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生成AIとリスキリングの最前線

生成AIの普及により、デジタル人材育成の再考が迫られる現在。 リスキリングの第一人者、石原直子氏が考える「AI時代のリスキリング」とは?

※本記事は、セールスフォースの動画シリーズ「 Reskilling for Transformation 」での収録内容を、インタビュー形式で再構成いたしました。

リスキリングの現在地、デジタル人材とAI活用のいま

私は2020年に「リスキリング」という言葉に出会い、この新しい概念を教えていこうと同年4月から研究プロジェクトが始まりました。

当時、2020年5月にGoogle検索でカタカナで入力すると、その検索結果は1400件と、「リスキリング」はかなりマイナーな言葉でした。ググってそれだけということはほとんどないに等しい概念です。

3年経った2023年5月に、検索すると結果は1100万件ほどでした。英語で検索すると3年前は80万件、現在は1100万〜1200万件ほどに。英語と同程度の検索結果になっているということは、日本でもこの「リスキリング」という概念が非常にポピュラーな存在になったといっていいと思います。この3年で「リスキリングが大事だよね」「リスキリングをしなくてはならない」という文脈で言葉が交わされることが増えてきています。

現在、リスキリングに関する多くのトピックが並び、2022年10月には岸田首相が「リスキリングをはじめとする人材育成に5年で1兆円かける」と発言しました。しかし、リスキリングを成功させた企業が増えたかといえば、そうではないと思います。現在の盛り上がりは仕掛ける側だけのものであり、実際にトランスフォーメーションのためにリスキリングをきちんと行なった人や会社はまだ少ない状況ではないのでしょうか。

日本企業からリスキリングに関する相談を受ける際、「学ぶ意欲のない人たちもかなりいるが、どうすればよいのか」「シニアにもリスキリングは必要か」「デジタルに詳しい人とそうでない人、すべての人に効くデジタルリスキリングとは」といったことを聞かれます。初歩的なところで、次の一歩を踏み出せないでいるのです。

どの会社にも、「この製品でどうなりたい」「サービスをもっとこうしたい」といった課題意識があるはずです。現在、その課題意識のほとんどをデジタルで解決することができます。それほどデジタルは強力なツールなのです。

まずやるべきは「何をしたいのか」というビジネス上のテーマをはっきりさせること。これがなければ、それにはどんなツールや手法が必要で、それらを使いこなすスキルを持った人が何人必要か、という具体的なリスキリングのプランに落ちていきません。

リスキリングの主語は会社であり社会

世界的には、2018年頃から「リスキリング」という言葉が注目を集めてきました。欧州や米国では、まず2013年にディープラーニングという技術が広がり、AIがさまざまなことを行なう時代がもうすぐ訪れそうだという流れの中、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが、「雇用の未来(The Future of Employment)」という論文を書き、世界中を震撼させました。

この論文は、米国に存在する職業の46%がこれから10年ほどの間でAIに置き換え可能になるというものです。テクノロジーに人々が職を奪われる「テクノロジカル・アンエンプロイメント(技術的失業)」が起こりそうだと行政、政治家、企業で大きな関心事になったことで、職がなくなっても、新たに生まれた仕事に就けるように人々をリスキルしていかなければならないと、「リスキリング」という言葉が注目を浴びるようになりました。

リスキリングとは、目の前に迫った危機がある中で使われている言葉なのです。私がリスキリングを定義する際、必ず「第一義的には『企業』が従業員をリスキル『させる』という『使役』の言葉として使うべき単語」だと伝えています。

欧州などでも「Reskill People」と使っています。つまり人々、従業員のリスキルをするということで、主語は会社であり国家です。もちろん個人で「Reskilling Myself」はあり得ると思いますが、本来的には何かを成し遂げたいから人々のスキルを変えて対応してもらわなくては、と企業が第一義的なリスキリングの責任者であると強く思っています。

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作業をするだけのホワイトカラーはいらない

生成AIであるChatGPTにより良い仕事をしてもらうための「プロンプトエンジニアリング」や「プロンプトデザイン」という言葉があります。「プロンプト」はわかりづらい英単語ですが、これは「○○が目的のイベントに参加して××についてしゃべるんだけど、話すべき内容を5つ挙げて」という「呪文」です。ひと昔前は、これをプログラム言語で書く必要がありましたが、現在は日本語で指示しても実行してくれるようになりました。

これにより、今後、どのような知的創造活動も、まず生成AIと壁打ちすることができます。ホワイトカラーの仕事は情報を収集、それを分析、検討、その後にいくつか出てくる案や方法の中からどれを使うのかを選ぶ、意思決定するというシーンがあります。そしてその決定に従ってやり抜く。結果に対して責任を負う。こういうサイクルでホワイトカラーの仕事は回っています。

このサイクルにおいて、AIにできないのは、「これをしよう」という意思決定と結果に対して責任を負うこと、そして私たちはいったい何をしたいのだろうかを考えるという最初の仮説設計やゴール設計です。これらが人間の仕事になります。残りの調査、分析、検討、どちらがいいのかメリット・デメリットを考えるといった作業はすべてAIがやってくれるようになります。それほどホワイトカラーの仕事は大きく影響を受けます。

日本企業は雇用を大切にするというベースがあるため、どれだけテクノロジーが進んでも社員のクビは切らないと言ってきましたが、どう考えても不要な人材が出てくるため今後はそれも難しくなります。今、熱心に「作業」に取り組んでいる人がごっそりいらなくなる可能性があるのです。

しかも生成AIはわずか5秒で作業したり、答えを返してくれます。壁打ちを一瞬で5往復することもできます。さらにプロンプトエンジニアリングが上手になると、生成AIに対して「自分で壁打ちしてより良くしなさい」といった命令もできます。

生成AIの登場で、作業をしてくれるだけの人や部下は不要になるでしょう。このままでは「私の仕事はすべてなくなりました」「価値を出していると思っていたものはすべて作業でした」という人が多数出てくると思われます。

リスキリングの成否を分けるもの

リスキリングの種類の1つに「使いこなしのリスキリング」があります。

新たなツールの導入には目的があります。ツールを使うことで、メンバー全員が残業することなく早く帰宅できる、顧客の情報を共有することで全員がいつでも確認ができるなどのメリットがあります。しかしいくらツールを導入したとしても、全員が使わなければ意味がありません。100人のうち1人でも使っていないと、ネットワーク効果により、その効果は99%ではなく、20%程度になってしまいます。

午後4時までにすべてセントラルで集計できるのに、「俺は紙で日報を書く」という人が翌日に提出したら、その人のせいで午後5時には経営陣がその日の売上げと案件の確度の変化を把握できたはずなのに12時間ほど後ろにずれてしまう。誰かが使えないままだったり、「気に入らない」からと使わない状態はツールの価値を棄損してしまいます。

基本的に、誰にとっても「変化」は嫌なことですが、上のような状態を避けるためにも、「使いこなしのリスキリング」は重要です。

SFAやCRMといったツールを導入する際は、すべての従業員に対して「あなたにもメリットがある」という話をしなくてはいけません。仕事が楽になる、良いことがあると感じることで、やってみようと思えるようになるものです。さらに先行している人たちの成功例も積極的に伝えていく必要があります。

経営者のリスキリングといずれ訪れるXデー

経営者のリスキリングもとても大事なことです。

何かを変えたい、もっと良くしたい、もっと売上げを大きくしたいといった目的は経営目標であり、事業目標、ビジネスの目標ですから、すべての経営者が考えているはずです。「デジタルの力で実現できるはずだ」と思うためには、経営者が今、デジタルや生成AIができること、できないことがわかる程度には、技術のことを理解していなければなりません。

経営者の方とお話する際、事例を説明したあとに「あなたの会社のXデーがどんなカタチで訪れるか、想像してみてください」というようにしています。Xデーとは、旅行業界におけるAirbnbやタクシー業界におけるUberのような、思ってもみなかった方法で、まったく違うアプローチで業界全体をディスラプションしていくようなプレイヤーがいきなり現れることです。

Xデーは今後、どの業界にも起こりうるものです。これまでとは全く違う方法で、業界の作法なども完全に無視する形で、それでもお客様に同じ価値を提供できるプレイヤーの登場について、今考えてみる必要があるでしょう。

その一方で、逆に自分たちが他の業界にXデーを仕掛けにいけるもしれないということもあります。これはディスラプションではなく、ポジティブにいえばDXの結果で、今とは違う方法で、今とは違うお客様の今とは違うニーズを取りにいける可能性があります。

このような意識を持つことで、世の中で起きている新たなテクノロジーを使った企業の新たな取り組みに対してもっと敏感になるはずです。また他の国で起こったことが日本でも起こるだろうと考えるようになります。

やりすごすことはできない

生成AIに関する話をSFとして聞くのではなく、私、会社のビジネスはどうなるかと考えながらデジタルに関する情報に接していくことで「使えるかもしれない」「まずい気がしてきた」と思えるようになります。

生成AIが広く使われるようになっても、自分たちの業界はなんとかなるのではないか、自分が現役の間はなんとかなるのではないかと考えている経営層、従業員の方も大勢もいますが、おそらくそうはなりません。生成AIはすごい勢いで進化しています。

2022年11月にChatGPTがリリースされ、その後にいろいろなことが始まりましたが、ChatGPTを使って可能になったものはたくさん存在します。これはOpenAIによる開発だけでなく、世の中のテクノロジー好きが日々、新たな使い方を発見しては、それをX(旧Twitter)などで共有しているからです。1年後に生成AIがどこまで進化しているかさえ、まったく予想できません。

AI時代のリスキリングの4つのステップ

どうやってリスキリングを進めていけばいいのか、多くの会社が悩んでいます。

リスキリングを実践する組織に転換するためには、

  1. スキルの現在地を可視化する
  2. 適切な学びコンテンツを選定する
  3. 学びの継続をサポートする
  4. 実践する場を準備する

という4つのステップがあります。

1. スキルの現在地を可視化する

「これをしたい」「これを実現したい」「それをするには、どうやらこのスキルが必要だ」という意味での必要なスキルも可視化が必要です。

自分たちがやりたいことのために、どんなスキルのどのレベルの人が何人必要かがわからないのであれば、コンサルタントやコンサルティングファームに相談すればいいでしょう。

2. 適切な学びコンテンツを選定する

次に学習コンテンツをつくっていかなければなりません。マナビDXやUdemy、Courseraといった学びのコンテンツが現在、すごい勢いで充実してきています。その中からどれであれば社員が理解できそうかを考え、学びコンテンツを整備する必要があります。

3. 学びの継続をサポートする

実際に学んでいく際、多くの人がeラーニングだと挫折することが多いものです。学びを1人で完結させるのはとても難しいことなので、学びの継続をサポートが必要です。

4. 実践する場を準備する

最後は現場で使うことです。「あなたの業務の中で、学んだものを使って変えられそうなものはなんですか?」というテーマで、社内でレポートを出してもらうのもいいでしょう。

生成AIに限ると、エクサウィザーズでは、私自身に対しても「自分の業務を生成AIを使って効率化できるという視点で実際に生成AIを使ってみてほしい」「お客様の課題で何か解決したいものを挙げて、それらの解決方法について生成AIと対話してほしい」という宿題が出ました。

ChatGPT、生成AIとは対話を続けるべきです。「そうではなく、もっとこうしてくれる?」「その観点よりも、こちらの観点を優先的に解決してくれる?」といった感じで部下とPDCAを回すのと同じように、生成AIともPDCAを回していくべきだと思います。対話を続けることで、できることが増えていきますし、指示の仕方も変わっていきます。

仕事の現場で「使える気がする」というところまで一気呵成に持っていかなければ、生成AIの活用は進まないのではないかと思います。

AIについて気軽に学ぼう!6つの学習コースをご紹介

生成AIの登場は、たちまち人々の関心を集め、さまざまな用途が取りざたされています。Salesforceの無料オンライン学習プラットフォームであるTrailheadでAIについて学び、必要なスキルを習得するためのコンテンツを紹介します!

企業のリスキリングは誰が主導すべき?

リスキリングを進めるためには、CHRO(最高人事責任者)の立場の方に頑張っていただく必要がありますが、その一方でデジタルで会社を変えていく役割はCDO(最高デジタル責任者)が担っていることが多いものです。

大事なのは、CDOとCHROの対話です。「デジタルでこれができるようになりたい」というCDOの考えと、人材のレベルを把握をしているCHROが持つ情報を擦り合わせる必要があります。

ビジネスの現場で何が不足しているのか、何がネックになって変革が進んでいないのか、そうしたことはCHROに伝わりにくいこともありますが、そういうことも含めて協調、協力していこうという動きを経営層で進めていかなければなりません。リスキリングにおいても、CXOの方々が、自分たちがワンチームと思えているかどうかは非常に大事なことです。

最初の一歩

まず、パソコンやスマートフォンなどでChatGPTのページにアクセスして、なんらかの生成AIと30分でも対話してみましょう。自分の質問に対して想定していない答えが返ってくるのであれば、「そうではなくこうだ」とプロンプトを何度も入れ直してみることで、「ここまで答えてくれるのか」という体験をすることができるはずです。

プロフィール

石原直子 (Naoko Ishihara)

株式会社エクサウィザーズ はたらくAI&DX研究所 所長

銀行、コンサルティング会社を経て2001年からリクルートワークス研究所に参画。人材マネジメント領域の研究に従事し、2015年から2020年まで機関誌『Works』編集長、2017年から2022年まで人事研究センター長を務めた。2022年4月、株式会社エクサウィザーズに転じ、はたらくAI&DX研究所所長に就任。専門はタレントマネジメント、ダイバーシティマネジメント、日本型雇用システム、組織変革など。著書に『女性が活躍する会社』(大久保幸夫氏との共著、日経文庫)がある。近年は、デジタル変革に必要なリスキリングの研究などに注力する。

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