トヨタ自動車株式会社は、「Mobility for All~すべての人に移動の自由と楽しさを」をメッセージに未来のモビリティ社会をつくるというビジョンを掲げ、プロセス改革およびデータ活用を推進しています。こうした新しい方向性を打ち出した背景の1つにあるのが、国内販売における危機意識です。より地域に根ざした新しいモビリティサービスが提供可能な販売ネットワークへの変革が求められる中、現状のプロセスを維持するだけでは販売スタッフのお客さまニーズの理解や作業効率の問題が発生することは明らかでした。
そのため同社は、世の中の変化スピード、CASE(コネクティッド、自動化、シェアリング、電動化)の進展による市場や時代変化の加速への対応として、すべての販売店で全車種販売を実施する予定を前倒しするなどの施策を発表しました。現在の販売数を維持するために、販売スタッフの働き方や作業効率の向上を支援する取り組みを通じた効率的な労働時間の活用、そしてお客さまニーズを効率的かつ効果的に把握するビジネスプロセスの整備は不可欠であり、データを使ったビジネスを拡大し、データを中核に据えたビジネスモデルを実装するという方向性を打ち出しながら、しっかりと脚元も固めているのです。
そして、データは営業体制の整備にも欠かせない存在です。同社は販売店向けのシステムを、Salesforceを使って再構築することに成功しました。Salesforce World Tour 2019において、トヨタ自動車 コーポレートIT部 販売マーケティング室 室長 度会 裕志氏と、株式会社トヨタシステムズ 販売店システム部 次期i-Crop-JG 主任 服部 淳氏がこのプロジェクトの詳細を語ってくれましたので、このブログで紹介させてください。
トヨタ自動車が営業支援システムで目指した姿
今回のプロジェクトは、「販売店向け営業支援システム」の刷新。基幹業務システムと連携しながら営業のフロント業務を最適化します。入庫誘致、代替提案、契約更新など、販売店が行うお客様向け一連の活動を支援すると共に、お客様情報をデータとして蓄積。それを最大限に活用することで、計画立案や進捗報告、分析集計に役立てることが目標です。2016年にスタートした大きなプロジェクトでした。
トヨタ自動車は、この新しいシステムを稼働させることで、以下の3つの課題を解決することを目指しました。
1.デジタルな顧客理解
お客様の行動様式は、以前に比べると大きく変化しています。スマートフォンやSNSを使ったコミュニケーションの割合が高くなり、営業スタッフと対面で接するコミュニケーションは減っています。従来型のアポ取りから訪問、商談、契約という流れをデジタルに置き換え、リアルに接触しなくてもお客様の生活や人となりをつかめるようなコミュニケーションが求められます。
2.間接業務のデジタル化
少子高齢化による人手不足や働き方改革による労働時間減少により、優れた営業スタッフに限られた時間でこれまでどおりのアウトプットを出せるビジネスプロセスを実装する必要が出てきました。スケジューリングや実績共有、入庫などの各種手続きは可能な限りデジタル化し、営業スタッフの工数をお客様対面に代表される高付加価値な業務により多く割けるようにする必要があります。
3.販売店の裁量範囲を維持
トヨタ自動車販売店の96%は地場独立資本として運営しています。それぞれの販売店は個性のある自主独立の組織であり、その地域のお客様に最適化した営業スタイルで業務を続けてきました。システムを開発し、現場に使ってもらう側であるトヨタ自動車は、その価値を認めており、今後も各営業店に地域のお客様に寄り添える営業を続けてほしいと考えています。新システムは、各社に共通する部分を固めながら、販売店独自のニーズをオプションとして利用できる仕様にする必要があります。
販売店により良く利用してもらうために
実は、これまでのシステムは、決して高い利用率ではありませんでした。各販売店のニーズを充たすために最小公倍数型でシステムを作れば、膨大な時間とコストがかかります。一方、最大公約数型でシステムを作ったとしても、改善要望が噴出してしまうでしょう。かつてのシステムは、標準とオプションの考え方を備えておらず、ワンパッケージとして提供されていたため、A社にとって余分な機能がB社にとって不可欠であるなどの問題があり、データを一律に蓄積することが難しかったのです。
システム面で気を配ったのは、上記課題の1と2を充たしながら、3の販売店の裁量範囲を重視し、「販売店の業務を支援するシステム」として柔軟性と拡張性確保することでした。そのため、トヨタ自動車側ですべての機能を提供しようという考え方は捨てました。機能を絞り込むことで標準機能を最小限に止め、Salesforceの柔軟性を活かして独自にカスタマイズしてもらうことにしたのです。
移行には困難をともないました。旧営業支援システムは500万ステップ、連携先の基幹システムは3000万ステップという大規模システムで、高頻度にデータ連携が行われています。長く使われてきたために、膨大で論理構造も複雑です。同期にあたっても、たとえば車両情報オブジェクト1つに対して約30個のデータベースと整合性を取る必要があるなど、極めて複雑な処理が行われていました。
こうした困難を乗り越え、段階的にSalesforceのクラウド環境と基幹システムを同期できるようにし、プロトタイプ版を開発。2017年に全国275社のうち7社で先行導入しましたが、品質確保に苦戦することになります。不具合も発生し、安定稼働までに5か月の期間を要しました。
Salesforce Lightningを採用し、再開発へ
このプロジェクトの興味深いところは、ここからです。多くの場合、安定稼働すればそれをそのままロールアウトしてしまうものですが、同社は厳しい決断を下します。安定稼働したと言っても、システム制約的にこれ以上の改善が困難だと判断。全販売店への導入計画を仕切り直し、システムアーキテクチャから抜本的に見直すことを決めました。
“見直し版”では、Salesforce Lightningを採用しました。実開発期間約6か月という超短期にもかかわらず、見事にロールアウトに成功。稼働後1か月での安定稼働を実現しました。プロジェクトではバックエンドの仕組みを見直しただけでなく、販売店側の要件と標準機能のバランスも見直しました。初期版では標準とオプションという2段構えでしたが、販売店のこだわりをトヨタ側ビジネス部門と共に “こだわりの強さ”別に標準、標準化、個別と3段構えに変更。個別以外の機能については要件確認を実施せず、共通的な仕様と将来性をビジネス部門と一体となって販売店に説明することで理解してもらう方針としました。
この標準機能の切り分け変更には、副次的な効果もありました。開発方針の意思決定におけるリードタイムを圧縮するだけでなく、ビジネス部門と共に販売店に丁寧に説明を繰り返したことで、信頼感を醸成することができ、プロジェクトへの高いコミットメントを獲得することができたのです。
システムが稼働したことで、これからは、各販売店によるさらなるSalesforce活用を支援していくフェーズに入ります。目玉になるのは、「AppExchange for T」と呼ばれる取り組みです。販売店は、標準機能としてあらかじめ用意されたものを利用しますが、独自のニーズがあれば、システムをより良く使うためにオプションを開発できる設計になっています。そして、Salesforceと連携できる認定アプリケーションは、AppExchangeに大量に用意されています。AppExchange for Tでは、それらの中から新営業支援システムと連携しても基幹システムとのデータ連携などに影響がないことを確認し、販売店向けコミュニティサイトで紹介することになります。
度会氏と服部氏は今回の講演で、プロジェクトについて「DX(デジタルトランスフォーメーション)の基盤が完成した」と総括し、この基盤のうえで引き続きリファクタリングなどを通じたシステム改善を継続しつつ、将来Salesforce Einsteinを活用し、AI予測なども業務に取り入れていく構想を明かしてくれました。
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