デジタルは、全世界に等しく情報を提供し、すべての人々が情報を発信できるプラットフォームです。そのため、デジタルを軸に魅力的なサービスを展開すれば、オフィスを構える物理的な場所がどこであっても、ユーザーはついてきます。このシリーズでは、首都圏に本社を置かないデジタル成長企業を紹介します。第2回目となる今回は、株式会社ネクイノの創業者、石井 健一氏に登場いただきます。ネクイノは、婦人科特化型オンライン診察プラットフォーム「スマルナ」を提供する企業です。
現在の立ち位置:本音で語り合えるユーザーコミュニティ
おかげさまで、スマルナのダウンロード数は43万ダウンロード(2021年1月末時点)を突破しました。オンライン診察を受けて頂いて、最適なピルをお届けするサービスなのですが、最も力を入れているのは「ユーザーとしっかりコミュニケーションを取ること」です。欧州では、15~40歳程度の生物学的女性のうち、約30%がピルを服用しています。対して、日本では18~40歳のわずか3.5~4%。ピルに興味はあるけれど、物理的・心理的な抵抗もあり、なかなか一歩を踏み出せない人が多いのです。
コミュニケーションの課題例を挙げると、例えば医療者は患者さんに薬の副作用について説明するとき、10人のうち1人に副作用の発現率がある場合、そのまま「10人のうち1人に副作用が出ることがあります」と伝えます。これはこれで事実です。一方、ピルに興味のあるユーザーが知りたいのは、「自分が9人になるのか、1人になるのか」もしくは、「自分がその1人に当てはまった場合、自分の生活にどんな影響があるのか」という体験者の声です。スマルナでは、ユーザーの方々が自由にコミュニケーションできるコミュニティを設け、体験を本音で語り合えるようにしています。科学的でない意見は削除して健全化を図っていますから、無料で使えて、信頼できる情報交換の場としても好評をいただいています。
創業に至るまで:患者向け、国民向けのサービスが医師の仕事を楽にする
私は薬学部の出身で、製薬会社を2社経験しました。1社目では北海道の馬産地を担当。仕事の合間に牧場を訪ねて名馬に会うのが楽しみでした。2社目で大阪へ。臓器移植のプロジェクトチームで、やりがいのある仕事をさせてもらいました。関西学院大学のMBAコースで学んだことが転機に。研究テーマを「医師がなぜ忙しいのか」に置いて、論文をまとめたのです。結論は、「医師が、医師でなくてもできる仕事に忙殺されているため」というものでした。
極端なケースになりますが、多くの患者は薬をもらえればそれでいいのです。彼らに、積極的に診察を受けたい、というニーズはあまりありません。これはこれで問題なのですが。一方、本当に診察を必要とする患者もいます。医師が前者に対応している時間を後者に割けるようになれば、世の中はもっと良くなる。医師の仕事を効率化するために本来必要なのは、患者向け、国民向けのサービスではないかと考えるに至りました。
紆余曲折:収益ラインを充たすことの難しさ
2013年に、ネクイノの前身となる企業を設立しました。医療機関向けのコンサルティング事業を柱にまずまず成長はしたのですが、コンサルティングでは一次関数的な成長しか果たせません。2015年8月、厚生労働省の事務連絡により、遠隔医療が事実上解禁されました。ようやくやりたいことができるとネクイノを立ち上げ、この分野に進出。オンライン診察と薬のロジスティクスを組み合わせたサービスとして、投資資金も入れてもらい、スタートは順調でした。
医療には3つのレバーがあると言われています。クオリティ、アクセス、コストの3つで、多くの国では政策的に1つをあきらめるのです。本来、医療DXや遠隔医療はそれぞれの国のあきらめた部分にビジネスチャンスがあるのですが、日本はこれら3つをすべて充たしています。医療品質は高く、病院は全国各地にあり、国民皆保険ですから。そこで、3つのレバーで押しきれない領域に目を向け、コンプレックス、QoL、予防医療にフォーカスしようとサービスの検討を開始しました。
当初からピルを扱ったわけではありませんでした。ピルは有望な市場だと見てはいたのですが、創業メンバーに女性がおらず、確信を持てなかったのです。投資家も男性が多く、周囲にピルを飲んでいる人も居ませんでした。そこで、初期は、EDやAGAなど男性向けのサービスや、インフルエンザの予防薬としてタミフルを提案するなど、さまざまな方向でサービスを展開しました。
しかし、なかなか収益ラインに達しません。中でも大コケしたのが、花粉症です。私を含めてみんなが「花粉症はビジネスになる」と考えて取り組んだのですが、さっぱりでした。タミフルは、たとえば子どもの入学試験前に家族全員で服用するなど、新しい提案をできたのですがビジネスとしてはぱっとせず。EDやAGAは、1度目は購入してくれても、価格競争に巻き込まれてリピーター獲得に苦戦しました。
そんな中でも、ピルの検討は続けました。約200名の対象ユーザー候補に対面でインタビューしたのですが、いま思えば、30代後半のおっさんが、喫茶店でピルについて聞いていたわけで……(苦笑)。しかし、当時は必死でした。結果として市場が有望であることに確信を得られたことと、市場ニーズをよく知るメンバーも加わったことで、ようやくスマルナが生まれることになります。
サービスの現状:徹底的に寄り添い、付加価値を提供する
2019年4月、サービスをスマルナ一本に絞ることを決断しました。スマルナは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)を支えるサービスであり、多くの人々のQoLの向上に貢献することができます。
一方、日本ではピルを初めて使うまでのハードルが、かなり高いことは事実です。そうした人々の不安を少しでも取り除くために、10時~18時に、リアルタイムに相談できるサポート窓口を設置しています。対応するのは、主に薬剤師と助産師です。診察を受ける前に医学的な情報が欲しいと考えているユーザー様は、意外と少ないようなのです。情報より、寄り添いが大切。生理が遅れる不安感から解放される喜びや、生理期間とその前後の辛さを少しでもやわらげることで得られるQoLの向上などをお伝えするとともに、ユーザー様に寄り添い、伴走していくイメージでサポートを続けています。
ユーザーコミュニティでは、親切な経験者が、未経験者と本音で語り合ってくれています。社内では「ピル先輩」と呼んでいるのですが、先輩が後輩を導くように、初めての人に何でも優しく教えてくれます。そんなピル先輩が、何人も居るのです。こうして、スマルナを体験の場に育てることができました。スマルナで処方されるピルは、ほとんどの病院より少し高いはずで、ユーザー様もそれを知っています。それでも、リピート率は高水準を維持しています。親と同居のユーザー様には工夫して配達するなど、きめ細かな施策も行っていて、そうした面も含めて徹底的に寄り添い、十分な付加価値を感じていただくことに力を注いでいます。
近い将来の展望:性の問題は人類全体のテーマ
最近、高等学校との提携を発表しました。従来18~40歳をターゲットにしていたのですが、もう少し範囲を広げられるのではないかと。高校生を対象とすることは、教師や親、そしてパートナーというステークホルダーを含めて、性についてコミュニケーションすることへのチャレンジになります。現在は、婦人科領域における個別オンライン相談の実証実験という位置づけです。しかし、CSRとしての取り組みではなく、将来ビジネスにすることを意識しています。同時に30~40代の妊活に弊社としてどこまでコミットできるのかという検討も始めました。
海外展開も、近く発表できるかもしれません。人々のQoLとしてのピルは日本で成功しましたが、性の問題は人類全体のテーマ。SRHRの領域において、日本で得たノウハウをカスタマイズして提供できると考えています。そして、先ほどお話ししたように、私たちのビジネスは、3つのレバーの欠落と、レバーで押しきれない領域において、直接ユーザー様とメディカルコミュニケーションをすることです。国や地域によって課題はさまざま。それぞれの実情を把握し、最適な課題解決を図っていきます。
IPOも控えています。私たちにとって通過点にすぎませんが、支えてくれている投資家の方々にとっては重要なイベントです。私はのめりこむ性分で、ロードバイクやスキューバダイビング、ゴルフ、競馬、と大好きなものがいろいろあります。そこで、それまでひとつだけ、好きなものを神様に捧げようと、去年の1月から禁酒しています。2025年の大阪・関西万博は「ウェルネス産業振興構想」のマイルストーンとしての位置づけもあり、それまでに実現したいと考えています。そして、楽しくお酒を飲みたいですね。
創業地、大阪:歴史ある“薬の街”がビジネスモデルにマッチする
現在の従業員数は77人(2021年1月末時点)、その70%が関西圏に住んでいます。コロナ前からフルリモート、フルフレックスでしたから、会社の場所はどこでもいいと言えばそうかもしれません。本社が大阪にあるのは、創業メンバーが他校も含むMBAの先輩・後輩だったことと、前職時代からの医師のネットワークがあったことが理由です。
ただ、本社を大阪にして良かったと感じています。大阪は歴史的に薬の街でもあり、これまで行政からさまざまな面でサポートしてもらうことができました。東京の医療DXベンチャーの多くは医療行為そのものをDXしようとしているのに対し、私たちは「薬をもらいにくる患者への対応プロセスをDXして、医師のリソースを効率的に運用する」ことを目指します。大阪の風土は、私たちのビジネスモデルに合うように感じます。これからも、本社を大阪から動かすことはありません。
【語り手】
株式会社ネクイノ
代表取締役社長 石井 健一 氏