企業の課題を解決するためのアプローチとして、「デザイン思考」が注目されています。デザイン思考とは何か。なぜ、今注目されているのか。「デザイン思考のスタートと、企業革新の促進について」と題したセッションで、セールスフォース・ドットコム デジタルトランスフォーメーション&イノベーション本部 常務執行役員のエロン・スナンドーが解説しました。
すべての企業が共通して抱える5つの課題
デザイン思考は、真新しいものではありません。スタンフォード大学の取り組みやIDEOなどの企業を通じて広く知られるようになりました。Salesforceでも、5年以上前からデザイン思考のフレームワークを使って、顧客とともに、アイデアの実現や課題解決に取り組むIgnite(イグナイト)チームを発足させています。 データの時代といわれる今、なぜデザインというものが重要視されているのでしょうか。ここでスナンドーは1枚の写真を示しました。歩道と、その脇の芝生を歩く人の写真です。この歩行者は、制作者の意図(デザイン)に反して、近道だからと歩道を外れて芝生の上を歩いているのです。 「ウェブサイトへ行ったが、目的のものを探すのが難しい。商品を買ったが、使いづらい。ある商品を使うために、別の商品が必要で嫌になる。これは、ユーザーエクスペリエンスとデザインにずれが生じているということです。顧客中心の時代に、あらためてデザインに注目する理由はそこにあります。そして私は、さまざまな業界や業種の人と話をして、皆様が同じ課題を抱えていることに気づきました」。 スナンドーは共通する課題として、次の5つを示しました。
- デジタルによってビジネスを推進したい
- 固有のカスタマーエクスペリエンスを提供して差別化したい
- 社内のサイロをなくしてデータを統合したい、正しいチームを正しい人材で作りたい
- 社内でイノベーションの文化を推進したい
- 従業員の能力を育成し、高めたい
この5つの課題解決に、デザイン思考が役に立つというわけです。
「人間」に注目することから始まる
スナンドーは、デザイン思考の定義を、「人間の洞察にもとづいて、イノベーション戦略を適用すること」と説明しました。 たとえば、典型的なソリューションの開発では、「収益になるか」というビジネス視点と、「実現可能か」という技術視点から考えます。デザイン思考では、この2つに人間的要素を加えます。「ユーザー」ではなく、「人間」であるところがポイントだとスナンドーは言います。 「なぜ、『人間』という言葉を使うのか。製品やサービスが、人間の感覚にどのように訴えかけるのか。それらを考えないと、理想的で差別化できるエクスペリエンスは生み出せないからです」。 さらに、デザイン思考は、「拡散」と「集中」を繰り返す反復的なプロセスでもあると言います。 「現状を打破し、選択肢を絞り込む。課題に集中する。デザイン思考とは、問題を異なる方法で理解して解決し、解決方法を構想することです。科学者のアルベルト・アインシュタインは、問題解決に1時間与えられたなら、55分間は問いについて考え、最後の5分間で解決方法を考えると言ったそうです。これはまさに、デザイン思考のアプローチと言えます」。
アップルが示した「ログイン問題」の答え
デザイン思考のプロセスを、スナンドーは、「顧客がアカウントにログインできるようにするためには」という課題を例に説明しました。 典型的な解答としては、ユーザー名とパスワードを使ったログイン機能を提供することです。しかし、この課題をデザイン思考のプロセスで、もう少し時間をかけて分析してみます。
- 何が重要か?
- 考えられる価値源泉は?
- すでに存在するものは何か?
- 誰のためか?
- いつ使用されるのか?
従来からあるユーザー名とパスワードによるログイン方式では、ユーザーがパスワードを覚えておく必要があったり、生成ルールや変更ルールなどの制約があります。目的は実現できるが、決してユーザーにとって最善の案とは言えません。また、人はパスワードを忘れてしまうという別の問題も生じます。この課題の解決例としてスナンドーは、アップルのiPhoneを例にあげました。 「アップルは、iPhoneに指紋認証機能(Touch ID)を付けて解決しました。ユーザーはパスワードを覚えておく必要がなく、自然なフィーリングでログインできて、セキュリティ的にも安全です。人間への洞察で、それをプロセスに反映した好例と言えるでしょう」。
Salesforceによるデザイン思考6つの原則
続いてスナンドーは、Salesforceにおけるデザイン思考6つの原則を紹介しました。
- 確認と体験――意見ではなく、実体験から得た共感、インサイト、理解を醸成する
- 構造と概略図――漠然とした問題を体系的に捉えて視覚化し、解決を図る能力
- 質問と再構成――前向きな提案により新たな可能性を見つけ出して切り開く
- 創造とモデル化――関連するアイデアを考案し、具体的な形にして共有、テストしてひらめきを得る
- テストと構想――アイデアを繰り返し学習して洗練させ、ソリューションを向上させる
- ピッチとコミット――意見交換と共有を何度も重ねて作業を前に進め、意見を収集する
これら6つの原則において、特に1つ目の「確認と体験」は重要なプロセスだとスナンドーは言います。 「たとえばコールセンターを企画するとします。その場合、コールセンターで、トップオペレーターとワーストオペレーターと数週間話します。彼や彼女の感情を知り、実際の業務の様子、お客様からの難しい問い合わせに対して、どのように応対しているのか、指がどのように動いているのかまで観察します。また、営業に関する企画であれば、一緒に取引先を訪問したり、自動車で移動してみます。現場のお客様が、どのような環境にあるのか。それを確認し、体験することが、デザイン思考には必要です」。 企業の中でデザイン思考を実践するには、組織や上下関係を越えた取り組みが必要になります。そのためには、課題について関係者全員がチームの一員として一緒に考えること。平等とダイバーシティが実現されている必要があります。 さらに、デザイン思考のアプローチにおいて、アイデアをプロトタイプとして形にして共有し、テストやフィードバックを重ねていくことも重要だと言います。 「日本の文化では、完璧であることが重要視されます。しかし、最初からそれを目指すことは難しいものです。デザイン思考では、失敗を恐れず、改善を繰り返していきます。これは、お客様の新しいニーズに対応していくということです」。
スナンドーは、「これらの原則を、今すぐ皆様の組織の中で使ってみてほしい。スペシャリストによって構成されるIgniteチームは、日本にもあります。ぜひ、私たちSalesforceにお話しいただき、デザイン思考の議論を始めてください。そして、Igniteチームを呼んで、皆様が抱える複雑な問題にかかわらせてください」と最後にIgniteチームを紹介し、講演を締めくくりました。