※本記事は2024年7月24日に米国で公開されたHow Salesforce Is Balancing AI Innovation with Environmental Responsibilityの抄訳です。本記事の正式言語は英語であり、その内容および解釈については英語が優先されます。
最近のSalesforceの調査によると、サステナビリティ専門家の65%は、AIがもたらす利点の大きさとその活用に伴って生じる環境負荷のバランスを取る必要があると考えていることが明らかになりました。たとえば、何の配慮もなくテクノロジーが開発され利用されると、エネルギー使用量の急増につながり、その結果、二酸化炭素排出量が増加して気候危機の悪化を招きかねません。
一方で、同じ調査回答者は、AIをサステナビリティの取り組みに活用することについて前向きな見解を示しています。AIを活用すれば複雑なデータセットを短時間で分析できるようになり、エネルギー消費量の削減や、海洋環境への脅威に対処するタスクをこなすことでサステナブルな取り組みに携わる人材の労働力を強化します。
しかし、サステナブルな取り組みに従事する専門家のうち、AIを通常業務で活用していると答えた人はわずか20%に過ぎません。大半は、この強力なテクノロジーをどのように利用すれば良いか分からないと回答しています。深刻な気候危機が迫っている今、私たちに待つ時間はありません。本稿では、Salesforceの排出量削減担当シニアマネージャー、ボリス・ガマザイチコフ(Boris Gamazaychikov)に、SalesforceがAIの課題と解決策の絶妙なバランスをどのように保っているのか、また、手遅れになる前にどのように彼のチームがAIを活用してサステナビリティへの取り組みを前進させているかについて聞きました。
Q. テクノロジーの進歩に伴い、AIの利用が急速に拡大していますが、適切に管理されないことによってAIが地球環境に多大な影響をもたらす可能性に多くの人は気づいていません。一部の気候変動の専門家がAIの成長を懸念している理由を教えてください。
AIの普及をきっかけに、電力需要は増加しています。大規模なAIモデルのトレーニング、特に大規模言語モデル(LLM)のトレーニングには、膨大な量のエネルギーが必要になるからです。たとえば、GPT-3のようなLLMのトレーニングには、130世帯が1年間に使用する電力と同じ量の電力が消費される可能性があります。トレーニング後のAIモデルの実行にも電力が必要となり、特にモデルが大規模に利用される場合は、初期のトレーニングよりも多くの電力を消費する可能性があります。
AIは、主に世界中のクラウドデータセンターで実行されますが、その専用ハードウェアは膨大な演算リソースを必要とするため、大量の電力と水が消費されることになります。データセンターを稼働させるために必要な電力は、世界の多くの地域で石炭や天然ガスなどの化石燃料によって供給されているため、多くの場合、二酸化炭素の排出につながります。Salesforceをはじめとする企業は、これらのIT資産の電力源に太陽光や風力などの再生可能エネルギーの使用を奨励し、場合によっては義務付けていますが、AIの利用が急速に拡大すると、これらの資源の需要が現在の供給量を超える事態に陥ります。
Q. SalesforceではどのようにAIソリューションのサステナビリティを高めているのですか。
業界では、次世代のAIを実現するために、今よりも大規模なモデルの開発競争が繰り広げられています。しかし、現実にはこれらのモデルには膨大な量の電力が必要であり、エンタープライズのニーズに対し、必ずしも最大・最強のモデルが必要というわけではありません。それは、食料品の買い出しや、たった1人を送迎するために大型トラックを出動させるようなものです。そこで、Salesforceの AI リサーチチームでは、CRMアプリ向けの効率的なタスクおよびドメイン固有のモデルを開発し、特定のタスクを実行するために必要なエネルギーと演算リソースを大幅に削減しています。
その一例が、チームが開発した世界初のCRM向けLLMの「xGen」です。xGenは通話サマリーを生成することで、状況に応じた関連性の高いインサイトやレコメンデーションを営業担当者に提供し、生産性と営業効果を高めます。
これらはCRMのユースケースに特化しているため、電力使用量を抑えることができます。また、関連データに基づいてトレーニングされているため、不正確な結果が出力される可能性が低くなるというメリットもあります。xGenはコンパクトなサイズなので、トレーニングで発生する排出量が他の多くのモデルより大幅に削減され、電力効率が高いのが特長です。
小規模なドメイン固有のモデルを選択することが大きな違いを生む一方で、「低炭素のデータセンター」を選択することも、環境負荷の削減に役立ちます。実は、データセンターの二酸化炭素排出量は、データセンターの電力供給に使用される化石燃料の量によって大幅に異なります。
AIモデルの使用による排出量を削減するために、Salesforceは世界平均よりも68.8%少ない二酸化炭素排出量の電力で稼働する「低炭素のデータセンター」でモデルのトレーニングを行いました。その結果、炭素強度が世界平均のデータセンターでトレーニングした場合と比較して、二酸化炭素換算トン(tCO2e)で105トン削減されました。
Q. Salesforceは、サステナビリティの取り組みを加速させるためにAIをどのように活用していますか。
Salesforceのデータセンターインフラストラクチャチームは、AIを活用して顧客の利用パターンを予測し、必要なサーバ量を自動的に調整しています。つまり、データセンターインフラストラクチャの使用方法を需要に合わせることができるため、電力の浪費を避けられます。この自動化によって、時間が節約され、二酸化炭素排出量の削減を達成し、当社の製品は顧客のためにスムーズに稼働できます。
この自動化によって、時間が節約され、二酸化炭素排出量の削減を達成し、当社の製品を顧客の現場でスムーズに稼働させることができます
Salesforce 排出量削減担当シニアマネージャー、ボリス・ガマザイチコフ(Boris Gamazaychikov)
さらに、サプライチェーン、出張、データセンターインフラストラクチャ、不動産などから得られる数百万のデータポイントをAIで分析することで、当社の二酸化炭素排出量の予測精度の高度化にも役立っています。こうしたインサイトは、排出量を削減し、より適切でスマートな意思決定を行うのに役立っています。また、まもなくNet Zero Cloudを介して、顧客にも同じ機能を提供できるようになります*。また、SalesforceではAIを活用して、顧客先でのSalesforce導入の効率向上も支援しています。Salesforceの優れたカスタマイズ性を活かし、ユーザーは具体的な利用例に応じて細かく調整できます。Salesforceでは、CodeGenという自社開発したLLMを使用してコードベースを分析し、Scale CenterのApex Guru機能を通じて効率向上を自動的に提案しています。最新バージョンのCodeGen 2.5は、マルチエポックトレーニング(訓練データセット全体を複数回繰り返して学習させる方法)とフラッシュアテンション(高速かつメモリ効率に優れたIOを意識した正確なアテンション)により最適に効率化されており、大規模モデルの半分以下のサイズで大規模モデルと同等の性能を発揮します。
Q. SalesforceはAIの取り組みによるサステナビリティへの影響を測定するために、どのような指標やKPIを使っていますか。
1つ目の重要なKPIは、AIモデルのトレーニングに関するものです。モデルのエネルギー消費量と二酸化炭素排出量を両方とも評価し、その数値が主要な指標として開示されます。トレーニングはモデルごとに1回のみ行われるため、その指標は継続的に収集されたデータではなく、一回の数値になります。2つ目に重要な数値は、継続的な効率性です。つまり、モデルが継続的に動作している時の電力消費量と二酸化炭素排出量です。これは基本的に、長期間の運用に伴い排出される二酸化炭素排出量を示すもので、自動車の燃費(1リットル当たりの走行距離)によく似ています。Salesforceはこの指標を標準化し、省エネにおけるEnergy Starのような標準的なAIモデル向け評価システムの確立するために、Hugging Faceや他のAIリーダーに投資し、協力してきました。これは、AIユーザーがサステナブルな意思決定を行うのに役立ちます。
Q. 気候変動対策への貢献以外に、AIをサステナビリティの効果的なツールとして活用するために企業はどのような行動ができますか。
今こそ行動を起こす時です。20年後にこの時代を振り返ったとき、AIが正しい方向に進化したと感じたいものです。そのために、Salesforceは最近、サステナブルなAI ポリシー原則を公開しました。これは、環境への負荷を最小限に抑え、気候変動対策のイノベーションを促進するためにAI規制を導くことを目的とした枠組みです。
あなたの会社がAIを使用している場合は、まず質問することから始めてください。AIプロバイダーにサステナビリティ、モデルの詳細、効率評価について質問してみてください。サステナブルなAIがあなたとあなたの組織にとって優先事項であることを明確にしてください。良いことを行うために声を上げましょう
Salesforce 排出量削減担当シニアマネージャー、ボリス・ガマザイチコフ(Boris Gamazaychikov)
誰もがこの瞬間に貢献できます。あなたの会社がAIを使用している場合は、まず質問することから始めてください。AIプロバイダーにサステナビリティ、モデルの詳細、効率評価について質問してみてください。サステナブルなAIがあなたとあなたの組織にとって優先事項であることを明確にしてください。良いことを行うために声を上げましょう。
詳細情報:
- サステナビリティの専門家がAIについてどう考えているかについてはこちら(英語)。
- すべてのステークホルダーにとってサステナブルで公平な変革を推進するNet Zero Cloudについてはこちら。
- AIは海洋健全性をどのように改善できるのかについてはこちら(英語)。
- SalesforceのEVP 兼 チーフ・インパクト・オフィサー、スザンヌ・ディビアンカがサステナビリティを自社ビジネスに組み込んだ理由を解説する動画はこちら(英語)。
- SalesforceのサステナブルなAIに向けた設計図の詳細はこちら(英語)。
* Net Zero Cloudで排出量予測などの予測AI機能は日本でも現在利用することができます。また、開示基準に対するレポート作成を支援する生成AI機能は、現在英語で利用することが可能で、日本語も対応予定です。