コロナ禍で難しくなった「三現主義」、
これを補完する特約店教育への新たな取り組み
Experience Cloudで特約店ポータルを立ち上げ、Sales Enablementで教育コンテンツを配信。
オンラインでのスタッフ教育と情報提供を実現すると共に、アフターコロナの三現主義強化の基盤としても期待
世界180を超える国や地域でビジネスを展開し、二輪車や船外機、発電機などを提供しているヤマハ発動機株式会社。その中でアフリカや南太平洋諸国等140の国や地域を担当し、製品・アフターサービス供給を担っているのが、海外市場開拓事業部です。その基本スタンスは徹底した「三現主義(現場・現物・現実)」。特約店支援は現地に出向いて実施、特約店教育も日本に担当者を招き、対面型で行われてきました。
しかしコロナ禍で海外渡航が制限され、このような「三現主義」を貫くことが困難に。そこで進められたのが教育のe-ラーニング化です。教育用コンテンツを内製し、Experience Cloudをベースにした特約店ポータルを構築、その上でSales Enablement(旧myTrailhead)によるコンテンツ配信を行っています。特約店による取得バッジ数は配信開始からわずか1か月で850に。驚くべきスピードでの立ち上げを実現しています。
1. 30年徹底してきた「三現主義」、コロナ禍でその継続が困難に
ヤマハ発動機株式会社(以下、ヤマハ発動機)は、二輪車をはじめとするランドモビリティ事業や、船外機をはじめとするマリン事業、産業用ロボット・ドローンなどのロボティクス事業などを、グローバルに展開する企業です。これらの製品やアフターサービスを提供する国と地域は180を超えており、売上高の約9割を海外事業が占めています。ビジョンとして掲げているのは「世界の人々に新たな感動と豊かな生活を提供する」こと。「感動創造企業」を目指し、社会や環境との調和を図りながら、世界の人々に喜びや驚き、高揚感を提供し続けています。
そのヤマハ発動機の中で、アフリカや南太平洋諸国等140の国や地域を担当し、二輪車や船外機、発電機などの製品・アフターサービス供給を担っているのが、海外市場開拓事業部です。
「この事業部ができてからすでに30年が経過しましたが、これまで常に三現主義を徹底し続けてきました」と語るのは、ヤマハ発動機 海外市場開拓事業部で事業部長を務める今井 久美子 氏。担当地域では数多くの特約店が活動していますが、その支援は現地に出向いて行うことが原則となっており、特約店と現地で会議を開いて情報交換してきたと言います。またこれに加え、実際に製品を使っている現場にも出向き、ユーザーとの直接的な会話による問題点の洗い出しや、バイクの乗り方や船外機の使い方をレクチャーする、といった活動も展開。「事業部内には100名の社員がいますが、常に誰かが海外に出向いており、日本で全員が揃うことはほとんどありませんでした。なかにはカリブ海地域担当者のように、約1か月かけて島々を巡る出張を、年に2回の頻度で行っていた社員もいます」。
しかしこのような「三現主義」は、新型コロナウイルス感染症拡大によって、大きな壁に直面することになります。海外渡航が制限され、現地に出向くことが難しくなったのです。
「特約店様のスタッフに教育を行う際には、日本にお招きして教育コースを実施していましたが、これも実施が困難になりました。海外に出向けないこともそうですが、特約店様へのタイムリーな情報提供や、販売・サービスに必要な教育が難しくなったことも、大きな悩みになっていました」。
この問題を解決するため、まずはWeb会議ツールの活用を開始。これまでのような「リアルな場での会話」から「オンラインでの会話」へとシフトし、それを恒常化していこうという取り組みが進められていきました。しかしこのアプローチはなかなかうまくいかなかったと、ヤマハ発動機 海外市場開拓事業部 企画推進部 CS(Customer Satisfaction)推進グループでプロジェクト推進リーダーを務める福地 隆光 氏は語ります。
「Web会議ツールとしてはMicrosoft Teamsを採用したのですが、相手との時差がある上、特約店様の中にはネット環境が良くないケースもあるため、これでリアルタイムの講習を行うのは大変でした。また並行してTeamsで教育コンテンツの配信も実施したのですが、受講状況を把握するにはMicrosoft Formsで回答を入力してもらい、それをExcelでまとめる必要があったため、非常に手間がかかっていました。さらに大きな問題だったのが、表示できるページが一律で、相手によって変えることができなかったことです。そのため特約店のある国や地域と関係のない情報まで表示されてしまい、それに関する問い合わせが増えてしまうという状況になってしまいました」。
2. e-ラーニングの基盤にSales Enablementを採用、コンテンツを内製
これらの問題を解決するため、2021年8月に改めて、e-ラーニングに特化したサービスの検討に着手。複数のサービスを比較検討した結果、採用されたのがSalesforce でした。その理由について福地氏は次のように説明します。
「Salesforceには、学習コンテンツの作成・配信をサポートするSales Enablement(旧myTrailhead)があり、これで受講状況の管理やバッジの付与なども行えます。またExperience Cloudと組み合わせることで高い拡張性を実現でき、国や地域によって異なる情報を配信するといったことも可能です。さらに弊社デジタル推進部やその他事業部でもSalesforceの採用が進んでいたことや、サポート体制が手厚いことも採用を後押ししました。特定の部署で新たなシステムを導入する場合にはサイロ化が大きな問題になり得ますが、Salesforceならこの問題も回避できると判断したのです」。
Salesforceの採用を決定してからまず行われたのが、Teamsで公開されていた既存コンテンツの移行と、新規コンテンツの制作でした。その内容は以下のとおりです。
- 二輪車整備初級(約800ページ)
- 船外機整備初級(約800ページ)
- 整備技術基礎(約800ページ)
- 新型船外機に関する講習資料3種(各約500ページ)
「これらのコンテンツをSales Enablementに載せるにあたり、自分でもSales Enablementを受講し、特性を理解した上でコンテンツの編成を原稿の作成担当と共に考えました」と福地氏。800ページ分のコンテンツを受講するには約20時間必要という総量になっていましたが、これを10-20分程度に分割し、50-60個ほどの単元で1つのコースを設定していったといいます。また、それらの単元の3,4個ほどを一つにまとめ、1コース当たり15個ほどバッジを取得できるように設定しました。「受講後に取得できるバッジは、約800ページのコースで15個ほど用意しました」。
コンテンツの制作・加工はほぼ社内で実施。各製品の担当者が協力し、これまで対面で教えてきた内容を、丁寧にコンテンツに盛り込んでくれたと、海外市場開拓事業部 企画推進部 CS推進グループで主査を務める清水 貴彦 氏は振り返ります。
「サービスや整備に関わる社員は職人気質の人が多く、自分の技術は自分で伝えたいという強い想いを持っています。それがコンテンツ制作にも反映されていると感じています。理解が難しい部分はアニメーションで表現したり、実際に浜名湖に船を出して動画を撮影したコンテンツもあります」。
これと並行して、Experience Cloudを活用した特約店ポータルの構築も進められていきました。その目的は、特約店に対する情報提供と、将来の機能拡張を見据えた販売などのパフォーマンス管理のためのダッシュボード提供、サーベイやアンケートの実施検討などです。もちろんSales Enablementによるトレーニングや認定も、このポータル経由で行われています。
3. 受講管理が容易で特約店も高く評価、取得バッジ数は1か月で850に
特約店ポータルがリリースされたのは2022年8月。これと同時にSales Enablementによる教育コンテンツも公開されています。それからわずか1か月後には、特約店が取得したバッジ数は合計850に。1つのコースを完了したことを示すTrailmixの数も25に達しています。
「現地の方々の『学びたい』という気持ちは、私達の想像をはるかに超えていました」と今井氏。取得バッジ数が示すように、かなり速いスタートダッシュができたと言います。「受講状況の管理負担も大幅に軽減しました。国や地域ごと、特約店様ごとの受講状況も、集計作業などを行うことなく即座に把握できます」。
単元ごとに確認テストを実施できるため、どれだけ熱心に受講してくれたのか、どこまで理解してもらえたのかが可視化できることも、大きなメリットだと福地氏は強調します。これに加えて清水氏は、実際に受講した特約店のスタッフから、自分に必要なコースを検索しやすく自分の時間で学習できることや、一度受講した後に再度受講して理解をさらに深められることも、大きなメリットだというコメントを貰っていると言います。
また内製で教育コンテンツを制作したことで、社内の意識も変化しつつあると福地氏は語ります。社内の技術継承はこれまで教科書と先輩社員による指導で行われていましたが、改めて動画コンテンツを用意したことで、継承すべき知識やスキルが明確になり、新人教育にも活用できるという認識が広がっているのです。
その一方で、今井氏は「オンラインだけでスタッフ教育が完結するとは考えていません」とも述べています。何かを学習するときには「わかる」というレベルと「できる」というレベルがあり、オンラインで提供できるのはあくまでも「わかる」レベルの教育なのだと言います。
「しかし『わかる』をSales Enablementできちんと習得しておくことで、その後の『できる』に向けた教育を、より円滑に進めることが可能になります。今はコロナ禍も落ち着きつつあり、海外渡航の制限も緩和され始めていますが、これからはSales Enablementでの教育と現地での支援を組み合わせることで、より効率的にスキルアップを図っていただけると考えています」。
今後は、現地の贈収賄事件などを回避するためのコンプライアンス研修コースや、貿易管理に関する研修コース、そして他事業部と協業し、補修部品に関する研修コースも追加していきたいと福地氏。また社内向けとしてカスタマーサクセス・DX人材育成のコースを、同じ仕組みで提供することも予定していると言います。
さらに今井氏は「今回構築した特約店ポータルは、各種情報を統合管理するための第一歩」だとも語ります。
「海外市場開拓事業部が担当しているエリアには膨大な数の特約店様があり、それらの情報は社内に分散した状態になっています。これらをきちんと統合管理し、特約店様の営業成績や売上、現地の状況などをどこにいても把握できる状態にすれば、情報収集のために社内にいなければならない時間を減らせます。これによって現場に出向きやすくし、三現主義をこれまで以上に徹底したい。Salesforceはそのための重要な基盤になると期待しています」。