生きた販売計画による急激な市場変動への対応力強化と全シゴトの可視化でマネジメント改革+脱・属人化
Manufacturing Cloudで、材料相場と為替レートの変動を踏まえ効率的に販売計画を立案、見通し立案サイクル短期化と高精度化を実現。また、ローコード・ノーコード開発のシゴト管理アプリで、マネジメント改革と脱・属人化に成功。
世界中で需要の高まる車載用バッテリーを開発・製造・販売するプライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社。市場の変動要素が多く、増産で人員が増え続けるビジネス環境の中、同社は2つの難題、すなわち「販売管理のリアルタイム性」と、「仕事情報の可視化・蓄積」に関する課題に直面しました。
そこで同社は2022年、製造業向けCRMであるManufacturing Cloudを導入して諸問題の根本的な解決に乗り出します。そして、最新の材料相場と為替レートを踏まえた“生きた販売計画”の立案や、ローコード・ノーコードで構築した業務管理アプリによる全案件の可視化・共有などを次々に実現していったのです。本稿では、そうした同社の取り組みについて詳しく紹介します。
1. 2つの課題「販売管理のリアルタイム性」と「仕事情報の可視化・蓄積」に直面
プライムプラネットエナジー&ソリューションズ株式会社(以下、ppes社)は、主に電気自動車/プラグインハイブリッド自動車向け高容量角形リチウムイオンバッテリー、ハイブリッド自動車向け高出力角形リチウムイオンバッテリーを開発・製造・販売するメーカーです。設立は2020年。創業期から民生用バッテリーを手掛けてきたパナソニックと、自動車の電動化やバッテリーの先行開発をリードしてきたトヨタ自動車による、車載用バッテリーの合弁会社として誕生しました。ppes社には、パナソニックの培ってきた車載用バッテリーでトップレベルの安全性と優れた品質、トヨタ自動車の「トヨタ生産方式」に代表されるものづくりのスピリットという、両社それぞれの英知と技術が結集されています。
同社は「かけがえのない地球 クリーンで豊かな社会を未来へ」というビジョンを掲げ、カーボンニュートラル社会の実現に向けてスタートを切りました。
ただ、社内的には、「販売管理のリアルタイム性」と「仕事情報の可視化・蓄積」という、ビジネスの性質や、急成長する市場に対応するための人員拡大に起因する2つの課題を抱えていました。本稿ではそれぞれについて詳しく見ていくことにしましょう。
2. 問題解決のためManufacturing Cloudを導入
非常に変化の大きい電気自動車市場。今、将来性のある分野として世界中の注目を集めています。そのため、リチウムイオンバッテリーの資源材料(リチウムやニッケルなど)は、特にここ数年、相場が急激に変動しています。
いうまでもなく製造業では、材料の相場変動を常に把握しながら、実態に即して資源調達・製造・値決め・販売の見通しを更新していくことが重要です。リチウムイオンバッテリーのように、材料相場が乱高下し、かつ材料費が全製造コストの3分の2という原価(資源)比率を占める車載電池事業においてはなおさらで、原価材料の相場を顧客売価に連動させることが行われています。消費期限がある材料や商品の特性上、需要を先読みした材料の買い置きや商品の作り貯めができず、リアルタイムで正確な販売計画を管理することが同社のビジネス成長を左右する重要な要素でした。
ところが、GX本部 DX推進部 DX企画G グループ長の大野卓人氏によると、同社の実情としては、1年に1回販売計画を立てるのが精一杯だったといいます。
「手順としてはまず、マーケティング部において自動車メーカー各社の担当者が、それぞれ販売する商品の見通し台数と前提となる材料相場/為替レートをもとに計算した単価をエクセルに入力します。次にとりまとめ役が、各担当者から上がってきたデータをエクセルマクロで集計します。その際にエラーが発生すると各担当者に確認し修正しながら、ようやく販売計画を作り上げ、経営管理部と生産管理部に提出します。ここまででも大変な作業ですが、提出先から『計画の相場条件が変わった』『生産キャパシティを超えている』などと指摘されると振り出しに戻ってしまう。実際、そういう手戻りが繰り返し発生するため、1年に1回の計画立案が限界で、ある意味”お祭り騒ぎ”になってしまい、1年に何回も見通しを更新するということ自体、不可能に感じていました」(大野氏)
そうした状況は、主に3つの問題によって引き起こされていました。まずは単価計算の属人化の問題。前述の通り同社のビジネスでは、材料相場の変動が激しく影響します。販売計画を作成するには、その時々の材料相場や為替レートをもとに単価を計算していきますが、相場条件が変われば再計算、という作業が発生します。しかし、その計算ロジックは、各担当者のエクセルだけで管理されていました。つまり、特定の人にしか入力・確認できないという難点があったのです。
2つ目は数量把握の問題です。自動車メーカー各社の担当者は全員マーケティング部に所属しているものの、通常業務で担当者同士が連携することはあまりなく、自分の担当車両の台数や商品構成のみを把握しています。そのため、各担当者から上がってきた台数の見通しが、実際のセル生産ラインに対してどれだけの負荷を与えるかは、全体の数量をとりまとめた後にしかわかりませんでした。たとえ生産キャパシティを超過していても、まとめた後にはじめて判明する状態だったのです。
そしてもう1つは、そのとりまとめ工数の問題です。とりまとめ役が、エクセルマクロで見通しを集計する際、各担当者の作成したデータに入力項目の抜け漏れなどのミスがあると、当然エラーとなり、担当者まで戻され再計算となります。そうした二度手間が多発、大きな負荷となっていました。
今までのエクセルによる年1回の予実管理では、同社のビジネスの拡大と、資源価格の乱高下に追従できなくなっていた、販売管理に関する課題。これらを解決するため、同社は2022年、製造業向けCRMであるManufacturing Cloudの導入に踏み切ります。もともと親会社のパナソニック ホールディングスでSalesforceを利用し、新しいppes社でも販売管理のできる仕組みが必要と考えての決断でした。
3. リアルタイムな材料相場と為替レートで算出する“生きた販売計画”を実現
検討開始から約5か月という短期間で構築したManufacturing Cloudは、販売管理に関する3つの問題を一気に解決しました。まず、単価計算の属人化の問題については、計算ロジックと商品構成をシステムで可視化。担当者だけでなく誰でも、その構成と計算ロジックを確認することができ、材料相場や為替レートを代入するだけで簡単に単価を算出できるようになりました。
また、数量把握の問題に関しても、「どこで何を作っているか」「1車両作るのにどのぐらいの電池が必要か」といった次元で商品構成を可視化したことで、担当者がそれぞれ販売台数を入力すれば、商品ごとに電池のセル数やモジュール数に換算、販売計画スケジュールが自動集計されるようになりました。その集計グラフを見れば、各社への販売数量の合計が生産ラインに与える負荷をひと目で確認できる仕組みです。それによって、たとえば生産キャパシティの超過が見込まれる時期を特定し、具体的にどのように解決するかを社内外の関係各所と相談するなど、より高度でプロアクティブな対応が可能になりました。また、超過分の数値を「オポチュニティ」として管理し、生産ラインの増設などを判断するための根拠としても活用できるようにしました。
さらに、とりまとめ工数の問題についても、担当者の入力したデータは即座にシステムに反映され、抜け漏れなどがあればその時点でエラー表示される仕組みとなったため、とりまとめ側からの手戻りがゼロになりました。結果、作業負担が軽減されたとりまとめ役は、販売計画を詳細に分析し、経営層や関係部署に対していかに報告するかという、より重要な業務に時間を割けるようになりました。一方で担当者は、リアルタイムに変化する全体的な販売状況を把握した上で、顧客に対し、生産キャパシティとの兼ね合いを考慮した最適な提案を行えるようになったのです。
「Manufacturing Cloudによって、従来は2次案、3次案まで立てていた販売計画を1次案であっさり終えられるようになりました。年1回の“お祭り騒ぎ”もなくなり、最新の材料相場や為替レートを踏まえて更新される“生きた販売計画”を実現できたのです。今は最新データをタイムリーに経営幹部に報告、説明していますから、仮に計画に変更が生じた場合、手戻りどころか、逆にその原因の調査を依頼できるまでになっています。部署としての競争力が格段に上がりました」(大野氏)
この成果を踏まえ、同社におけるManufacturing Cloudの活用範囲は、今後さらに拡大する見通しです。大野氏と同じDX企画Gで主査を務め、Salesforce認定上級アドミニストレータでもある廣澤秀二郎氏はこう話します。
「当社は、サプライチェーン全体で多くの企業と取引していますが、そこでも情報が完全に属人化し、まったく共有できていません。マーケティング部におけるManufacturing Cloudの活用で得た知見を活かし、課題の解決に取り組んでいます」(廣澤氏)
大野氏も同様に、サプライチェーン全体の改善への意気込みを次のように語ります。
「経営管理部と話したところ、部材調達側の見通し管理においても販売管理と同じ問題が起きていることがわかりました。そこで次のステップとして、部材調達側の予実管理の可視化にチャレンジしています」(大野氏)
4. 人員増加が続く中、重要案件の急な顕在化や仕事の属人化が問題に
続いてもう1つの難題、「仕事情報の可視化・蓄積」に関する課題への同社の取り組みを見ていきましょう。もともとマーケティング部は、個々人が進めている案件のプロセスマネジメントに大きな課題を抱えていました。過去に何度もエクセルでの案件管理を試みましたが、案件が多すぎて、担当者はすべてをタイムリーに更新することができず、管理職はどこで問題が起きそうかがわからず、定着しなかったのです。結果、仕事の進め方が属人化してしまい、重要案件が急に顕在化する、事前に予防策をとれないなどの問題が発生していました。
また、事業の拡大にともない会社全体として年率約8.7%のペースで人員が増加していますが(2023年3月末時点)、仕事のやり方が属人化している状況では、前任者に過去の経緯を聞かないと進め方がわからず、増員効果は限定的だったといえます。
加えて、拠点数拡大やコロナ禍での在宅勤務が増えた影響で対面でのコミュニケーションが取れず、またマネジメント自身も奔走する中で、部内の声掛けや顔を見ての業務上の危険察知が困難になり、業務案件ごとのマネジメントがさらに難しくなっていました。
もともと同社には、仕事の「正味率(高付加価値率)を上げる」ために「早めに手を上げて相談できるようにする」という仕事の進め方の方針がありました。大野氏が、「こうした状態から脱却するためにSalesforceを活用できるのでは?」と気づいたのは、まさにManufacturing Cloudの導入を進めていたさなかのことだったといいます。
「Salesforceは“アプリを作れるアプリ”であり、これを使えば仕事情報の可視化・蓄積の課題を解決できる、と気づいたのです。そこで、まったくの初心者でしたが、『Salesforceサクセスナビ』という公式の学習コンテンツを見て、アプリの構想から実装までを2週間ぐらいで行いました」(大野氏)
5. 仕事の経緯を記録する「チケット」で部内の全案件を漏らさず可視化・共有
大野氏が、Manufacturing Cloud が包含しているSales CloudとLightning Platformの機能で構築した業務管理アプリは、Salesforceの商談管理のデフォルト構成とは異なり、社外だけではなく社内の仕事の経緯も記録・共有するため、「チケット」と呼ばれるオブジェクトを追加した点を大きな特徴としています。
仕事は、社外の商談に関連するものばかりではありません。よって、チケットには、すべての仕事が対象として登録され、社内外の関係者と話したことや送付したメールなど、その仕事に関連するあらゆる活動履歴を紐づけることが可能です。各チケットの画面を見れば、仕事の基本情報やこれまでの経緯、進捗状況、資料の保存先、他のチケットとの関連などをひと目で把握できます。
チケットの所有者である推進者は、グループミーティングの前に管理職や同僚と特に相談したいチケットのステータスを「ピックアップ」に変更します。そうすることで集まったチケットがグループミーティングのアジェンダになり、チーム全体で蓄積されたメールなどの経緯を見ながら、問題の解決に取り組みます。また案件完了後にグループミーティングで、反省点を振り返ります。未来の担当者は、成功例・失敗例として蓄積されたチケットを検索し、過去の経緯や反省点を自分の仕事に再利用することができます。
「担当者の各案件の進捗報告は、メールを紐づけるだけで済むようになりました。また管理職のマネジメントは、ピックアップの内容に絞って集中討議ができるようになりました。これにより部内全案件の生きた管理が定着化したため、従来のように急に顕在化した重要案件に頭を悩ませることがなくなりました。グループミーティングでは、ピックアップを1つずつ取り上げ、進捗確認やアドバイスなどを的確に、効率的に行うことが可能です。もちろん、管理職だけでなく、同僚や部下も次のアクションをチケットの担当者と一緒に考えることができます」(大野氏)
さらに、部全体のミーティングでは、チケットやピックアップの情報をもとに、グループごと、担当者ごとの負荷の状況を確認し、仕事量の偏りの調整を容易に行えます。新たに発行されたチケットをレビューすることで、担当者がまだ考えられていなかった案件遂行上のリスクを、仕事のすべり出しからマネジメントすることも可能になりました。加えて、部全体ミーティングでも、完了した仕事の振り返りやねぎらいの場の設定、成功例・失敗例の共有などにチケットを活用しています。
マーケティング部の約40名のメンバーによって1週間に発行されるチケットの数は、平均約20件。常時400件前後のチケットが稼働し、導入1年後には合計で約1,200件に達しました。
「誰がどんな仕事をしているかを1件も漏らさずに可視化・共有できたことは、マーケティング部の業務に大きな価値をもたらしたと考えています」(大野氏)
6. Salesforceの成果が社内で共感を呼び、導入部門と利用範囲が拡大
Salesforceで各担当者の仕事をリアルタイムに可視化・共有すると同時に、仕事の経緯を情報として蓄積して将来に活かせるようにするという、マーケティング部のマネジメント改革を実現した大野氏。部内でのSalesforceに関する満足度調査では、「Salesforceで仕事の管理をしてよかったですか?」との質問に対し、約91%が「大変よかった」「よかった」と回答するなど高評価を得られたといいます。
「『仕事を管理しやすい』『仕事の経緯が見える』といったポジティブな回答の中で、特に『困りごとがわかりやすい』という回答が多かったのが、導入の狙い通りでうれしかったです。その後、渉外や企画部門など、主に他社とのやりとりの多い部門が、マーケティング部での成果に共感し、同様にSalesforceによるマネジメント改革を進めています」(大野氏)
「今後もチケットに関する機能追加や利用定着化の支援などの地道な作業を続け、Salesforceをより多くの部門へ展開していきたいと考えています」(廣澤氏)
市場の変動要素が多く、人員が増え続けるビジネス環境の中、業務や情報の属人化に起因する種々の課題をSalesforceで解決し、すでに多くの成果を手にした同社。とはいえ、Salesforceの導入からまだ1年。同社の改革は、目指す未来へ向けて第一歩を踏み出したばかりです。