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AIを活用して業務の生産性を向上させる資料3点セット
AIを活用して業務の生産性を向上させるためのおすすめの資料3つをセットにしました。3点まとめてダウンロード頂けますので、ぜひご活用ください。
UXのプロが全社AI変革リーダーに就任するまで
──まず川村さんのご経歴をお伺いできますでしょうか。
川村:大学は4年制の経済学部に通っていました。一般的なミクロ経済学やマクロ経済学といった科目にはあまり興味が持てなかった中で、唯一興味を惹かれたのがサービスデザインを扱っているゼミでした。
このゼミでは新しいイノベーション手法の開発や体系化を行っていました。
その中で、私自身は特に、誰が何のためにサービスを使うのかという「意味のイノベーション」と呼ばれる概念を中心に学んでいました。
──「意味のイノベーション」とは具体的にはどのような考え方ですか。
例えば、スウォッチというスイスの時計ブランドは、「時間を見る」ためのものだったそれまでの時計の意味を、「その日の気分に合わせて気軽に着け替えるファッションアイテム」に変え、新しいマーケットを開拓しましたよね。そうしたイノベーションを意図的に作り出していくにはどうしたらいいのか、というテーマにして産学協同で企業と連携しながら取り組んでいました。
また、それと同時に学んでいたのが顧客リサーチの手法で、実際のビジネス現場で使える実践的なスキルを学生時代から身につけることができていました。
──興味深い研究ですね。その後、新卒で楽天グループに入社しましたが、なぜ楽天を選ばれたのでしょうか。
就職活動時には様々な選択肢を検討しました。例えば、当時から有名だったIDEOなど海外のデザインコンサルティングファームや、国内のデザイン関連企業にも憧れはありました。
ただ、私は直接サービスや事業に関わり、その結果を見届けられる事業会社を希望していました。その中で、新卒でもUXデザインに直接関わるチャンスがあると確約してくれた数少ない企業が楽天だったんです。
──楽天ではどのような仕事をされていたのでしょうか。
楽天ポイントやお買いものパンダなどのキャラクター企画・運用、そしてグループ横断で顧客データを扱う組織に配属されて、主にUXデザインを担当していました。
具体的には、ポイントの新しい使い方を考えたり、それを実現するためのエコシステムの設計を行ったりしていました。例えば、ポイントは貯める・使うだけではない新しい価値をつけて、よりポイントを楽しんでいただくために「ポイントを増やす」という新しい概念が作られました。
こうした新しい概念を導入する際には、それを実現するためのマイクロサービスと、ユーザーとの新しいタッチポイントの設計も必要となります。さらに、楽天証券など他サービスと連携させる方法も考えなければなりません。これらの業務は、戦略やマーケティングと密接に関わるもので、新卒で入社したばかりの私には非常にチャレンジングな仕事でした。
単にUXデザインのスキルだけでなく、ビジネス戦略やマーケティング、さらには儲かり持続性があるかという感覚なども求められます。ビジネス側の要求が強い中で、UXデザインのアプローチを使って良い体験を作っていく。本当に奮闘の日々で、そこで丸7年働きました。
──楽天グループのさまざまなサービス群を、ユーザー側は特に意識しないで行き来していますが、それも川村さんのような人たちが体験を設計しているおかげなのですね。
最も大きく学んだのは、ビジネス側の要求と消費者のニーズをバランスよく取り入れることの難しさですね。
例えば、ビジネス側はさまざまなサービスをつなげたいと考えます。楽天の場合、ECサイトやクレジットカード、証券など多様なサービスがありますから、それらを連携させることでシナジーを生み出したいという思いが強いです。
しかし、消費者にとってはその連携による価値がまだ見えていないことも多い。そういった状況で、どうユーザーの視点を取り入れていくか、データドリブンで設計されがちな戦略やマーケティングに、どうユーザーの目線を入れていくか。これを常に考え、実践することを学びました。
──楽天グループのアプリのUI/UXには関わっていたのですか。
事業やサービスのコンセプトをチームと作るところから、最終的なiOSやAndroidアプリの画面設計やLPの設計も手掛けることもありました。
ただ一方で、こうした楽天での仕事は、既存のサービスを改善したり連携させたりするものが多く、ゼロイチで新しいサービスを作ることへの憧れも強くなってきて、スタートアップの立ち上げにも2回くらい、無報酬で携わっていました。
生成AIの登場がキャリアチェンジの契機に
──生成AIとの出会いはどのようなものでしたか。
私のAIとの出会いは、それほど昔ではないんです。ChatGPTやStable Diffusionが一般に公開されたタイミング、つまり2022年の終わり頃からですね。
特に印象深かったのはStable Diffusionで、触ってみて衝撃を受けました。言葉から画像が生成される、そのプロセスが新鮮で。私自身、画面のUIデザインなどの経験はありましたが、グラフィックデザインは苦手で、だからこそStable Diffusionの可能性に強く惹かれたんです。これを活用すれば、デザインのスキルがなくても、今までにないビジュアルが生み出せると。
そして、その直後にChatGPT 3.5のプレビュー版が公開。私は以前からOpenAIのニュースレターを購読していたので、公開と同時に触ってみて、そこでまた大きな衝撃を受けたんです。これまでのパターン認識型のAIとは明らかに異なり、会話のような自然なやりとりの中で、複雑な問題解決や創造的なタスクをこなせる。これは革命的だと。
その瞬間から、これを使ってやりたいことをどう実現できるかを考え始めて、頭の中がAIでいっぱいになりましたね。毎日のように新しいアイデアが浮かんでくる日々が続いて。
──そういった経験から、楽天を退職する決断に至ったと。
2023年8月に正式に退職しましたが、実はその数か月前から、楽天の中で草の根的にAIの布教活動を地道に行っていました。
生成AIを制作プロセスに取り入れることで、我々の企画や制作のプロセスがどう変わるか、どう活用していけばいいかなどを個人レベルで発信したり、楽天の社内でイベントも開催して他部署も含めて70人ほど集まって、AIの動向や可能性について説明したりしたこともあります。しかし、私の力不足で当時はまだAIの生活に与えるインパクトの解像度が低くまた、不確実性が高いと判断されて、所属していた部署として本格的に取り組む判断には至りませんでした。
そうした背景もあり、「AIで統合されたサービス体験をどう作っていくか」という新しいチャレンジに全力を注ぎたいと考え、独立を決意しました。
生成AIがもたらす「意味のイノベーション」
──UXデザイナーやエクスペリエンスデザイナーも増えてきていますが、生成AIとその経験を組み合わせている人はまだまだ少ない印象です。
そうですね。前提として、生成AIによって物作りのプロセスが大きく変わるという確信が当時ありました。先ほど「意味のイノベーション」の話をしましたが、この手法では、古くからある枯れた技術を用いる場合もある一方で、やはり新しい技術によってこそ意味の転換は起きやすい。
私自身が元々、ビジネス側が要求を、上手くユーザー体験の中に落とし込む方法論をエクスペリエンスデザイナーとして実践してきた。ただそれも生成AIのような大きなスケールの新技術が登場してくると、その方法論自体が変わってくる。
楽天を退社した後は、そうした観点から、生成AIを前提としたスタートアップのプロダクト開発や、生成AI活用のアドバイザリーなどをいくつか手掛けていました。
──そして、トヨタコネクティッドにジョインされるわけですが、きっかけを教えていただけますか。
実は楽天を辞める前から、さまざまな場所で登壇する機会が増えていて、その一つを見てくれたトヨタコネクティッドの方から声をかけていただいたんです。当時、トヨタコネクティッドでは、AIを全社展開したい機運が高まっており、AIを理解している人材を入れて推進したいと考えていて、そこで私の発表を見て、適任だと感じてもらえたようです。
ただ、正直に言って、最初はかなり悩みました。というのも、私自身はプロダクトやサービスの開発に携わりたいと考えていて、組織変革より、具体的なものづくりにチャレンジしたい思いが強かったからです。
ただ、よくよく考えた末に、現段階では別のアプローチも有効かもしれないと思うようになりました。 自分が満足できるプロダクトやサービスを作ることも重要ですが、日本により大きなインパクトを与えていくためには、組織を変えて、組織の人々がAIを使えるケイパビリティを身につけるサポートをすることも非常に重要だと考えるに至ったんです。
そうすれば、その人たちが新しい企画を進めて、新しいサービスを作っていく。一見すると遠回りに見えるかもしれませんが、実はそれが最も効果的な方法なのではないかと。また私自身にとっても新しいチャレンジになると思いました。
ただ、完全に探索的なプロダクトやサービス開発の道を諦めたわけではないため、トヨタコネクティッドに週3日勤務の条件でジョインすることで合意をしました。
急ピッチで数十名規模まで増員、トヨタコネクティッドAI統括部の躍進
──トヨタコネクティッドでは、「Executive AI Director」が川村さんのタイトルですが、具体的にどのような役割を担っていらっしゃるのですか。
トヨタコネクティッドは従業員が約1300人いる会社です。事業としてはコネクティッドカー技術に関連するデバイスの開発・接続、トヨタ自動車との連携によるカーナビやインターフェースデザインの開発、ビッグデータを活用したクラウドの設計・管理、ディーラーインテグレーション事業などを行っています。
加えて重要なもので、トヨタのテレマティクスサービスに関するコールセンター業務は、トヨタコネクティッドが担当し、顧客との直接的な接点を担っています。また、トヨタグループの中でも、豊田章男さんが創設をリードして、ご自身で社長も務めていた珍しい会社です。
──10年程前、トヨタ、セールスフォース・ジャパン、日本マイクロソフトという世界のテクノロジーを代表する企業によるジョイントベンチャーがトヨタコネクティッドです。
豊田章男さん とSalesforce創業者のマーク・ベニオフが共同で発表した声明も先鋭的で、当時とても話題になりました。外から眺めると、自動車に組み込むAIエージェントのようなものも開発していそうですが、2023年に川村さんがジョインしたときはどのような状況でしたか。
実態は、想像以上にレガシーでした。私自身からも、包み隠さず皆さんに言いましたが、いわゆる「JTC:(ジャパントラディショナルカンパニー)」という感じです。おっしゃるようなAIエージェントをいきなり開発しようという発想もあまりなく、現場で体力や余力があまり備わっていない状態でした。役員のレベルでは課題意識はありましたが、現場の方々が日々新しいものにチャレンジできるような状態ではないと感じました。
──イメージとは違いました。「Executive AI Director」として、そこからどんな「改革」を進めているのでしょうか。
私たちのチームの役割は、全社的にAIのリテラシーを高め、実務に活かせるようにすることで、具体的には大きく3つのフェーズに分けて取り組んでいます。
(1)全従業員がAIを理解し使えるようになる。
(2)AIを活用した業務の自動化を進める。
(3)サービスや製品にAIを組み込む。
現在は、主に(1)と(2)のフェーズに注力していて、全社的に生成AIのリテラシーを高め、実務に活かせるようなリスキリングのプログラムを内製し、同時にAIを活用した業務自動化のチームも立ち上げました。
(3)のフェーズ、サービスや製品へのAI組み込みについては、現在いくつかのPoCを進めている段階で、現時点ではまだメインの活動にはなっていなく、これからですね。
──組織を変えていく上で、どのような工夫をされていますか。
最も重要なのは、トップの理解と支援を得ることです。私たちの場合、AIを利活用するための実行体制を整え、そこでの考え方をトップから全社に向けて発信してもらえるようになっています。これにより、AIへの取り組みが会社の重要な課題だという認識を、全社で共有することが早期にできています。
次に、全社で必修の研修プログラムを導入しました。その結果、少なくともAIの基礎知識の部分については、全従業員が身につけられるようになりました。
──全社のリスキリングと業務効率化を同時並行で進めるために、どのようなチーム体制を組まれたのでしょうか。
正社員で新しく採用するのは時間がかかりますし、また内部からの異動も難しい状況でした。そこで、ミッションベースのプロフェッショナル集団として、契約社員や業務委託の方々をAI統括部のメンバーとして参画いただきました。昨年から、私自身が登壇する際にも多くの人と名刺交換を続けて、一気に数十人名程度、仲間を増やしています。
内製化にはこだわっていて、具体的には、戦略を立てるユニット、技術を実装するユニット、社内のリスキリング部隊、コミュニティを作る人、BPRのような観点から業務を言語化し棚卸しできる人、コンプライアンスやガイドラインを作る人などが集まっています。
また、AI統括部とメンバーの間にアンバサダーという役割を設けました。現在、約90名のアンバサダーがおり、彼らが各部署でAIの活用リーダーシップを発揮できるようにサポートしています。
──その取り組みの中で、どのような変化が見られましたか。
最近、周りの部署からの声を聞くと、徐々に評判がよくなってきています。「AIを使ってこんなことができました」という嬉しい言葉が届いたり、隣の部長さんが「どうやったらAI統括部にいるようなメンバーを採用できるのですか」と聞いてきたりしています。「AIプロジェクトの空気がいい」と言っていただけるようになってきています。
経営トップ直轄のAI統括部で、AIアンバサダー90名の人件費を社内負担
──トヨタコネクティッドの組織図を見ると、AI統括部のみレポートラインは副社長へのダイレクトで、その他は各部門の上に「本部」が5ユニットあります。経営陣の直轄で、AIによる企業変革を推進する部門を設けてそこにAIのエキスパートを集める。
一方で、既存業務を担う5つの本部からは合計で90名規模のアンバサダーたちがAI利活用を推進する。これはAI活用が課題の日本企業の見本のような体制に感じます。
アンバサダー制度は、普通にやろうとするとかなり難しい壁があります。アンバサダーとしての活動時間をどこから捻出するのか、既存業務とは別の活動工数のようなものを誰がどうカウントして支払うのか、という問題があるのです。
それを解決するために、私たちAI統括部では、アンバサダーの稼働するリソース分を各部門に支払う人件費を予算として持っています。例えば、AIについて2時間働いたらその分だけ各部門からチャージが来て「年間で何十時間」という形で人件費を負担しているのです。
役員からの「AIを推進する」号令の後にアンバサダー制度を提案したので、特に強い反発はなかったです。ただもちろん、既存業務をこなす各部門にとっては問題なので、負荷がない程度の時間に設定していますね。
──大企業では、若くて元気なスタートアップとは異なり、現場のボランタリーな稼働を期待してアンバサダー制度を設計するのは無理がありますよね。
そうですね。アンバサダーの中には手挙げで参加してくれた人もいれば、部署の都合で推薦された人もいます。そういった方々が、きちんと制度にオンボーディングできて成果が出せるよう、アンバサダーをケアするコミュニティマネージャーも設置しています。組織を設計するだけではなく、日々の運営に配慮することも重要です。ここではAI統括部のためではなく、各部署や個人の成果につながることが大切なのです。
AI時代のデザインアプローチを浸透させたい
──川村さんがジョインして1年も立たないうちに、ここまで大きな組織が変革することは、とても画期的です。
正直まだまだ、スタートラインに立ったばかりだと思っています。ただ先日、オープンAIと社内でハッカソンを開催しました。そこで社員が自ら作品を作って発表するなど、積極的な参加が見られるようになりました。こうした変化は、昨年の時点では全くなかったので、本当に驚いています。
こういった変化を目の当たりにすると、本当にやりがいを感じますね。最近は現場の活動を他のメンバーに任せることが多くなっていましたが、やはり自分も現場に出て、こういった変化を直接見ることが大切だと再認識しました。
──川村さん個人としては、今後どのようなチャレンジをしていきたいと考えていますか。
私は「意味のデザイン」や「意味のイノベーション」という概念に基づいた新しいプロダクトを作っていきたいと考えています。
例えば、海外の「Cleo AI」というサービスは、Z世代向けの個人資産管理アプリですが、まるで友達とチャットするようにユーザーとの対話を通じて個人の価値観やライフスタイルに合わせた資産管理を提供しています。これにより、金融行動や意思決定を単なる経済的必要性から、ユーザーの生活全体に根ざした体験へと再定義しています。このような既存の概念を覆すような新しい意味や価値を生み出すサービスに挑戦したいですね。
現在、個人的なプロジェクトとして、認知バイアスを可視化し、それを打ち破るためのツールを開発しています。これは、アイデアの企画段階で自分が持っているバイアスに気づき、それを超えた新しいアイデアを生み出すことを支援するものです。AIを活用して、ユーザーのアイデアを分析し、潜在的なバイアスを指摘したり、新しい視点を提案したりします。
また、「Value Discovery」というプロダクトも開発しています。これは、アイデアからユーザー仮説を逆算して定義する手法を支援するものです。こういったツールを通じて、デザイン思考やイノベーションの手法をより多くの人々に届けたいと考えています。
──最後に、AIの実装に取り組む人たちにアドバイスをお願いします。
AIの実装には、技術的な側面と組織的な側面の両方が重要です。単にAIツールを導入するだけでなく、組織全体のマインドセットを変え、新しい価値を生み出す文化を作ることが必要です。そのためには、リスキリングやアンバサダー制度のような取り組みを通じて、AI時代の価値創造思考を組織に浸透させていくことが重要だと考えています。
また、AIを活用することで、これまで気づかなかった可能性や新しい意味を発見できる可能性があります。そういった「意味のイノベーション」を追求し続けることが、今後のAI時代において非常に重要になってくると信じています。
取材・執筆:池上雄太
撮影:遥南 碧
編集:木村剛士
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