことになってくると思います。
足元を固めながら巨大なブルーオーシャンに挑む
植野:そうした大きなビジョンは、創業時からのメンバー、それとも澤田さんが、アイディエーションしてきているのですか。
澤田:個々のメンバーの頭に内包されている考えや思いがあって、それをみんなでブレストしながら出し合い壁打ちをして、分析して、言語化していき、それを実際の医療の現場で確認していく。そんなステップを踏んでいるかな。スティーブ・ジョブスの「Connecting the dots」のように、さまざまなドットを繋げていくイメージ。
植野:新進気鋭の先端領域の成長企業として、一気に勢いで進んでいくイメージを私は勝手に抱いていたのですが、そうではないのですね。
澤田:まず足元の数字は、着実にきっちりと作っていく。膝関節の治療も、ものすごいニーズがあるので、そのニーズにはしっかりと着実に応えていくし、今後は保険医療の病院にもサービスを広げていく。
その上で、1,2年かけて会社を整理しながら、プラスアルファとしてどういうものを付加していくかを具体化し、組織も変えていき、すると3,4年くらいでだんだん見えてくるので、5年目くらいから一気に加速させていく、そんな感じかな。
ユニクロやファミリーマートのような、僕がかつて経営してきた業界は本当にレッドオーシャンで、上位の競合にどう伍すのか、構造改革を進めてどう突き抜けるかが勝負だった。それと比較してセルソースの場合、今は目立った競合はいないけれど、まず自分たち自身の中に越えなければいけないものがある。
また、再生医療は急速に進化していくので、僕らが今やっていることがそのままで本当に正しいのかどうか、もちろん正しいと信じているけれど、このままの一本足打法は危険なので、常に冷静に俯瞰して見ていないといけない。
植野:国内では競合もいないように見えるセルソースですが、澤田さんがそう危機感を抱いていらっしゃるのは意外に感じます。
澤田:再生医療ほど、世界中で巨大なマネーが流れ込んでいる市場も他にはないし、今後も次々と色々なプレーヤーが参入してくる。もはや誰が競合になるのかもわからない。その中で、セルソースが単独でどこまで行けるかを、冷静に考えていかなければならないし、強烈にイノベーションを起こしていく必要がある。安閑としていたら、足元を掬われるから。
植野:今はブルーオーシャンだけど、誰かがその海を全て乗っ取ってしまうのかもしれない。
澤田:その可能性はある。いずれにしても、人間の根源的な欲求として、みんな、生きたいじゃないですか。先ほどの日本の1.2億人の話で言うと、痛みを感じていない、3000万人以外の沢山の人たちも、皆、長生きしたい、健康でいたい、ウェルビーイングでいたいと思って、トレーニングしたり色々なことをやっている。
そこも含めていくと、日本だけでも潜在的なマーケットは巨大です。小売とは比較にならないほどスケールできる可能性があるし、時価総額も1兆円を越える規模へ成長していくことも、夢ではない。そのためのシナリオは出来てきているけれど、何から進めていくかという優先順位を、今じっくり考えているところです。
セルソースでの澤田流リーダーシップ
植野:ファミリーマートでは、澤田さんのビジョンを直接伝える、その名も「気合注入講演会」を全社員に向けて、澤田さんはやっていましたがセルソースではどうですか?
澤田:3ヶ月に1回、リアルで全社員と話す場を設けていて、社員から上がってくるアンケートの質問に全て答えたりしている。あとは毎日、社員とランチしているね。
今日も、クリニックに一緒に行った営業と道中に話していて、その会話の一言一言からも大事な気づきを得られる。とにかく、現場に全部答えはある。僕の場合、現場をずっと回って、自分の中で「本当にこうだ」と思うものが掴めるまでは、大きくは動かない。
植野:セルソースでの「澤田流・ギアチェンジ」はまだこれからだと。
澤田:今は静かに青写真を描いて、やるべきことの優先順位を付けている段階です。ただ、クリニックや病院を回って思うことがあります。
1つには、患者さんのことを最初から最後まで見ている人が実はいない、ということ。もう1つは、お医者さんは本当に尊い存在で、でも、単独で経営していたり、お医者さんたちの犠牲の上に色々なものが成り立っている。
そこにあるペインや違和感を、僕たちが整理して解決してあげることが大事だと思っています。僕や裙本さんは、医療の現場での経営も含めたペインを発見するべく、誰よりも多くのお医者さんに会う姿勢を貫いていて、そこで見えてくることから大きな可能性が生まれてくる。そんな手応えを日々感じています。
技術移転で生まれた卵子凍結の新規事業
植野:個別事業についてもお話をお聞きしたいのですが、セルソースは、今年から「卵子凍結あんしんバンク™」というサービスで、新規の領域に参入しましたよね。
澤田:セルソースはもともと、血液や脂肪を患者さんからいただいて、培養して冷凍保存してパウダーにする、そうした仕組みを裙本さんが主導して造ってきました。その過程の中には「凍結する」「保存する」という技術も持っています。そこで、僕が社外取締役の頃に、羽田の近くの殿町というところに巨大な施設をセルソースが買って、その設備で何かできるだろうと裙本さんが考えた結果、卵子凍結をやっていこうということになりました。
植野:別領域へ技術移転をしたということですね。ただ卵子凍結は、既に色々なところがやっていませんか。
澤田:やっているけれど、これだけの規模の設備というのはなかなかないですよ。あと、設備だけではなくて、セルソースは以前から、膝関節に打っているようなもの(PFC-FD: 血液からPRP/多血小板血漿を作製し、フリーズドライ加工したもの)を不妊治療に適用して妊娠をしやすくするプロダクトとサービスを提供していて、産婦人科との太いパイプがある。そうした産婦人科の先生方と話し合いながら、卵子凍結の大きな設備を、セルソースが造っていったのです。
植野:B2Cの化粧品や、エクソソームの事業も加速させていくのでしょうか。
澤田:化粧品は、既存の大手から韓国コスメまで、とにかくレッドオーシャンだけれど、とても興味深い市場です。うちは、エクソソームのプロダクトを既に持っているし、そこを伸ばしていく仕掛けを、戦略として練っているところです。
▶ IPOを目指すスタートアップが知っておきたい「投資家の目線」
中長期で成長する組織づくり、マネジメント
植野:澤田さんと裙本さんの間で、役割分担のようなものはあるのですか?
澤田:二人三脚で進んでいくと思うけれど、資本政策や経営資源の配分と投入、そして、どういう組織を作っていくのかという、いわゆる経営の部分は、僕の役割ですね。
先ほどの卵子凍結の一連の立ち上げは、裙本さんがリードしていて、彼はまさに「機を見るに敏」で、常にアンテナを張って常に考えていて、すごいんですよ。
ただ、組織づくりの観点からは、今後は裙本さんだけでなくセルソースのメンバー全員が、常に考えて、常に責任を持って、行動していくような組織にしていきたい。限られた個人の高い能力だけでは会社は成長しないし、ユニクロの柳井さんだって、すごいチームを作ったから、あそこまで成長したわけで。
植野:ユニクロは外から見ると、柳井さんがカリスマ的なワンマン経営のように思われがちですが。
澤田:最終的なジャッジは柳井さんがするけれど、その周囲には昔から優秀な人がいて、それぞれが責任を持って仕事をしている。そうでなければ世界トップのレベルまで大きくなるわけがないよ。1人のカリスマが強引に進めるのではなくて、組織を作って、みんなが責任を果たす。セルソースもそういう会社にしていこうと思っています。
日本のお医者さんと一緒に世界に出ていきたい
植野:海外の展開はどのように考えていますか。
澤田:セルソースのサービスは、海外からも非常に注目されています。本格始動はこれからだけど、発表している中では、既にインド市場には取り組んでいて、海外はそのインドを含めて色々進出していける可能性があるので、徐々に広げていきます。
日本のお医者さんは、やっぱり本当に素晴らしいので、お医者さんと一緒に世界に出ていきたい。現地のクリニックを組織化して、プラットフォームを僕らが作って、そこに日本の先生が行って、向こうのお医者さんと一緒になって、現地の患者さんをトリートする、そんなプランを考えています。
植野:欧米ではなく、アジアなのですね。
澤田:インドや中国は、市場のボリュームが半端なく大きいし、人口が増えているところに行きたいね。それに向こうは、日本とは違って病院を会社が経営できるので、ぜひ取り組んでいきたいです。
植野:今年、発表される中期経営計画とその先の未来が、とても楽しみです。
取材・執筆: 池上雄太、撮影: 佐藤新也 編集:木村剛士
スタートアップ企業、成功への道
数多くのスタートアップ企業が、創業間もないころからSalesforceを利用し、ビジネスを飛躍的に伸ばすことに成功しています。