2020年に日本で初めて紙パックナチュラルウォーターのブランド「ハバリーズ」を創設し、現在はさまざまな高級ブランドや大手企業を顧客として獲得し拡大を続けるハバリーズ。
脱プラスティック、日本の水資源の保全、コモディティから高付加価値体験ビジネスへのシフトなど、SDGsに基づいたモノづくり経営を推進し、Salesforceが掲げるメッセージ “Business as a Platform for Change”を体現する代表取締役社長の矢野玲美氏の経営手法とビジョンに、フリーアナウンサーで起業家の八幡美咲氏が迫ります。
目次
事業承継ではなく起業を決意
八幡美咲氏(以下、八幡):ハバリーズを設立した経緯を教えてください
矢野玲美氏(以下、矢野):私の母は、九州に複数の水源を持つペットボトルのミネラルウォーター事業を営んでいました。
私はその頃、母の会社の事業承継のあり方を模索しながらも商社に勤務していて、主に中東地域を行き来する仕事をしていました。当時、世界で脱プラスティックの流れが加速する中で、日本国内の市場を見てみると紙パックの水が1本もなかった。
事業承継の観点からも、時代の流れとしても「これはビジネスチャンスだ」と急いで会社を作りました。

大学卒業後、技術系商社で中東プロジェクトを担当しながら、家業のミネラルウォーターメーカーの役員として業務を行う。2020年6月に株式会社ハバリーズを立ち上げ、2022年11月にリサイクルエコシステムを構築し紙資源の循環を推進する。2023年7月にCO2削減量を可視化するサービスも開始。
その際にこだわったのが、母が経営するペットボトル会社の新規事業としてではなくゼロから始めたことです。
起業家を応援する社会背景もありつつ、ファイナンスの観点では込み入った財務状況の古い会社を引き継ぐより、ゼロから立ち上げたほうが資金調達もしやすいし、周囲からの応援も受けられる。組織としてもスリムな経営ができるという判断で起業の形をとりました。
八幡:ご家族の会社自体を承継するのではなかったのですね。

早稲田大学政治経済学部卒、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)留学後、2018年くまもと県民テレビにアナウンサーとして入社。ラグビーワールドカップや報道番組などを担当。2020年広島ホームテレビに移籍。報道からバラエティー、スポーツなど幅広く担当。2023年4月からセントフォースに所属し、現在はフリーで報道番組や経済番組を手掛けながら、実家の事業を継承する「美容卵の開発」や、「広報のサブスクリプション」「エンジニアの人材派遣」の事業を営む会社を経営している。
矢野:そうですね。ただ、「家族がペットボトルの水の会社を経営していたが、私はそれを時代に即した形で紙パックに変えて水の販売を続けている」という点では承継したのかもしれません。
あとは、一部の人材を引き継いでいるのと、森林保全の寄付や、水源地への経済的な還元といった活動も受け継いでいます。また、水の業界動向や利益率と卸率といった実際にこのビジネスに携わっていないとわからない貴重な情報も引き継いでいると思います。
ブランドに込めたメッセージ
八幡:ハバリーズのブランドに込めた思いとはどういったものですか?
矢野:起業という形を取りましたが、家族が経営していた企業で水源を持っているのは非常に大きいアドバンテージなので、それを生かすべきだと考えました。
先祖に感謝なんですけれども、その第一水源の場所が大分県の羽馬礼(はばれい)で、この地名の意味するところは「羽が生えた馬、ペガサス」なのです。後々には他の水源も扱うのですが、日本国内の水源を正しく持続可能な形で守っていくというコンセプトを体現するために、最初の水源である羽馬礼のペガサスを、商品パッケージやロゴに全面的に反映させています。
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八幡:日本の水源保全への思いを込めたブランドが、ハバリーズなのですね。日本の水資源全体は、いま気候変動や地政学的な問題が世界中で起きている中で、どのような状況に置かれているのですか?
矢野:グローバルで見ると、日本は水資源がすごく豊かで、世界には石油よりも水の方が高い国も数多くあります。 日本人の方々には忘れられがちですが、世界では水はすごく貴重。
一部の日本国内の水源では、採水しすぎて枯渇し工場が稼働できない事例もわずかですが出てきています。水は無限に湧き出てくるのではなく、生態系のインフラのようなもので、森林保全と密接に繋がっている。有限な資源なのです。
八幡:確かに、日本にいると水は枯れることはないと思ってしまいますね。
矢野:今、日本の水源は外国資本に土地も含め次々と購入されている実態も多々あって、やがて、日本の自然資源だけれど自分たちのものではなくなって、おいしい安全なお水が飲めなくなる可能性もゼロではない。そこは、やはり正しく守っていきたいと日本人として考えています。
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サプライチェーン全体でCO2の削減に努める
八幡:おいしい水がいつも飲めることに感謝しなければいけないですね。製品開発段階で、ペットボトルを代替としてなぜ紙に行き着いたのでしょうか。
矢野:環境への負荷を評価する際に、ライフサイクルアセスメント(LCA)という方法があります。これは、製品の原料調達から廃棄に至るまでの全プロセスにおけるCO2排出量を定量的に測るものです。その方法でアルミ缶、再生プラスチック、リターナブル素材、そして紙を比較したとき、紙の環境負荷が圧倒的に低いことがわかりました。
八幡:リターナブルで、瓶を壊さず洗って使う方が環境に良さそうな印象もあります。
矢野:重量のある瓶は物流と製造段階で、アルミよりもCO2を多く排出します。また海洋汚染の観点では、廃棄されたときの海への負荷は、実は瓶が一番高いんですよ。
八幡:そうなんですね。
矢野:サステナビリティやSDGsに基づくビジネスを展開する上では、材料の環境影響が低くて本当に良いものでないと、グリーンウォッシュとまでいかないものの、別の方法がより環境負荷が低いと指摘された場合に、ビジネスが続かないだろうと。
また瓶のミネラルウォーターは当時すでに日本に存在していたので「1本の水から世界が変わる」というハバリーズのブランドメッセージを伝えるにはインパクトが弱い。その2点から、紙一択でした。
八幡:紙パックで、牛乳やりんごジュースのような飲料品は昔からありましたが、ミネラルウォーターは確かに海外でしか見たことがなかったです。ハバリーズより先に国内の大手飲料メーカーがやらなかったのはなぜでしょうか?

矢野:従来の牛乳パックに見られるような、内面が白くてアルミフィルムが貼られていないパッケージに水を入れると、水が紙の匂いを吸着して飲みづらい。環境負荷が低いのはいいけれど、味として「持続可能」ではなかった。
実際、過去にヨーロッパなどでもそういうものは多く、私たちが新たな商品をローンチした際にも「その水、紙の匂いがして美味しくないのでは?」という意見をよく言われました。
大手飲料メーカーが見送ってきた背景には、そうした要因があったと思います。
そこで私たちは、「今は資材がアップデートしていて、紙の匂いがすることもなく、賞味期限も長く、衛生管理もキープした状態でおいしい水が飲める」と、丁寧に説明して回りました。
八幡:開発段階で最も苦労したことは何でしょう?
矢野:日本国内で作っている紙パックの水は1本もなかったのと、家業のペットボトルとは実は業界が全く違っていて、何もコネクションがないなか、どういった製造ラインにして、どこからの資材調達で、というところを進めていくことに、一番時間がかかりました。
本当にノックノックで「こういうのをやりたいんですけど」とサプライヤーに電話して、ただ、もちろん私たちに知名度はありませんから、全額前金の条件で取引をしていただきました。そこは泥臭くアプローチしていましたね。
八幡:ご家族の会社の工場で作れることから始める、というわけではなかったのですね。
矢野:はい、調べれば調べるほど、紙パックの製造ラインというのはすごく特殊で。普通の既存のペットボトルやアルミ缶や瓶の生産ラインではできないということが分かってきたのです。そのため、製造パートナーを新規で 開拓する必要がありました。
さらに、持続可能性というのがハバリーズ創業の理念としてあるので、製造しているところだったらどこでもいいわけではなく。物流も倉庫も含めたサプライチェーン全体でCO2の削減に努める、そうした私たちの理念と合致しながら製造してもらえるパートナーを探すのは、一番大変でしたね。
次々と大手企業を獲得。セールス活動は正攻法
八幡:ポルシェなど、今では高級ブランド、ラグジュアリーブランドの顧客が数多くいますが、スタートアップがどのように入り込んでいけたのですか?
矢野:最初に取引いただいた大きな会社は実は由緒ある日本の大手なのですが、その当時、海外でジャストウォーター(※)が話題で、海外商品に対抗できる日本の脱プラスティックのブランドを長らく探していたとのことで、製品の開発段階でまだ完成品はなかったのですが、すぐに契約をしようとお声がけいただきました。
※俳優/ラッパーのジェイデン・スミス氏が父親のウィル・スミス氏とともに、プラスティックの海洋汚染問題を解決するための紙パックのミネラルウォーターブランド「JUST Water」を、ニューヨークを拠点に2015年に設立。
衛生管理も厳格で、通常は取引するのが難しい日本の大手企業が最初に契約してくださったことで、他の企業にも安心して取引いただけるようになりました。
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八幡:ファーストコンタクトはどのようなアプローチだったのですか?
矢野:問い合わせ窓口です。大手の企業さんほど、そうしたコンタクトをきちんと吸い上げている気がします。
逆の方向もあって、ラグジュアリーブランド業界のお客様でも、最初のブランドさんは、実はハバリーズのウェブサイトのinfo@からの問い合わせで「初めまして、うちでプレゼンしてください、英語資料もください」そんな依頼を新規でいただいたのが出発点です。
ハバリーズが広く流通する前段階から、ラグジュアリー系のメディアに出させていただいたことも影響していたとも思います。そうした各社の要望にきちんと応えてクロージングし、長期契約に繋げていくことで、さまざまなお客様との信頼関係を築いていきました。
八幡:競合他社で、紙パックの水を始める会社も出てきますよね。
矢野:そうですね。私たちが国内初で発売した半年後くらいから次から次へと様々な企業が参入してきました。ハバリーズに強いニーズがあることが明らかになったので、他の企業も放っておかないですよね。
単なる水の提供ではない。売るのは環境保全の考えと手法
八幡:それでも、選ばれ続ける秘訣があるのですね。
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矢野:すぐ競合が出てくるのもわかっていましたし、私たちはファブレスでやっているので、作ろうと思えばどこでも作れる。では、うちの価値は何か?
それはまず、LCAに基づいて、ハバリーズに切り替えることによるCO2削減の見える化を、数値で示していくこと。お客様には、リサイクル回収も提案します。
ホテルなどのお客様にはハバリーズの紙パッケージから100%リサイクルされたトイレットペーパーを通じてサーキュラーエコノミーにも参画してもらいます。再生トイレットペーパーの箱には送料無料のリサイクル回収伝票が同梱されており、費用負担なく循環させることができます。
サステナビリティの観点を徹底して深掘りしているハバリーズの企業理念に、顧客企業から共感をいただいて、メディアへのリリースを顧客と一緒に出していく。
そうして、顧客と理念を共有しながら、多角的に絡み合っていくのです。
ハバリーズは事業カテゴリーにすると、製造・小売・飲料メーカーですが、そうした一連の流れを通じて、ミネラルウォーターを納入しながら、顧客がサステナビリティの実装を継続することを支援するコンサルティングを常に行っています。水という「ハード」と、サステナビリティ推進支援コンサルティングという「ソフト」の両面を提供しているのが、私たちの強みです。
私たちは顧客企業との直接取引にこだわっていますが、既存の水メーカーは、ビジネスの効率性を考えて代理店を活用することも多いので、顧客と直接に対話したり理念を共有したりすることが難しい。そうすると、ペットボトルをただ紙に置き換えて納入して終わり、となりがちです。当然、私たちのようなアプローチはしていないので希少価値が高まり競争優位性を保てているのです。
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八幡:ハバリーズを導入することのインパクトを、具体的な数値などで顧客にレポートするということですか?
矢野:はい。ハバリーズに切り替えることで、たとえばCO2を数十トンも削減できる場合があります。それはフライトなら海外との何往復分、森林なら何本分で、水を変えるだけでこんなに効果ありますよ、とレポートしていて、非常に喜ばれます。
八幡:CO2排出量を計測するだけなら、最近はSaaSのツールなどもいろいろと出てきていますよね。
矢野:測定サービスは多く出てきていますが、いざ自社のCO2削減目標が見えたとしても、実際に排出量を削減し続けていくための具体策に悩まれているケースが多いんです。
私たちの場合、現場でハバリーズを導入することで何トン削減するということが、具体的な数値を含めて明確にレポーティングするので、顧客側の実感も強く、感謝していただけますね。そのため、統合報告書を出されているような企業とも相性がいいと思います。
八幡:ハバリーズのお客様には、ラグジュアリーブランドや大企業の他に、有名なホテルも多いですよね。ホテルがお客様に提供するアイテムは細かくコスト管理されていますし、特に矢野さんがハバリーズを立ち上げた時期はコロナ禍でホテルの収支管理も特に厳しかったはず。
お水としてはハバリーズは決して安くはない価格帯ですが、どのようにホテルとの取引を開拓していったのでしょう?
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矢野:おっしゃる通り、ホテルの業界では水1本のコストが0.1円変わるだけでも収支に与える影響は大きく、数字にはシビアです。
例えば、一般的に事業者にとってどの容器も廃棄コストがかかりますが、ハバリーズのリサイクルエコシステムを用いて回収に出せばその費用は発生しません。
また、客室内でハバリーズの容器から再生されたトイレットペーパーも同時に採用することで、「リサイクル循環の見える化」ができ、宿泊するお客様への環境配慮訴求にも大きく貢献します。
ホテル業界においても他企業同様にSDGsや脱炭素への取り組みは重要な課題となっており、これらの取り組みは集客やPRにおいても大いに役立ちます。
結果として、ハバリーズは一見すると他より高いですが、経営全体の観点からみていくと、他の水から乗り換えることがメイクセンスしてくるのです。
実際、セルリアンタワー東急ホテルさんでは、全客室でミネラルウォーターはハバリーズの水を提供し、トイレットペーパーもハバリーズのパッケージからリサイクルしたものを、お使いいただいています。
最近は、学校とのお取引も増えていて、「みんなが使う体育館のトイレは、いつもリサイクルしているハバリーズの紙容器からできているよ」という呼びかけで、生徒への教育の面でも効果が出てきています。
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全国に広がるチームを、アジャイルにマネジメントする
八幡:幅広く多くのお客様がいるなかで、デジタルテクノロジーの活用は、どのようにされていますか。
矢野:テクノロジー活用は非常に大事です。
京都が本社で、日本全国にチームがいて、倉庫も全国にあるので、毎日やり取りして、 データ管理・在庫管理・営業管理など、すべてをオンタイムで共有できるよう常に心掛けています。
組織は無駄なくスリムにしておきたいので、スタッフを1人増やすことにも慎重です。人を1人増やすと、教育コストやコミュニケーションコストも増大しますので。
その代わり、1人あたりの最大価値をどんどん引き上げて、1人で10人分ぐらいの仕事をできるようにする。 そのためには会社の内部で無駄なやり取りや仕事の工数をなるべく1つでも減らす。その分、1件でも営業を取って売上に繋げたり、外部のお客様のフォローに回った方がいいという考え方です。
そのため、ツールの活用、DX、仕組み化を通じて、なるべく無駄をなくす方法をいつも考えています。
八幡:そういう時は、外部のDX系のブレーンやパートナーをお使いになるのですか?
矢野:実務に従事するメンバーが使いやすいように、現場のスタッフに考えてもらうようにしています。
どういうシステムが欲しいのか、どうしたらスリムでフローが綺麗になってミスが起きないか、属人化させないか。また、受注・発注・物流がどう繋がっていたら良いか、などについて、「要件定義を自分たちでしてみて」と。それを踏まえた上で、実装だけプロにスポットで外部委託します。
大切なことは、すぐにITベンダーに任せずに自分で考えて自分たちでDXのシナリオを描くこと。スタートアップは小さい組織だけに一人ひとりの生産性を存分にあげなければなりません。その意味では、大企業以上にテクノロジー活用は重要だと経営者として認識しています。
生産拠点の拡大と、海外展開に向けて
八幡:今後の展望を伺えたらと思います。
矢野:2020年から3、4年経って、販路も広がってきていますが、まだまだ届けられていないお客様も多いので引き続き、安定感を持って事業を展開していこうと考えています。
創業当初、製造拠点が1ヶ所のみだったとき、生産が追いつかず非常に苦労したことがありました。そのため、当たり前なのですが、安定供給に向けた複数水源の確保と生産能力の強化を続けています。特に昨年は日本全国を走り回って取り組みました。現在、製造拠点は3ヶ所で、今後も増やしていく予定です。
八幡:海外展開はいかがでしょう。
矢野:日本の水は人気なので、今は上海と香港などアジアに向けて、こちらもほぼ直接取引で展開している最中です。
海外でも、日本と同じで、顧客企業との直接の対話を通じて、サステナビリティを実装していくブランドビジネスを進めていきます。

(取材:執筆・編集:池上雄太、撮影:小澤健祐、編集:木村剛士)
