気候変動は、今や一刻を争う問題です。人類にとっても、地球にとってもより良い未来を創ろうとするのであれば、チェンジメーカーが意識を同じくし、協調して問題に取り組む必要があります。世界経済フォーラムでもこうした姿勢について議論が交わされ、1t.orgイニシアチブの立ち上げが発表されました。
このイニシアチブが掲げる目標は、大胆でありながらも、きわめてシンプルです。それは、2030年までに合計1兆本の木を保全し、再生し、植樹することによって、地球温暖化のスピードを抑制し、生物の多様性を促進して、地球の生態系を一部回復させるという目標です。1t.orgは、ステークホルダーが力を結集して協力するためのプラットフォームを構築し、大規模な森林再生を組織的に推進して、現場で活動する起業家やNGOを支援するというビジョンを掲げています。
セールスフォース・ドットコムは、2つの方法で1t.orgをサポートします。1つはテクノロジーの提供です。世界経済フォーラムのために新しいデジタルプラットフォーム「UpLink」を構築します。このプラットフォームは、あらゆる規模のステークホルダーが協力して、気候変動対策など国連の持続可能な開発目標(SDGs)を達成できるよう支援します。もう1つは、1t.orgのミッションに賛同し、今後10年で1億本の樹木の保全と再生に協力するというものです。
セールスフォース・ドットコムは森林再生の規模と科学的根拠を理解するため、生態系生態学を専門とするThomas Crowther教授にお話を伺いました。1兆本という目標は、チューリッヒ工科大学にあるCrowther教授の研究チームが発表した論文をもとに設定されています。
1兆本という想像も及ばない数は、どのように導き出されたのでしょうか?
出発点となったのは、農業革命の前には地球上に約6兆本の木があったという研究結果です。現在は、約27億ヘクタールの陸地に約3兆本の樹木が生えていると推測しています。私たちは、本来であれば樹木があるはずの場所を評価する地図を作成しました。この地図から、現状よりはるかに多くの樹木が生える余地があるとわかります。もちろん、農地や市街地に木を植えることはできません。こういった地域を除外すると、残りは約9億ヘクタールになります。つまり、現在3兆本の樹木が覆っている27億ヘクタールの3分の1の面積です。
植林というより、樹木が自然に増えていけるようにすることが重要であると主張されていますね。
そのとおりです。植樹によって人々が関与することはすばらしいのですが、多くの森林は自然にできたものです。自然の力を活かすことができれば、植樹よりもはるかに速く森が再生します。1兆本の木を植えるとなれば、全人口を総動員しても気の遠くなるような時間がかかります。しかし、1兆本の木を復元することは可能です。とはいえ、「1兆本の木」は、生態系の回復を象徴する言葉でもあります。もともと1ヘクタールに木が1本だけ生えていたのであれば、その状態に回復すべきなのです。森林であった場所ならば、その森林の再生を目指します。木が生えていなかったのなら、その状態に戻すべきなのです。木は、いわば、生態系回復の象徴にすぎないのです。
どのようにして森林の再生を促進するのでしょうか?
多くの場合、森林破壊は人間が土壌を劣化させてしまうことが原因で起こります。これは、生態系に水を取り入れるか、炭素を投入して土壌を改良することにより解決できます。ですから、土壌に堆肥や液体肥料を加えれば、自然に再生を促すことができます。あるいは家畜の管理方法を変え、放牧にもメリットがあるような方法で生態系を再生することも可能です。地域によってさまざまな再生方法が数多く存在します。
森林再生は、それだけで気候変動を抑制できるわけではなく、パズルの1ピースにすぎないとおっしゃっていますが、実際どのようなインパクトがあるのでしょうか?
気候変動に対処するには、CO2の排出量削減と大気中のCO2濃度の低減という2つの取り組みを実施しなければなりません。その方法は多数ありますが、そのすべてを組み合わせて行う必要があります。CO2濃度の低減については、いまのところ森林による効果が最も大きいのです。地球上のどこででも森林に冷却効果があるというわけではありません。寒冷地では、森林が周囲の温度を高めていることも多いのです。しかし地球規模で見れば、森林によって気温の上昇が抑制されています。森林には地球全体のCO2濃度を下げるという効果があり、気候変動に大きな影響を与えることができます。
1兆本という目標を達成するには、自然による森林再生を促進する以外に何が必要でしょうか?
最初のステップは森林破壊を止めることです。現在は破壊が再生を上回っています。まずは今あるものを維持することが基本です。昔からある森林には多くのCO2が蓄積され、生物の多様性も維持されています。各国政府への働きかけにより、森林破壊を食い止めることができるでしょう。次のステップは、企業や人々が資金を出し合って、大規模な取り組みを進めることです。この動きはすでに始まっています。おそらくまだ道のりの1%ほどではありますが、この6か月で集まった賛同の声は大きな希望をもたらしてくれました。しかし、ここで障害になるのは、キャパシティビルディング(気候変動に対処するための能力や体制をつくること)の難しさです。多くの人々に、健全な森林を再生する方法を知ってもらう必要があります。これには、企業の協力が大きな力になります。世界中にまたがるインフラストラクチャを構築してきた大企業なら、どのようにキャパシティビルディングを進めればいいかという方法を知っているからです。
企業にはどのようなアクションが求められるでしょうか?
今、世界中の企業が森林に投資しようとしています。しかし、本当に投資が必要なのはキャパシティビルディングのためであることを訴えても、企業からは「ステークホルダーは木を植えたいと言っている」という答えが返ってきます。企業が環境保護を謳うのであれば、技術的な基盤を構築し、森林再生活動を可能にすることこそ実践なのです。「当社はカーボンオフセットによって環境問題に貢献しています」といったうわべだけの環境保全ではありません。私たちが必要としているのは、変化を可能にし、テクノロジーを提供し、人々の力を結集し、政策に影響を及ぼすことができる企業です。すばらしいことに、多くの企業がすでにそのような活動を始めています。
最近の気候変動対策キャンペーンには、2018年に国連の委託で作成された報告書がが引用されています。2030年までに平均気温の上昇を摂氏1.5度までに抑えることができなければ、取り返しのつかないことになるという警告です。こうした切迫感は、森林再生の取り組みにも影響していますか?
はい。とても大きな反響があります。世界中の人々から、寄付や活動への参加を希望するメールが信じられないほど届いています。人々は実際に動いています。森林再生に関して言えば、1兆本という目標設定が効果を発揮すると確信しています。具体的な数値目標がなければ、行動に移すことはできないからです。とてつもなく大きな目標であっても、具体的であれば「達成に向けて、できるだけのことをやろう」と思えます。何かに貢献していると実感できるでしょう。さらに、環境問題を意識して木を植えることで、気候変動には直接関係ないかもしれませんが、リサイクルを心がけるようにもなります。実際に体を動かして自然と触れ合うようになると、マインドセットが変化します。すばらしいことだと思います。