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『企業変革をもたらすDX』~ポストコロナで加速する化学素材企業のDX戦略~

『企業変革をもたらすDX』~ポストコロナで加速する化学素材企業のDX戦略~

日本全体がデジタル化に向けて大きく舵を切り始めましたが、日本の化学・素材企業は道半ばと言えます。今後、化学素材の国内市場は大きな成長が見込めない中で、海外市場での競争は激しさを増してくることが間違いなく、DX推進による経営戦略が求められています。

新型コロナ危機を機に日本の化学・素材企業はDXへの取り組みを加速していますが、研究開発や製造におけるデジタル化は進行しているものの顧客との接点である販売・サービスでは欧米企業と比べて領域や深度で格差が出ています。市場環境が激変する中で、顧客創造の視点でDXを展開し、ビジネスモデルの変革による企業成長が期待されています。

研究開発におけるDXでは、これまでの計算機科学やコンピューターシミュレーションなど演繹的手法に加えて、人工知能(AI)やマテリアルズ・インフォマティクス(MI)などデータ科学の帰納法的手法を組み合わせることで、新規材料を生み出しています。また、生産現場においてはドローンやウエラブルデバイスなどを活用した工場のオペレーションマネジメント、デジタル技術の導入による予兆運転・保全などが挙げられます。

営業・サービスでは、データプラットフォームの導入により顧客情報の管理などで一定の成果を上げています。

ただ、日本の化学・素材企業は業務効率化のためのデジタル化にとどまっているケースが多く、DXの本来の目的であるビジネスモデルの変革に至っていないのが現状です。サプライチェーンにおける多くの化学・素材企業のポジションは、原料入手先の石油精製企業と顧客である部品・部材企業の間に位置するため、製品のコスト削減と安定供給が重視され、デジタル化による業務効率化が中心となっていることが要因の1つとなっています。

化学・素材企業など製造業や小売業、サービス業、農産業など全ての企業に言えますが、ビジネスの目的は顧客の求める価値を創造することであり、DXを推し進めることで「ビジネスモデルの変革」が実現できます。なぜなら、デジタル化によりこれまで蓄積した顧客データを活用できるようになり、顧客にとっての付加価値化を可視化することができ、新たなビジネスモデル創出につながるからです。

例えば、AGCの化学品カンパニーは、2015年からSalesforceを導入し、営業部内で3つの目標を掲げました。第一が業務記録やお客様情報を資産として確実に一元化された形で残すことでした。第二はお客様への対応の迅速化です。営業部門だけでなく、開発や工場の各部門と情報を共有化することで、お客様に対する品質対応や技術支援などのスピードアップを図りました。最後に、こうして蓄積された情報を、いつでもどこでも誰でも使えるようにし、業務の継承や代務などにおいても効率的に利用可能な体制を目指すというもので、現在、営業部門でのSalesforceによる情報の記録、一元化は定着しています。ただ、Salesforceの本当の意義は情報を残すだけでなく、Salesforceにより一元管理している案件情報などから事業の全体感を把握し、PDCAサイクルに活用していくことと考えています。

一方で、近年、問題となっていた品質データ改ざんなどの品質関連の不正についてもDXは問題解決のための有効打になるでしょう。利益や製品納期を重視したゆえに「クレームを受けなければ数値を変えても問題がない」という意識がまん延したことが不正理由の1つとして挙げられていますが、品質データのデジタル管理による「見える化」がデータ偽装の防止につながります。さらに、顧客やサプライヤに化学・素材企業の工場の運転状況や品質管理情報を共有して有機的な連携ができれば、迅速に問題の特定から対応、再発防止まで進めていくことが可能となり、日本の製造業本来の強みである品質重視の企業風土へ回帰することができます。

日本の化学・素材企業が生産する製品は多様であり、異なる顧客や事業またはビジネスプロセスを有する企業体が多く、事業部制やカンパニー制の下でビジネスを展開していますが、情報共有が難しいという点からDXの進展を遅らせる要因の1つとして考えられます。製品や地域などのカテゴリで区分し、予算策定や業務管理などを行う事業部制では、顧客情報を含めた業務データを部内で管理する考えが強く、事業部内においても各営業員が重要な顧客情報は独自管理している風潮が根強く残っていることも聞きます。また、数値管理だけではなく、より広い権限を現場に移譲して効率的な製品やサービスの開発につなげるカンパニー制においてもDX専門組織をコーポレート下に置くケースが多く、トップダウンによるDXの推進が困難になる場合があります。

また、ここ数年化学素材企業にとって最大顧客と言える自動車産業に対して、三菱ケミカルや旭化成、東レなどの化学素材企業は自動車分野の横串組織を立ち上げています。エンジニアリングプラスチックや高機能繊維、電子材料、炭素繊維など企業が持つ複数の自動車関連素材やテクノロジー、人材を融合させた事業戦略を打ち出しています。こうした組織融合にはDXの中核であるデータ活用が必須であり、顧客データ(CRM)とそれ以外の仕入・生産・出荷または会計・人事などのデータを蓄積・可視化することが他社との差別化につながり、新たな顧客獲得を図ることができます。すでに欧米企業はITを活用し、複数事業・地域の顧客情報の統合や標準化を終え、DXの導入で社内ネットワークに社外の協力会社を融合させたビジネスネットワークの構築に取り組んでいます。日本の化学・素材企業のDX推進には複数の事業形態を全社統合するCRMの整備が必要不可欠であると言えます。また、全社的なDXの定着化に向けた経営陣と従業員の考え方のギャップ解消のためには、化学素材企業など「ものづくり企業」の基本である顧客重視を共通認識とした企業像を目指すことが重要であると思われます。 

日本の化学・素材企業は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で基幹事業の石油化学製品の収益性が悪化しており、収益性が安定している液晶・電池関連素材や農薬・医薬などの事業を拡大させるなどの事業ポートフォリオ改革を進めていますが、グローバル競争を勝ち抜くために企業のビジネス、テクノロジー、カルチャーを抜本的に変える時期を迎えています。DXはそうした企業変革を加速させる触媒的な役割を果たしていると言っても過言ではありません。今後のDX推進が企業成長を左右すると言えるでしょう。

寄稿者:化学工業日報

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